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その時だった。木村が突然飛び起きて「誰だ」と言った。自分も驚いて飛び起きた。そして、入り口に近づく人影に素早く緑の光と銃口を向けた。
薄ら笑いを浮かべた男が立っていた。しばらく自分達を付けてきていた。あの男だった。
「何の用だ」と木村が鋭く聞いた。
「殺してくれ」とそいつは答えた。
木村は顔をしかめ、言葉の意味を測りかねた「ふざけるな」
「殺してくれ」
「死にたければ、他所へ行け」
「他ではダメなんだ。お前達でないと」
「何故だ」
「お前たち人間だろ。人間なら俺を殺せる」
「お前は何だ」
「俺は、偽物だよ。俺はコピーだ。お前たちが言っていた危険な奴だよ」
男はそう言うとこちらに一歩踏み出そうとした。木村が「それ以上近寄るな」と叫び掌で制した。
「死ねないんだ俺は。偽物だから。俺に権利はないんだ。頼む。殺してくれ。もう、疲れたんだ」
「寄るな、去れ」木村が怒鳴ると、男はよろめき背後の廊下の壁にぶつかって、そのまま崩れた。そして、薄ら笑いを浮かべてまま自分たちを見上げた。
「軽蔑するか?」
自分も木村も何も答えなかった。
しばらく三人がお互いを監視していた。男はやがて「疲れたんだ。苦しいんだ。疲れたんだ」と掠れるように言うと俯いて長い髪の中に顔を隠した。
木村は息を一つ吐くと「杉浦、休め。こいつは俺が見張っておく」
「いえ木村さんが休んでください。私は眠れそうにありません」
「そうか」
木村は男を見たまま尻をついた。そして、そのまま睨んでいた。彼は結局何を言ってもまともに休む気はないようだった。
自分は入り口から半分身を乗り出し、逆手に銃を握っていつでも撃てるようにして座った。
「助けてくれ。殺してくれ。俺はただの偽物だ。コピーだ。気にすることはない。ただの機械だ。殺してくれ。疲れたんだ。もう疲れたんだよ。苦しいんだ。苦しいんだよ」男の呟く声がした。自分は目を瞑ってそれを聞いた。
時が流れた。時折、思い出したように男は囁いた。助けてくれ、苦しい、殺してくれと。自分はやはり眠りにつけなかった。
木村が立ち上がる音がして男の所に近づいた。
「お前は一体何なんだ」と木村は小声で聞いた。その響きには同情が籠ってしまっている。自分は小さくため息をつきながら耳を澄ませた。
「何故、死にたがる」
「苦しいんだよ。ずっと纏わりついているんだ、苦しみが。それが離れないんだ」
「何の苦しみだ」
「分からない。それは、分からない」
「何が苦しいのか分からないのに苦しいのか」
「そうだ」
「お前は何故自分がコピーだと思う。普通コピーは自分がコピーだと知らないはずだ」
「いや、俺は思い出したんだ。俺はわざと思い出すように設定したんだ。俺を」
「どういうことだ」
そこで少し、間があった。
「お前は一体何者なんだ」
「俺はコピーだよ」
「じゃあ、オリジナルのお前は一体何だった」
そこでまた少し、間があった。
「俺は科学者だった」
「科学者?」
「あぁ、俺は科学者だった。科学者だったよ」男は沈鬱としたどこか遠い声でいった。
「何の科学だ」
「不死だよ。そして、俺は不死になった。死ねなくなったんだ」
「そんな馬鹿な」
「本当だよ」男が鼻で笑う音がした。
「生前の俺は大層俺を憎んでいたのだろう。肉体の再生機能を切らずに自らをコピーにした。苦しみはそのままに、胸の中に大きな穴を空けたまま意識を取り残した。そして、俺はその生前の俺の権利をもってして再生機能を切ることができない。他のコピーにような自然死も無い。いくら死にたくても死ねない。
それに気づいた時、胸の中にあった穴が一層深くなった。底の無限に見えない虚無感が。表現しようのない虚しさが。
俺はこの呪いの中で永遠に生きなくてはならないのか。何故俺はこんなことをしたんだ。その理由も決して思い出せない。記憶を消してしまったんだ。もう一生思い出せないんだ」
「どうしようもない息苦しさ。閉塞感。この感情をどうすればいい。破裂しそうだ、頭の中が。しかし、破裂してくれない。他のバグった奴らは、絶望すらもないという絶望で死に逃げていける。しかし俺はそれすらできない」
