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会議室の明かりをつける。ぼんやりと蛍の光のような緑光が浮かぶ。
先人がいる。椅子を並べ布団代わりにし、タオルを顔に乗せて眠っている。杉浦が静かに近づき様子を伺うと、それはタオルを退けて起き上がった。
「さっきは、悪かったな」と木村は申し訳なさそうに後頭部を掻いた。
「いえ」
「あの後、面倒なことになってな。始末書書けってさ。また無駄な仕事が増えちまったよ」
ふふと杉浦は鼻で笑う。「木村さん、すぐ熱くなるから」
「見てたか?」
「えぇ」
「俺も昔はお前みたいにクールだったんだけどな。年のせいかね」
木村は立ち上がって腰を回したあと、伸びをした。
「どうなった?」
「一通り手続きは終わってましたよ。学校の先生が迎えに来て連れて行きました。階層1に引っ越すとか、保護施設へ入居するとか、AIを世話役につけるとか、色々提案していましたが全て断っていましたね」
「じゃあ、誰があいつを見るんだ。あのガキ何するか分からないぞ」
「そうですね」
杉浦は少し考える。
「木村さんも平松さんに呼ばれましたか?」
「あぁ、さっきまで話してた。また、すぐ戻ってくるよ」
「じゃあ、その件ですかね」
「そうかな」
噂をすれば、警部は戻ってきた。平松の後に続いて見たことがない男も入ってくる。
「ちょうどさっき話してたやつな、状況が変わった。あぁ、こちら相川」と平松は隣の男へ掌を示した。
「相川と申します。初めまして」と男は頭を下げる。杉浦と、木村も挨拶を返した。
「まずちょっと座ってもらって」と警部に促され、四人は向かい合わせに座った。
「暗くないか」と警部は木村が寝る前に設定を弄った緑の照明を変えようとしたが、周りの顔を見てどちらでも良さそうだったので「まぁいいか」と結局取りやめた。
「実は、さっきの事件だが、ちょっと複雑になってな」
「取り調べは見ていたので大体の内容は知っていますよ」と杉浦が言った。
「あぁ、そうか。じゃあ俺より詳しいな。俺はいまいち理解できてないんだよ、コピーだって」
「コピー?」
「コピー」
「コピー、ですか?」
「なんだ、聞いてたんじゃないのか」
「そんな話ありましたか」
「いや、ないな」と木村が続く。
「そうか、じゃあ、その情報はこっちにだけ来てんのかな」警部はスクリーンを展開する。どうやら、そこにはコピーというものに関しての情報が記載されているようだった。
「読むのも疲れるな。相川、ちょっと説明してくれ」
警部が言うと、相川が話し始めた。
「コピーというものですが、簡単に言ってしまえば、実存する人物を模して造られたAIのことですね。特定の人間のデータを収集し、行動パターンを分析して、別の状況下でも同じ状況判断をし、同じ行動をとるように作られています」
「はぁ、なるほど」口ではそういうが木村はぽかんと聞いている。「じゃあ、今回のAIは、彼の母親のコピーだったってことか?」
「そうです」
「容姿も、同じってこと?」
「えぇ、コピーというものは、クローン臓器を使えば、限りなく完璧に近くオリジナルの肉体を再現できます。そもそも、オリジナルの肉体をそのまま使用することもありますし」
「しかし、人の複製は禁じられているのでは?」と杉浦が聞く。
「コピーと言う名称ですが、倫理規定に書かれている人の複製とは違いますね。コピーはあくまでAIであり人間ではありません。コピーの肉体にオリジナルのクローン臓器を使うことはあるようですが、臓器のクローン自体は許可されています。現行法で禁止されているのは、クローンの精子や卵子を、受精させて生命を生み出すことや、脳の完全なクローン臓器を作り、それに人と同じように思考させることであります。コピーというものは臓器はオリジナルと同じものであっても、脳と思考はAIが制御しています」
「しかし、何のためにそんな物が作られるんだ」と木村。
「主に引継ぎとして作られるようです。あとは、性的なものですね。役割の引継ぎというのは、例えば、仕事を退社したいが辞めたと思われたくない。引継ぎで迷惑をかけたくない。そういう場合はコピーを作ってすり替わるということです」
「そんなのは違法だろう」と木村が噛みつく。
「コピーを作ること自体に、違法性はありません。雇用主がいて、契約に反する行いであれば、契約違反になるかもしれませんが、その事例は未だにないですね」
「まぁ、単純に辞められるよりはいいのか。今の時勢、新しい人手を入れるのも大変だしな」と警部は私怨も込める。「しかし、そんなもんすぐバレそうなもんだが」
