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「ログアウト」
ぼぉっと青いランプがつく。カプセルから体が持ち上がる。久しぶりだった。こちらに来るのは。
「あら、起きたの」と、じゃじゃ馬がいる。当時は流行ってた人形。今にして思えば煩すぎる。また話し出す前に停止させた。現実世界のAI女も、この停止した姿を一度見てしまうと駄目だ。もう再起動する気にはなれない。
「トラッシュホール。持ってってくれ」心の中で呟く。開いた穴から手が伸びてきて、人形をばらして飲み込んでいった。
体が重たく感じる。肉体のコンディションは万全のはずだが、まるで水中にいるようだ。やはりこちらは設定が違うから、まだ慣れない。
「あっちの世界の俺を自動操縦にしてくれ」
「個人情報をB範囲まで適用してよろしいですか」
「あぁ」
「自動操縦モードにしました」
「うん」
多分もう向こうに入ることはないだろう。
スクリーンを開いて、ゲームソフトを覗いた。大体のものは違うが同じ。パターン化された何か。大体のストーリーを知り尽くした。大体の経験も味わいつくした。
コンプリート済みのゲーム、コンプリート済みのストーリー、山のように積もっている。
椅子に座ったまま、何もせず動かない。
黒い窓に映る斜視気味の目は、一点を見つめているようで何も見ていないようだ。
静止したまま時間が過ぎていく。唇がかすかに動く。
「VRじゃない、別で」
机から、出てきた手が右腕に注射を打つ。
虚無に襲われる。このまま何も出来なくなるのだろうか。
「来客です」
AIが告げた。来客。初めて聞く、こちらの世界では初めて聞く響きだった。
外を表示させた。扉の前に女が立っている。その女は暫く待った後、諦めて何かを投函していった。
手紙が机の上に移動してくる。羊皮紙にペンで書かれた文字。
「偽りの世界の繋がりは孤独を広げた。AIは人を導きはしない。虚しさを埋めるのは神の救済のみ」
さらに織り込まれている紙を開くと地図が描かれていた。
「アーミールの集会か」
彼らは文明を否定する。特にシステムとVRには根強い反感を持ち、システムから独立したエリアに集落を形成し自給自足の生活をしている。システムに権利を認められ、電子機器が反応しない特別な場所で暮らしているという。
システムの保護を嫌い、現代でも餓死者や病死者を多数だす。洗脳、近親相姦、そういう事も多いと聞く。
手紙を机に放る。また、何もしない時間。時ばかりが過ぎていき。部屋が夕日に進む。 あなたは時間を進めるだけでいい。あのゲームの中のゲームの言葉を思い出す。何もする気が起きない。ログインもしたくない。
食事をしますか?
飯が出てくる。机の手が持つスプーンがカプセルを口に入れる。
メッセージがいくつか来ている。見なくていい。
日が落ちる。自動的に部屋の明かりが灯る。薄暗く地面が透ける。宙に浮かぶような部屋になる。
眠るようであればカプセルに入った方が良いというAI。
無視する。
何もしたくない。何をする気が起きない。かといって、ここにいたくもない。部屋の暗闇が壁のように感じる。何をしても空白、何もしなくても空白、虚無感だけがリアルだ。何もいないこの暗闇に取りこぼされて、時間が止まったように重くなり、通り過ぎれば途方もなく早く消え失せていく。
気分をのせますか?
いや、いい。それなら永遠にそうしてくれ。中途半端に何かに乗りたくない。そうすると、またこれが待っている。
では、永続的にそうしますか?
いや、いい。
闇が集まって部屋が小さくなっていく。意識も小さくなっていく。
妻、子供、時間、たまに浮かぶが、考えるのをやめる。あそこの記憶は消そうか。少し迷った後に、まだもう少し残して置くことにする。眠る気にもならない。何もする気がない。しかし、何かしていたい。でも何もしたくない。これを取り払ってくれ。まとわりつくこれを。いつまでも監視し続けるこれを。これはなんだ?
ふと握りつぶしている物に気付く。そして開いてみる。アミールの手紙。意味も無く、しばらく眺めた。
窓の外から日差しが差してきた。
「持ち上げます」
ハンドが身体を持ち上げる。服を解いて風呂につける。体を洗って新しい物を着させる。
「アーミールの集会の衣服は一般的に簡素なものなので、こちらになります」
それはただの布切れのよう。
「仮面の着用はこの集会のルールでは禁止されていますが、どうしますか」
「法律はないので、禁止ではありませんが、推奨は致しません」
マスクをつける。
集会は山で行われますが、エリア3のアーミール保護区なので、エレベーターが通じておりません。
近くの出口からは徒歩4時間の距離になります。
「ナビゲートも一般的なアーミールのルールでは推奨されません」
「映像を流しますので記憶してください」
「記憶粋に直接は流し込めません」「映像を流しますので記憶してください」
「コピーであることが分かる行為をすることも出来ません。その行為には制御がかけられます」
「リピートします」
「地図を発行しました。電子機器の持ち込みも推奨されませんのでこちらをお持ちください」
薄汚れた。紙の地図を持たされる。
「通信も完全遮断エリア内では禁止されます」
「慣例にしたがい、生命維持システムと通信をOFFにしますか?通常、通信をOFFにしても生命維持システムは保持されます」
ドアノブに手をかける。
「どっちも切っていい」
「かしこまりました。お気をつけて」




