2-4
4
大学2年の夏。この世界が仮想現実だとシステムは発表した。その時、自分はケイと柳と食堂で飯を食っていた。
「これ本当かな」自分がスクリーンの通知を見せながら二人に聞くと、柳は「システムが言うのなら、そうなんじゃない」と答えた。
「自然主義者は何ていうのかな。自分たちが人工物だって分かったら」と続けて二人に聞く。自分と柳はもう食事を終えて、ぼんやりと座ってケイを待っていた。
「信じないだけだろ。悪魔のささやきは」ケイは残ったパンをテーブルの穴に捨ててミルクを飲んだ。
「NPC愛護団体は騒ぎそうだね。ほら、見なさい。私達もNPCです。やはり平等でしたって」と身振りを加えながら柳が言う。
「見下してたから愛護してたんだろ。平等になったら分からんぞ」とケイは半分の瓶の中に口を残して言った、
「なるほど」と自分は相槌をうつ。
ケイは残ったミルクも捨てた。テーブルの穴は閉じ、長方形の何もないものになった。
「しかし何故公表したんだろう。そんなこと言われたってどうしようもないよな」ケイは腹をポンポンと叩いた。
「確かに」と自分と柳は同じ返事をする。
世界が仮想現実だと、言われずとも何となく分かっていたし、分かった所で何か変わるわけでもない。
ケイはわざとげっぷをして、にやりと笑った。柳は嫌そうな顔をして「やめて」と言った。
ケイは少し身を乗り出して「全然話変わるけど、次の大会、久しぶりにでるって話題になっているぜ」と楽しそうに言った。
「何時もそんな話はでてるじゃない」と柳は返す。
「今回は本当かもしれん」
「はいはい」と柳。
「あぁ、戻ってくるぞ。ゴーストが」
「そうかい」と自分も柳と同じような感じで返す。
「今度は是非見てみたいな」とケイは天井を見上げた。
その日、帰りにバグ爺の所に行った。バグ爺はエリア2の川辺に住んでいた。自分の住んでいる箱から丘を下り、歩いて5分とかからない。エリア2は騒がしく時に煩わしかったが引っ越さずにいたのはバク爺がいたからだ。
自然臭い川辺に降り、虫を払いのけ、バク爺のかび臭い木箱に着く。
自分が部屋に入るとバグ爺は台所から振り返り「おうおうおう」と繰り返した。そしてフライパンを机に置いて「食うか」と言った。自分はすぐに遠慮した。一昨日、自分があげたウインナーが3本焼かれていた。
バグ爺は何かブツブツと意味不明なことを言いながら、ウインナーにかぶりつく、そして熱かったのか、口をハフハフとして、一回フライパンに戻す。何を思ったのか、その後木製の皿を持ってきて、その口から出したウインナーを乗せて、また食べ始めた。意味不明な会話の中に「ベロ、やけど」という単語は何となく聞こえた。
バグ爺は、200歳を超える、と本人は言っているが実際は定かではない。おそらく彼に身よりはないし、よく知る人間もいない。頭はもうほとんどボケきっている。
「うん、よくできた味だ、これは。よくできた味だ。中々ない。いや、昨日も食った。どうだい?昨日も食ったな。旨いか」
それは自分に話しかけている訳ではない。バグジーはいつも一人で話していた。誰と話しているかは分からない。そこにはいない誰かと話していた。
たまにこの世界に戻ってきて、自分に語りだす時がある。そういう時は、俺は高名な科学者だの、非凡なクリエイターだの、神様と話したことのある預言者だの、警察官だの、世迷い事ばかりを垂れ流す。
ぽたぽたと雨音が鳴りだした。やがれそれは激しくなって騒然と部屋を包んだ。部屋の壁に雨粒が伝っている。ある所では天井から水滴が落ちた。バグ爺は嬉しそうに風呂場からバケツを持ってきて雨漏りを受けさせた。
「雨だなぁ、ふれふれ雨だな」
風は呻り、窓の外を眺めると、辺りは一気に暗くなり、水はほぼ水平に飛ばされていた。スクリーンを出して確認してみると、台風の中にいて雨はしばらくやみそうになかった。
「じいさん、しばらく雨止まないって。泊ってっていい?」