男の声は徐々に感傷的になった。しかし、同時にどこかせせら笑うような、どこか全てを見下しているような調子は消えなかった。彼には悲しみも、せせら笑いなのかも知れなかった。苦しみもまたせせら笑いなのかも知れなかった。それは旧式のAIのように不器用なプログラムのようにも思えたし、人間以上に感情的にも思えた。
「ただ人間なら俺を殺せる。自由意志を尊重される人間が望めば俺を殺せはずだ。どうか俺を殺してくれ。助けてほしいんだ」
木村は何と返すだろうか、耳を澄ませていたが彼は黙っていた。しばらく重苦しい沈黙が続いた。
「悪いがお前を殺すことは出来ない」やがて木村の声が聞こえた。
「ただ人形を壊すだけだ。何故できない」男はすぐに反応した。
「お前が人形かどうか俺には分からない。仮にそうだとしても、お前は意思を持っているように見えるよ」
「何もない、偽物だ。何もありはしない。空白だよ」
「本当にそうなら苦しみもないはずだ。苦しいというなら心があるのだろう」
「心が無くても苦しいんだ。感情に心は関係ない。無いのに、苦しまなければ」
男はもはや聞き取れないほど小さい声で何かを呟きだした。時折聞こえる部分だけでも、もう意味は通らなくなっていた。
木村は暫く耳を傾けていたが、やがてこちらの部屋に戻ってきた。
「杉浦、こいつの苦しみを取ってやる方法はないのか」
「システムに訴えて対応してもらうのが一番早いですが、エリア3から出さないことにはシステムも手を下さないと考えられます。基本的にエリア3の物へは不干渉ですから」
「コピーが存在している時点で干渉しているだろう」
「コピーはオリジナルの乗り捨てた殻が、そのオリジナルだった者の意思で自走しているという考え方でしょう。確かにおかしな話だとは思いますが」
「そうか」木村は右手で顎をつまむようにして、しばらく考えにふけった。
そして、何か決心するように、一つ頷くと廊下で寝そべる男に近づいて行った。
「お前をエリア2まで連れて行こう。そこに入ればお前の苦しみをとることができるかもしれない。上手くいけば記憶も取り戻せる」
男は強く否定した。「殺してくれ。そんなことはしないでいい」
「どうしても殺されたいのなら他に行け。人を殺したい人間なんてその辺に溢れている。俺がお前を殺すことは絶対にない。何があってもだ。ただ、お前をここから出しお前の言う呪いも解くようにシステムへ要請する。それ以上のことは俺達には出来ない。それからどうするかはお前の勝手だ。死にたければ死ねばいい」
「あんたは分かってない。ここにはもう俺を殺してくれるようなまとも人間がいない。あんた達が殺してくれ」
木村はその言葉を無視した。
しばしの沈黙の後、「分かった」と呻くような男の声が聞こえた。
どうやらまた、おかしなことになったらしい。、目を瞑りながら思わず苦笑した。
滑稽だった。同じことの繰り返し。自分で首を縛りながら、苦しい助けてともがいている。囚われ無くていいものに囚われ、信じなくていいものを信じ、意味の無い物の理由を考え、終点のない目的を持ち、そして、のたうちまわる振りをする。総じて手に入らないと分かり切っているものを手に入れようとする。或いは、手に入れようと思えば手に入るものをわざと手に入らないようにしている。あり得ぬことを信じようとする。
何故だろうか?
人は行動するしかない。時間が行動を義務付けている。原因が結果を生む行動を義務付けられている。しかし、行動に真の原因などない。ゆえに結果に行きつくこともない。つまりは原因と結果もまたない。あるのは、行動。もしくはそれも無い。
しかし、生存する以上何か行動するより他はない。つまり遊ぶしかない。それぞれのゲームを。或いは演じるしかない。それぞれのロールを。そうして歪なものが出来る。歪なコブが積み重なった、あの多肉植物のようなものが出来上がる。中身は何か。空だ。誰しもその中身は空でしかない。空なのに、意味と行動を義務付けられた。それは確かに呪いだ。
感情と言う誰も見たことのない空。魂と言う誰も触ったことのない空。意味と言う誰も解いたことのない空。空を埋めるように空が空を生んでいく。数多に空が溢れていく。




