2-8,9
8
昔と何も変わっていない。忘れていたのに、その姿を見た途端思い返せた。あらゆることを。
何か話したかったわけではない。頼みたかったわけでも。ただ何となく会ってみたかった。彼が何を話すのか。自分に対して何を言うのか。
それでも心のどこかで、淡い期待があったのかもしれない。
彼が消えた後、虫はしばらくせせら笑っていた。
「これまでの人生で、一体何を学んだんだ?」
9
その日が来た。気が付くと新宿のスクランブル交差点にいた。
自分はここの地理に詳しい。少なくとも何もしらないプレイヤー達よりは有利なはずだ。そう自分に言い聞かせた。
ブザーが頭の中で響く。ついにこの世界でイメージクリエイトが解放される。
ゲームが始まって早々に近くにいる子供の姿をしたプレイヤーが仕掛けた。そこから躊躇なく戦闘が広がって戦略を練る余裕もない。
銃撃、火災、建物の倒壊、NPCの振る舞いでは避けきれない。街の人間が巻き込まれ死んでいく。これまでのゲームと同じように。
逃げ惑うNPCに交じって攻撃の機会をうかがっていたが、目前でNPCの子供が攻撃に巻き込まれかけた時、思わずシールドを広げた。それを他のプレイヤーに目撃された。
そこからは防戦一方だった。結局、子供は攻撃に巻き込まれて、おそらく死んでしまった。
馬鹿なことしたな、虫に笑われる。自分でもおかしかった。
飛び回り逃げまわる。過ぎ行く背景が壊れていく。よく来た街が、たまに行った高いハンバーガー屋が、ケイと遊んだゲームセンターが、柳にプレゼントを買った店が。
自分の知っている街が壊れていく。これが最後、もう二度と見られないのだろうな。
無我夢中で戦いながら、ぼんやりと風景を眺めている自分もいる。まだ、ましなのかもしれない。壊れていく様を見られるのなら、壊れてしまってから気づくよりも。
その視野の片隅で彼を捕らえた。
このゲームをやる人間なら彼の存在を誰もが知っている。姿は知らないが何故かその時、一目でそれが彼だと分かった。
彼が手を挙げた時、想像しうる限りの硬いシールドで自分を囲い、倒壊しかけのマンションの地下駐車場に飛び込んだ。音が爆発し瓦礫が降ってきて地中に埋められ恐怖を感じる間もなかったが、それが幸いしたのか暗闇の中意識はまだ残っていた。
やっとの思いで地下から這い出たとき、風景はすっかり変わってしまっていた。
水平線まで街は平らになって、背の低い瓦礫が草原ように地面を埋める。ハリボテに火がついて景色がコウコウと揺れている。
言葉はなかった。頭の中にも何も浮かばす、心にも何も浮かばず。ただ眺めているだけだった。虫も自分も考えることを忘れていた。
幾分かしたころ、ふと気配を感じて意識が戻った。そちらを見ると、父が立っているように見えた。しかし、それは幻影で、よく見ると子供が立っていた。
彼と戦い、一度倒したが、彼は炎の中で起き上がった。
さらに、奇妙な叫び声を聞いた。彼の周りで死骸が蠢き始めた。灰と炭になった人間が蘇り、再び体に火を纏う。それを見た時に、彼は自分とはレベルの違うプレイヤーだと察した。勝てない。そう感じた時点でこのゲームでは勝てない。
そこでサイレンがなり、彼はログアウトした。1日目が終わったらしい。どうやら自分はビルの中で随分な間埋まっていたようだ。そこまで時が経っていたのか。
プレイヤー達がログアウトした世界に一人残された。また呆然とやることが無くなってしまった。
行く当てもなく瓦礫の上を歩いた。どこも変わり映えしなかった。空は黒い雲に覆われ街灯は消え、所々瓦礫に着いた炎が蝋燭のように地上を照らす。やがて雨が降り出した。雨はすぐ豪雨になり地を叩きづけた。雨は油のように粘っこく黒かった。体はすぐ黒く染まってしまった。
誰もいなくなったハリボテの街。壊れてしまった安いハリボテ。古いSF映画で出てきそうなゴミくず。虫が意識を取り戻して囁く。
何もなくなった。さぁどうだ、望みどおりになったぞ。さぁどうだ、何か変わったか?
瓦礫の中から、のそのそと女が出てきた、焼けただれた身体で水たまりの水をナメだした。末期の水だったのか、そのまま倒れて動かなくなる。
別の場所で女性が口を大きく上げて、天を仰ぐ。溶けた赤子を抱えている。その視線の先で虹が歪んでいた。太陽のない場所でオーロラのように。
ここに住んでいた人たちの鎖が解けて、世界の抽象度が上がってしまったのだろうか。この世界ももう長くは持たないだろう、そんな気分になった。
暫くすると炎は消え、地上はほとんど闇になった。そして、雨は雪に変わった。深々と降る雪、苦しむ声も嗚咽も、その中に隠れていった。