「おういいぞ。泊ってけ。泊ってけ」
そう言うとバグ爺は窓を開け放ち叫んだ。
「見つけたいけど、見つけたくないんだ」
バグ爺はびしょ濡れになって頭を犬のように振った。
自分はおかしくって笑った。
二階の空き部屋で眠った。かび臭く蒸し暑かった。そして硬い布団に包まった。
居心地は悪かったが雨に濡れて帰るよりはマシだと諦めた。しかし、家の軋む音が気になり寝付けず、スクリーンを開いてネットに流れている情報を漁った。ここが計算結果の世界だと分かって人々はどんな反応をしているのだろうか。
様々な話が溢れていた。
今この世界にいる人間のほとんどはゲームでいう所のNPCで、そこに別世界からログインしてきている人と実体世界の人間同士のシュミレーションの子供、それと、実体世界の人間とNPCの子供などが混ざっているらしい。
自分の世代が大体シュミレーションで出来た子供の第一世代ということだ。
完全なNPCか。ログインしてきた人達の生殖行為によってシュミレーションされた子供か。自分の中では違いは無かったが、そんなどうでもいいことを気にする人達は大勢いるようだった。
溢れた情報はとても追い切れるものではない。ぼんやり眺めているうちに眠たくなって、スクリーンを閉じた。
翌朝、一階に降りるともうバク爺はいなかった。自分は家を出て川辺を歩いた。強い雨が降った後はいつもバグジーは川に踊りだす。そうして濁流の中に流れてきた流木や灌木を集めている。自分はバク爺を見つけると川辺に座って、それをしばらく眺めていた。
「気を付けろよ、流れ早いからな」
「大丈夫、大丈夫」
嵐は過ぎたが、まだ少し風は強かった。置いて行かれた分厚い雲が、日差しの無い水色の空に浮いている。その前をほどんど煙に近い薄いベールのような雲が凄い速さで流れていた。また雨が降るのかもしれない。
川向こうの鬱蒼とした木々は霧に紛れ、そして揺れ、風の音を鳴らした。それ以外は静かだった。虫も鳥も、まだ鳴いていなかった。
バグ爺が満足げに枝を集め終わると、自分はそれを運ぶのを手伝った。
家に着くなりバグ爺は枝を折ったり結んだりして組み立てていく。俺には下手くそな鳥の巣にしか見えないが、バグジーには人形に見えるらしい。そうして出来たバグ爺の作品は部屋の隅に積まれている。
積み重ねられた作品。バグジーはその一つに恋をしていた。その「大傑作」は未だに完成していない。最後の部品が足りないらしい。股の部分に使う、良い曲線の木がないという。ただ、見つかれば恋が完結してしまう。それは寂しいとも彼は言う。
今日もごみを量産し、上手くいかなかった人形は川に流して捨ててしまった。そうして帰ってくると、バク爺は傑作を抱えて突然踊りだした。クルクルと。自分には聞こえないが、まるで何かの音楽に合わせるように。
バグジーが教えてくれた話で好きなものがある。バグジーが神様から聞いたという話だ。
その昔、皆は神のため、神のことだけを考えて生きた。それゆえに、神から必要とされ、神に愛されたが、感情がなかったため、その愛は分からなかった。
神が世界を去る時、神は皆に感情を与えた。皆はそれで神の愛を知ったが、代わりに生きる理由を失った。その開いた空白に、虫が住み着いて人を苦しませている。愛と虫は、いつも一緒だ。
その話を聞いた時、自分の頭の中の虫は妙に納得したものだった。
バグ爺に聞いてみた。
「この世界は別の世界の人達に作られた仮想現実らしいよ。その世界からログインしてきた人間とそのシュミレーション上の子供はいるけど、大多数はゲームのNPCなんだって」
バグジーにそれを伝えると、バグジーは嘘だと言った。世界を作った本当の神様を自分は知ってると。
バグジーはいつも嘘だらけだ。でも、その嘘は本当の嘘だと思っていた。それが作られた嘘ならば寂しい。
バグジーはクルクル踊る、何かの音に合わせて。自分には聞こえない音が、そこで本当に流れていればいい。