「バレるに決まってるさ」と木村は不機嫌そうに吐き捨てる。
「管理エリア内でコピーが露見した例は今回を除いてはありません」と相川が言う。
「それと、その人間のコピーはその人間にしか生成することが出来ません。オリジナルの権利を保護するためです」
警部は相川の説明が一通り済んだとみると「それで」と強調し「この件な。ゲームと人を監視対象とするかどうか。これがシステムの方でも明確ではないらしい。どうやら保護AIがこういったことになるのは、あまりないらしいよ。AIに育てられた子は、大体品行方正になるからな。それに、コピーというよく分からない特殊性もある。単純に法律に照らし合わせるなら現法律上ではどちらともとれるんだと。この件に関しては人の意見をまず集約する必要があるとシステムは言ってきている。そこで、専門家を交えて、まず研究をしたいという話になった。今後、こういうケースも増えていくだろうから警察としても対策を考えないといけなくなるだろう。少し急だけど明日ここで14時から会議をすることになったのでお前達に出てもらいたい」
杉浦も木村も、いまいち話が理解できていなかったが、とりあえず了解する。外部の人間も絡むとなると面倒だなと、杉浦は心の内でため息を吐く。
「木村には事件の経緯を説明してもらって、杉浦には少年が監視対象になった場合の担当を頼むことになると思うので会議の内容を聞いて置いてもらいたい。相川はコピーやVRに関して知識があるので、杉浦の補佐を頼む」
「了解です」
「しかし」と警部は苦笑しながら首をふる「理解できるか?どんどん新しいものが出てきてさ」
「そうだな」と木村が呟くように言う。
「あと木村、これは関係ないけど、お前、若林を怒鳴りつけただろう」
「えぇ」
「辞めちゃうだろ。また」
「その程度で辞めるなら、辞めたほうがいいでしょう」
「そのしわ寄せが残っている人間にくるだろうが。ただでさえ今人が少なくなって大変なんだぞ。なぁ、杉浦。お前、青木いなくなって大変だよな」
杉浦はどっちつかずの苦笑いを浮かべる。警部は1対1で木村に説教するのが億劫なので杉浦を巻き込んだのだろう。
「どうせ、そのうちシステムやらAIやらコピーやらが埋めてくれますよ」と木村。
「社会は人間とAIの相互監視でなくては成立しないだろう。なぁ?お前はAIが嫌いだろう。人間社会を人間が管理したかったら、お前せっかく入ってきた人間を大事にしないといけないよ」
「大事にするということと、過保護にするということは違います」
「辞めちまったら元も子もないだろう」
「過保護にしてたって辞める奴は辞めます」
「お前さ、年寄りの良くないところが出てるよ。いつも年長者が正しいわけじゃないのさ。よく考えて周りに合わせないと。俺たちも昔は散々先輩にそう思っただろ」
「だからといって、そこまで若者に媚びることもないでしょうが」
「媚びるんじゃなくてさ。俺たちが合わせなきゃ、向こうは俺たちには合わせてくれないんだから。な、若者は老害に合わせる意味もないのさ。もう俺とお前ぐらいじゃないか、古いのは。青木もいなくなっちまってよ。お前には若い奴とも何とかうまくやっていってほしいのさ」
「別に俺は自分の仕事をするだけです。真面目な仕事をしていれば、真面目な人間とは付き合えます」
「お前さ。俺の言うことも少しは聞けよ」
「聞いてるじゃないですか」
「とにかく、媚びろとは言わない。しかし、少しは気を使ってくれ。お前がいつも正しいわけじゃないんだぞ」
木村は面倒になったのか「はいはい」と不貞腐れたように返事した。
「あと、お前、ここ、おでこ、禿げてきてるぞ」警部は自分の額をポンポンと叩いて木村に示す。
「はぁ」木村は禿げ頭をぐるぐる撫でた。
「みっともないよ。嫌われるぞ。ちゃんと髪はやしてこい」
「別に今さら嫌われたところで」
「TPOってやつだよ。今の時代は髪の毛もスーツと一緒。禿げ散らかしてたら不真面目だと思われるぞ。時代だよ木村、時代」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。あと、皺もとれ、顔歪んでるぞ。別に手術しなくてもいいんだから、な、マスクしとけば勝手に治るんだから。やろうかマスク?」
「はいはい。じゃあ、もう行きますよ」と、いよいよ面倒くさくなったのか、木村は足早に部屋を出ていった。
「あの、天邪鬼が」警部は吐き捨てて、「辞めてくれてもいいやつは、中々やめてくれないもんだな」とぼやいた。
相川と杉浦は苦笑するしかなかった。




