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 翌日、14時に、昨日ゴーストと対戦したプレイヤーが死んだとの情報が入ってきた。その30分後に、もう一人。さらに1時間後もう一人、立て続けにいずれも自死だった。

 杉浦達はまた例の会議室に集まった。

 そこで死亡したプレイヤー達の精神波形を確認した。ストレス値は試合後も異常な一桁代の低水準を保ったままだった。睡眠後、2桁台まで戻ったが、カプセルから出るまでその異様な低さを保っていた。

 典型的な虚無症の傾向だった。

 彼らの死はストレスによるものではなく、その負荷からの解放による開放感。それが虚無感へ変化したことによる一時的な虚無症が原因であると会議ではまとまった。システムの分析結果もほぼ同じであった。

 VRゲームプレイ後の虚無症による自死、それは現代を生きている人間には珍しい話ではなかった。カプセルに入っている間、設定が通常であればストレスの調整機能が働き平常のストレス値まで近づけられるが、その機能を活用する人間はほとんどいない。低いストレス値をあげる調整は不快か緊張をもたらすからだ。それに、今回のプレイヤー達に至っては生命に関わる強制ログアウト機能すら切ってしまう人種だ。もちろん低ストレスの調整もしないだろう。

 感情に干渉されること、それを嫌う人間は一定数いる。何かしら極端な状態に自分を置いておきたい人間、それも一定数いる。その結果、精神疾患を抱えるのか、潜在的に精神疾患を抱えているからそうなるのか。原因はそれぞれだ。

 

 その後も立て続けに死亡の報告が流れ、20時に最後のプレイヤーが自死した。すぐに死因が検証されたが、やはり皆、虚無症と診断された。そして、会議は解散した。

 帰り際「杉浦さん、いいですか」と瀬尾から声をかけられた。

「えぇ」と頷くと「こちらです」と瀬尾はついてくるように促した。

 瀬尾は部屋の奥の壁を開き、エレベーターに乗りこんだ。杉浦も後に続いた。

 4、5分乗っているとエレベータの扉が開いた。以前瀬尾と別れたところと同じかは分からないが、暗闇が広がっていた。

 瀬尾がその中に踏み出すと青い光が地面にぼんやりと灯った。今度はその中に杉浦も入っていく。地面がまた動き出し青い光をなぞる様に進んでいく。そして止まった。

 明かりがつく。白い壁に囲まれた八畳ほどの正方形の部屋。ソファが中央に置いてあるだけであとは本当に何も無い。

「あなたの分析を見ました」

 瀬尾が口を開いた。

「まぁ、かけてください」

 杉浦は腰かけたが、瀬尾は立ったまま奥の壁を撫でた。

 周りの壁が消えてキゴウの試合時の空間が再現される。ほぼ荒唐無稽のカオスだが、その中にはいくつかの象徴が見て取れる、と杉浦が報告書に記載した個所だ。

「この歪んでいる青い部分、これがコピー刺壊の際にコピーから流れ広がった血の動きと酷似していると」瀬尾は手元のスクリーンで杉浦のレポートを読んでいるようだ。その後、空間を二つに割ると、右側では大会時のキゴウのバグと呼ばれた空間が広がり、左側ではVRシュミレート検査時の空間が広がった。

「確かに、並べてみると明らかですね」キゴウの検査時に再現された映像と重ねて瀬尾が言った。

 そして、瀬尾はVRシュミレートの空間を消して、再度大会だけの空間に戻した。少し時を進める。

「この白い歪み、これは反転し、歪みの平均値をとって補正する。そして境界を明確にすると輪郭が浮かびあがる。あたりに飛び散っている白にも同様の処理をすると、顔のパーツのようなものが浮き上がる。輪郭の中にパーツを当てはめると、白く目を見開いた人間の顔が浮かぶ。この顔は、何回か、この現象の中に現れてくる。歪んでいて分かりずらいですが、おそらく母親の顔だと。そのようですね。そして、この音ですね。あなたの言うように、これは超低速にした足音でしょう。それも素足で地面に肌が吸い付く時のわずかな音すら聞こえるように拡張されている。それが何百とあり、徐々に接近してきている。あの少年はいつもこんな空間を感じて生きている訳ですね」

