第二章 現実の仮想「見えない音楽に合わせて」
第二章 現実の仮想「見えない音楽に合わせて」
「頭を直してお母さんについていくか。別のお母さんと暮らすか。どっちがいい」
クリスマスのイルミネーションの光が視界の角でぼんやり光っている。
いつの間にか消えた父さん。母さんも消えたら自分はどうなるだろう。
「ついていく」と答えた。それ以外の答えはなかった。一人になることは想像もできなかった。
その夜、いつもは勝手に遠のいていく意識がいつまでも残っている。何故か苦しくなる。胸の真ん中が締め付けられるように痛い。泣きだしくなったが、そうすると取り返しがつかなくなりそうで恐ろしく、ただじっと唇を噛んで布団の中で小さくなった。
もしかすると眠り方を忘れてしまったのかも知れない。夜の終わりは一体いつ来るだろう。本当にくるのだろうか。頭を弄られたら意識はどこに行くのだろう。ふとそんなことを考え出した。
本当はもう頭を弄られていて、自分の意識は夜に閉じ込められているのかも知れない。この終わらない夜に。誰もいない夜に。
暗闇は一層重くなって、潜りこんだ布団の中から出れなくなった。背中と額の汗が滲んだ。
恐怖は何かの試練のようにも感じた。耐えきれば、素直に頭を明け渡せれば、自分は善き者になって母さんも楽しくなるだろうか。もしかすれば、父さんも帰ってくる。何の根拠もなくそんな空想をしはじめた。それが痛みを遠ざけた。
いつの間にか空想は夢に変わり消えていった。夢の中身は忘れてしまったが、優しく恐ろしい感覚だけがぼんやりと残っていた。
目覚めて光が瞼の裏に透ける。眩しい。しばらくじっと何もせず目をつむる。目を開ける。光がにじむ。朝の光はこんなにも明るいのか。
つむじに触れてみる。頬に触れる。頭をなでる。口を大きく開ける。どこも痛くはない。
誰か頭をいじったろうか。もしかして誰もいじっていないのだろうか。眠気が消えさり、飛び上がって階段を駆け下りた。
珍しくカーテンが開いている。飾り付けられたクリスマスツリーの根元には大きく膨らんだ靴下が置いてった。のぞき込むと、プレゼントの袋が入っていた。台所には誰もいない。ソファにも誰も座っていない。
「おはよう」と突然肩を握られて振り返った。
母さんが笑っていた。初めて見る笑顔。あぁこれがお母さんの本当の笑顔なのか。
何かが変わった、そう思った。自分は良い子になったのか。誰かが頭の中を変えてくれたのか。
心臓が小さくなり、鼻の奥がツンと痛んだ。安心して息が苦しかった。
今、その時のことを思い出しても同じ感覚が蘇る。頭の中に住む虫は、おそらくその時に初めて生まれた。その虫は悪い自分で頭を直す前の自分だと、ある時までは思っていた。




