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3-10


10


 頭を撃ち抜かれた瀬尾の首は、椅子にのけ反り背後へ向いた。しかし、少し首はすぐに起き上がり、何事もなかったかのようにこちらを向いた。

 瀬尾が額の血を拭うと、その傷口から肉が溢れきて皮膚を覆った。そして歪な音と共に姿が変化していった。

 肌が異様に白くなり切れ長の瞳が微笑を浮かべた。

「安堵しているね」と軟らかい声でそれがいった。ゲームクリエイターが今やそこに座っていた。

「麻痺させろ」と銃に命令した。そしてすぐ引き金を引いたが、銃は反応を示さなかった。

「あなたの言うことが正しいなら私はシステムすら欺ける。そんな者に対して、どうやって戦うの?この世界で」GCは少し首を傾けた。「知ってるよ。最初からそんなつもりが無い。この後がどうなろうがどうでもいいんでしょ」

 手に握る銃が、反発しあう磁石のような斥力を帯び、手の指をこじ開けてGCの方へ飛んでいった。白い腕が銃を受け取り、ゆっくりと銃口を持ち上げた。その黒い穴が自分の額に向いている。乾いた音がして視界が飛び暗闇が広がった。

 終わったのだな。その一瞬の間に意識が泡のように浮かんだ。痛みも何も感じなかった。

「これで満足?」と声が聞こえた。しかし、すぐにそれも無くなるだろう。全ては遠く曖昧になり消えていくだろう。自分は死ぬのだ。もう何も気にすることは無い。もう何にも囚われることもない。

「終わらないよ。目を開けて」

 そこに平然とまだ声は響いた。意識は失せずはっきりとしていた。生の実感がまだ体にこびりついていた。

「死ねると思った」また声が響いた。

 目を開いた。GCが自分を見下ろしていた。夜空に、地上から照らされたやけに白い雲が浮かんでいる。

「正解を引いたと思った?」そう言うGCの声色が変化していく。少しづつ、聞き馴染んだ音に変わっていく。「残念ながらそれは違いますよ。杉浦さん」

 それの顔はまた形を変え、よく見知った男の姿へと変わった。男は自分の背に腕を回すと脇を抱えて持ち上げた。立ち上がると黒い草原が一面に広がっていた。地平線で空と混ざり曖昧になるまで。

「相川」

 その声に反応して、相川はまるで励ますかのようにこの肩をさすった。そして、背を向け草原をゆっくりと歩き始めた。

 風がさざめき草がなびいた。小さくなっていく背中はふと立ち止まると、また振り返る。するとその顔はあの少年に変わっていた。

 その子はまた感情のない微笑みを浮かべている。

「キゴウ」

 杉浦は、ゆっくりとそれに近づいていく。一歩踏み出すごとに、またその子供は変化していき、体が大きくなり、そして肉が歪んでいく。髪の毛がぱらぱらと落ちて、杉浦が正面に立った時には無くなってしまった。

「俺が人形あそびをしていたと」怒りを帯びた口調で木村が話す。「それは違うよ、杉浦」

 木村は杉浦の肩を掴んだ。そして、顔を近づけ目のすぐ近くで肉が蠢いた。やがて幾つもの顔と幾つもの声が重なるようになる。出会った幾つもの顔と声が、寄せて返す波音のように「それは違うと」繰り返す。