「えぇ」

「この短期間でここまで分析できるのは、あなたくらいのものでしょう。さすがです」

「いえ、そんなことは」

「他の人間の分析は文字が並んでいるだけで全く意味を成していなかったですよ。あなただけです、人間側の分析結果として有用なものを出したのは」

「今回はたまたま勘が働いたのかもしれません。それに私の分析も意味があるものなのかどうか。私も自信がないのです」

「えぇ、確かに非常に複雑ですね。精神のイメージを言葉で意味付けすることは簡単だが、理解するとなると難しい」

 瀬尾はキゴウの空間を消した。辺りには静けさが戻った。

 そしてまた瀬尾は壁を弄った。すると、地面が無くなってソファーも透けて見えなくなった。杉浦は宙に座っているような形になる。

 あたりから人の声が聞こだす。そして、幾つも細分化された空間が周りを囲んだ。

「これは?」

「各所の現在の映像です。暗闇なので分かりづらいですが、これが箱街、相変わらず誰も外にいないで静まり返ってますね。これがエリア1、まだ家に灯が付いていますね。外には誰もいませんが、生物の気配は残っています。杉浦さんはエリア1ですよね?

 ここはエリア2。見てください。自然主義者達が集まってきています。不安そうに話をしている。中々盛り上がりそうですね。これがエリア3。相変わらずですね。薬中達が転がっています。しかし、今日はここでも各所で人々が会話をしていますよ。これは珍しいですね。

 これは巣造像のコミュニティステージ、随分と人が集まっていますね。凄い盛り上がりようです。チャットや、他のゲームも見てください。今日はコミュニティエリアが活発ですよ」

 瀬尾は様々な空間の中を歩きながら、杉浦に紹介した。ここには世界のあらゆる空間と音が流れこんできている。

「昨日のゲームでプレイヤーが9名死亡した。システムがこれからそれを発表します」

 瀬尾は杉浦の隣に座ると時刻を眺めながら「3、2、1」とカウントダウンを始めた。そして、0になった時、VR空間にいる人間達の多くが通知を確認するように視線を下げた。一瞬、静かになったかと思うと、突然歓声や叫び声が上がった。さらに人がログインしてきて膨れ上がり、絶え間ぬ波のように人々の声が膨れ上がった。

 騒然としていた。渦を巻いている音の、一つ一つを聞き取ることは難しいが、時折、聞き取れる単語を辿ると、やはりほとんどゴーストについて話しているようだった。

 少し遅れてエリア2の自然主義者達の所でも声が上がった。しかし、VR空間とは違い最初は悲鳴で後から怒声に変わった。人々はやがて声をそろえて「巣造像やめろ、人殺しゲームやめろ」と叫びだした。感情が入りすぎて失神する女性もいた。ヒステリックな顔で叫ぶ子供もいた。

「もし決勝が開かれたら世界が終わる」ある男は叫んだ後、うずくまり泣き出した。

 

 瀬尾は、騒がしい二つの空間の音を消して、エリア3の音を拾うようにした。

 どうやらエリア3でも、少しづつそのことが話題になり始めているようだった。ビルの影に浮浪者が集まってきており、その中で噂されている。

「終わりだ、終わり」薬中が廃車の上で、嬉しそうに飛び跳ねて発狂している。

「これで死ねるかね」と醜い老人がそれを見てぼやいていた。その隣で少女が呟く。「どうして悪魔の声を聴こうとするの?」


 エリア1と箱街には変化はなかった。彼らは外に出ない。

 瀬尾は再び全ての世界にある音声が聞こえる状態にした。

 煩かった。言葉が溢れ、人が溢れ、会話が溢れていた。報道空間ではニュースがとめどなく更新されていく。ゴーストが対戦相手を全て殺した。話はそういう事になり、話題を席巻している。

 巣造像のコミュニティ空間で花火が上がり始め、大きな歓声が上がった。エリア2では1との境界線付近で爆竹が上がって発煙筒の赤い煙が吹きあがった。どちらも、まるで火をくべているようだった。燃え上がったものをより燃やすために。