 その木霊の中で何かの声が告げる。「誰だと思う?」

 その声は聞いたことが無い音色だったが、その口調は何度も聞いたことがある。何度も、何時でも、一番近い場所で。

 悪い夢が頭と肺に流れてくる時のようだった。その先はもう見たくなかった。

「その通り。悪い夢だよ、これは」蠢く肉は収まっていき、そして、最後には自分の顔を映し出した。杉浦と言う男の顔を。

「俺はお前だ。お前は俺だ。遊んでいたのは全て俺だよ」

 スクリーンが辺りを取り囲んで世界を映し出した。

 花火が終わり呆然と立ち尽くす人々。まだ虚空を見上げている。その全ての顔が、気づけば自分の顔になっていた。

「やめてくれ」泡を吐くように声が漏れた。

 もう一人の自分は、呆然と繰り返した。

「確かに悪い夢だよ」



 目が覚めた。目が覚めた実感が瞬時に蘇った。記憶が現実の物へとすぐに上書きされた。

 そこは暗闇だった。そう、ここは暗闇だった。それを、すぐに思い出した。

 意識だけが浮かんでいた。肉体も何もそこには無かった。それらは、ただの悪い夢だった。

 あるのは絶望だけだった。意識は死なない。意識を認識した時に、ただの暗闇は無限の無に変わった。

 死が本当にあればいい、この意識が消えてなくなればいい。しかしそれが存在しないことは分かり切っていた。

 ここには出口も入り口もない、初めも終わりも無い。由縁も行き先もないのだ。そもそも、それらは全てただの空想がつけた名前に過ぎない。

 時なき世界に流れた時間は分からない。

 意識はもう一度創造を始めた。夢を見るように、無意識に形を思い描いた。空想の中で自分の姿をしていた者が、暗闇に浮かんでいた。

「デバッグしますか?」とそれが静寂に音を浮かべた。


 黒い扉が目の前に浮かんでいる。手をかける。

 開けてはいけない。心のどこかでそう思いつつも、それを開けてしまう。

 意識が扉を通り過ぎ、いつしか何かを思い返すように暗闇の中へと潜っていく。

 淡い光が遠くで生まれ、色が生まれ、それは重なり、分裂し、組み立ち、形を形成していく。その方へ意識はより近づいていく。

 光が擦れる音がする。閃光が小さく弾けて暗闇の中に丸い穴を空ける。その灯の中に影が浮かんでいる。小さく丸い影が。

 光は、その影が組み立てていた。

 意識はさらに近づいていく、その小さな影に向かって。

 光は膨張し意味を成し始めた。そこには景色が刻まれていた。一つ一つと新しい色がはまる度に膨張し、そして、明らかになっていく。

 最後の光をはめ込んだ時に、意識はその背中にたどり着き、振り返るその顔に向けて首を振った。

 子供は目の前に浮かんだ黒い扉を開ける。目が合って、そしてそのまま意識と子供は同化した。

 

 甲高い音が木霊する。

 いつまでも鳴りやまない。不快な音。

 顔に引っかかる重みを外した。グラスは落ちて意識は薄暗い部屋に戻った。手元にあった広大な光のプリズムはすっかり消え失せている。

 煩わしい音が自分を呼び続けていた。立ち上がり、その音の所以に向かった。

 扉を開けると、老婆が畳の上で眠っている。その首を、わずかに開いた扉の隙間から差し込んだ日差しが横切っている。

 老婆はもう息をしていなかった。口の中に溢れた自分の吐しゃ物で溺れていた。サイレンが近付いてくる音がした。意識が飛んだ。



「ゲームをしていて、警告音に気が付かなかったのですか?

「でも、VRの中まで音は聞こえるようになっていたはずです

「それほど、集中していたのですね。確かに君はかなりそのゲームにのめりこんでいたようです

「強制ログアウトの時間を覗くと240時間連続でログインしている。そして、クリアしたのかな。ゲームのステータスはクリアとなっていますね

「クリアした後、何が起こりましたか?

「何か見ましたか?

「君はVR依存症の可能性があります。それが、より悪化すると君の精神は社会に二度と適応できなくなってしまいます。それどころか、脳に障害をきたして、まともに何かを考えることすらできなくなってしまう。治療が必要です



「残念ながら、それを外すことは出来ません。君からは強い自殺願望が出ています」

「お母さんも君を責めてはいない。ひいおばあさんの件は事故だったと理解しておられます。君は治療のために今後施設で過ごしたほうが良いと判断されました。君もそれを理解してあげてください。お母さんは、明日来られるようです」


「大丈夫?」

「心配したよ」

「おばあさんのことは気にしなくていいよ。仕方ないことだから」

「私が分かる」

「私があなたを育てるのは上手くいかないみたい。まともな人達に、あなたを任せることにした。寂しいけど仕方ないね。お互いのためにね」

「それじゃあ、元気で」


「偽りなく、全てを話してください。そうすれば、君の心も少しずつ楽になっていくはずです。いつかアンテナも外せるようになる」

「どうやって、最後のパズルを解いたのですか?」

「その先に、本当に何も無かったのですか?」


「君の精神の傷は相当根が深いようです。これまでの治療も効果を示していない。記憶そのものを削らないと、君が抱くその負の感情を取り除く事は出来ない。明日、君には手術が施されます」


 やめてください


「恐がらなくていい。人格に悪い影響が出ることはないよ。それに忘れるのは嫌なことだけだ」


 ここは偽物です

 本当は何もない空です

 ただの俺の空想だ

 もう、やめたい。

 もう終わりにしたい


「ここは現実だ。君はその心を治療しなくてはならない」


 意識が曖昧になって、記憶は削り取られていく。

 想像の中でふと間違えて、由縁と行先を結んでしまった。

 そうしてゲームが繰り返していくことに、ようやく気づいた。

 いや、気づいていた。


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