「杉浦さんはおいくつですか?」

「29です」

「私と同じですね」

「そうなんですか」真実かどうか怪しいが、驚く素振りはした。

 瀬尾は赤い光を頬と瞳に受けて、ぼんやり空間を見上げていた。

「私はもう随分とここで社会を監視してきました。いつもここはとても静かなのですよ。人々の声は遠く、そして無感情だった。杉浦さん、今ここから何が見えますか。何が聞こえますか。私はこんなものを見たことがありません。これは私が見たことのない社会の姿です」

「えぇ、私もです」

 社会が変化の兆しを見せている。何かが変わろうとしている。そんな予感を誰もが感じている気がした。

「精神密度は数十年前の値です。虚無感は薄れ、社会の空白も少しは紛れたでしょう」

 瀬尾は心地よい音楽でも聴いているように、ソファに寄りかかり目を閉じた。

「私たちは狭間の世代ですね、杉浦さん。幼い時にVRが五感を再現し現実を越えた。しかし、現実での生き方も知っている。そして、VRやAIの技術が生命の維持よりも意思の実現を重視した物へ変わっていく。私たちはその変化の中で生きてきた。

 老年世代はVR上でいくら快楽を満たそうともそれを完璧には受け入れられない。というより、彼らはそれを信じることが出来ない。どこか虚無感を持ってしまう。VRの性交渉では満たされず、実体化でクローン人形を相手にする。そして、それにも飽き足らず、エリア3に下りては自然主義者の肉体をあさりに行く。

 手術はAIに任せたいが、介護は実体の人間であることを要求する。AIとは接したくない、自然でありたいと言いながら、再生医療にやっきになって生に固執する。脳の機能が停止するまで生きようとする。終いには脳の機能すら弄りたがる。彼らは満たされない。自己の矛盾にも心のどこかで気づいている。そして、いつまでも虚無を抱き続ける。

 私達はVRで自由を体験しながらも、現実では曾祖父、曾祖母の介護を強要されました。体は若いが頭のぼけた、そして、色欲にまみれたよく分からない生物。ペットのような感覚でそれに接してきましたね。

 一方、今の子供達は生まれた時からVRに馴染んでいる。実体以上の世界は当然のように身近にあった。彼らにとっては思考通り、思い通りになるVRの中こそが真実の世界でそこに真実の自己がある。実体は不自由で建前と義務的な世界。言ってみればトイレみたいなものです。面倒くさいが排せつはしなければならない。彼らにとっては実体がセカンド、もしくはサード以下のリアルです。

 しかし、彼らは欲望の充足によって生の不満を抱かない代わりに、生きる目的を持てません。生きる意味もまた同様に。彼らもまた虚無を抱いている。

 老年世代は170を超えるまで生きて、若者たちは20歳手前に多くが自死する。その結果平均寿命は、一世紀近くあまり変わっていません。集合体はある一定の所でバランスがとられるようになっています。まるで神の見えざる手によって」瀬尾は右手を開いて、その薬指の第一関節を左手で包んで親指で撫でた。

「そして、変わりいく形と価値観の中でも、結局同じものを抱えて生きている。それだけは変わらずに。

 存在とは、存在した瞬間に非存在との約束が交わされた。名前をつけ、意味で縛ったその時に、名前の無い、意味の無いものに縛られることになったのです。形が変わり言葉が意味を変えていっても、何も変わりません。狭い箱の中に、自分とその約束だけがある」

 そう言うと瀬尾は薄く微笑んだ。

「すみません、つき合わせて。何となく、誰かと一緒に見たかったのです。花火を見るのもこれで最後かもしれませんね」

 杉浦は黙って頷いた。

「杉浦さん、私はシステムエンジニアです。あなたも、いずれこちらに来てください。あなたの能力は適している」


 家に帰ると妻も娘も眠っていた。その日は、何のVRにもログインせずに眠った。

 夢の中でまた列車に乗っていた。懐かしい顔が周りを取り囲んでいた。老婆と、若い男と、そして、微笑んでいる女。今日は、その顔が誰であったか思い出せた。

 窓の外を見ながら早くこの夢が終わればいいのにと苦笑いを浮かべた。


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