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 翌日、もう一つの準決勝も、同じ体制の元監視が行われた。この日、視聴者はさらに増えた。前日の試合がまた評判を呼んだのだろうか。

 その日の試合内容もまた異様なものであった。

 月面都市をコピーしたステージで、白い地面の上にプレイヤー達はログインした。

 開始と同時に9人が1人に対して、一斉に動いた。白く積み重なったマシュマロのような宇宙服をを着ているプレイヤーは全方位から攻撃を受けた。ゴーストはステージに合わせた姿にするという傾向はよく知られていたので、宇宙服と思われるものを着ている彼が標的にされたのだろう。

 マシュマロは絶え間なく、物理攻撃や精神系攻撃を浴びせられていたが、平然としていた。まるでそれに気づいていないようだった。それどころか、建物も、地面も、そこにある物は全て、攻撃の影響を全く受けつけなかった。

 宇宙服は、誰かを攻撃するわけでもなく防御するわけでもなく、月面都市を歩いた。重力の少ない地面上をゆっくりと跳ねるようにして。時に方向を変え、建物を見上げ、時に寝っ転がり、そして、その後座り込んだ。苛烈な攻撃のエフェクトの隙間で、その姿が見えた。

 試合が始まって30分後、彼は座り込んで、呆然と空を見上げていた。彼のヘルメットは他プレイヤーの色鮮やかなイメージを反射して映していた。その中身の顔は見えなかった。

 そして、ふと立ち上がった。その時、他のプレイヤー達の攻撃は止み、それどころか、まるで時が止まってしまったかのように彼以外の全ては停止した。音も消えた。色も消えて、空間はモノクロになった。

 彼は薄い重力の中を泳ぐように、ゆっくりと跳ねだした。数秒前まで、絶え間なくイメージが氾濫していたせいか、その光景がやけに静かで、スローに感じられた。人間が初めて月面に着陸した時の、あの古い映像でも見ているような気分になる。思えば、彼の宇宙服は、その時の物だ。

 彼は遊泳し、静止しているプレイヤーの正面に浮かんだ。彼のヘルメットは正面にいる人間も、地面も、建物も、空の星も、もう反射しなかった。ただの暗闇を映していた。

 彼は静かにそのプレイヤーに手を伸ばした。しかし、触れることはなく、手を挙げた先の人は消えていた。

 会場は沈黙して、彼が全てのプレイヤーをそうやって消すまで見入っていた。異様な静けさだった。音というものが無くなってしまったかのようだった。誰もがゴーストの一挙手一投足を見逃したくなかった。そこでわずかに聞こえる呼吸の音も、聞き逃したくなかった。その情景は美しかった。神秘的なものだった。

 最後のプレイヤーが消えて、ゴーストも消えた。しばらくすると、静かに音が戻ってきた。人々のため息のような声が漏れた。

 会場はキゴウの時とは違い、すぐに人がいなくなった。監視室にも、小さな報告が聞こえていたが、心なしか息を潜めるような声だった。

 ログインしていた監視者達は部屋に戻ってきても、しばらく何も話さなかった。

 ふと部屋に浮かんだ監視員の小さな報告の中に、小さなひっかかりを感じて、遡って音を組み立てなおした時には、その意味はこう連なっていた。

「bluesjeep が死亡しました」

 少しした後、瀬尾が口を開いた。彼の声だけは生気のこもった響きをして、周りの注意もひきつけた。

「なるほど。これで今日の死亡者は3名ですね」

 その後、監視室は次第に熱を取り戻した。

 試合終了から一時間が経ち、ある程度情報が出そろったところで、瀬尾が全体に呼びかけ、情報のまとめに入るよう杉浦に促した。

「死亡者と死因を教えてください」と杉浦が聞いた。

「kl;kjh444 17:31分 ログアウトと同時に死亡しました。死因は多臓器不全です。qqqqqqqqq*10 17:33分ログアウト後、生体維持機能を切って死亡しました。人工心臓でした。bluesjeep 17:55 ログアウト後、薬物を過剰摂取し自死しました」と監視員が答える。 

「今日参加していた人間の中で強制ログアウト機能をつけていなかった人間はいますか」

「qqqqqqqqq*10 とblesjeepはつけています。それ以外は全員つけていません」別の監視員が答える。

 ついに強制ログアウト機能をつけていた人間も死んだか。一瞬、会議室の空気が固まるのを感じたが、杉浦は何事も無かったように進行を続ける。

「全プレイヤーの平均ストレス値と本日の推移を見せてください」

 グラフが目前のスクリーンに展開された。

 それを見ながら杉浦が話す。

「ストレスの平均値はゴースト一人を除き、初期値から500以上ですね。これは一般人の平均200に比べると非常に高い数字です。ゴーストは一桁台。巣造像の傾向としまして最上位のトッププレイヤー達は何らかのストレス障害や精神疾患を抱えている率が高いです。その平均ストレス値は極端に高いか、低いかどちらかです。これは多くの場合、巣造像のプレイ以前から抱えているものであり、ゲームプレイによる症状ではありません。今回のプレイヤー達も巣造像に登録する以前と以後で多少増えている人もいますが、そこまで変わりません」

 グラフではゴースト以外の高いストレス値が、最初の30分から上昇を始め、時が止まるとともにほぼ横ばいになっているのが見える。しかし、異様なのは、ある点からそれが急激に下がり、皆一桁代まで落ち込んでいた。

「これはログアウト時ですかね」と一人の監視員が発言する。

 それぞれのプレイヤーのストレス値が下がり始めるタイミングの映像が、スクリーンに流された。予想通りゴーストがプレイヤーに手をかざすシーンが流れている。

「この時、ゴーストからは、何かイメージが発現していますか」と杉浦が聞く。

「時を止める等の持続したイメージはありましたが、この瞬間に新たなイメージクリエイトはありません」とICの機能を専門に見ていた監視員が答える。

「それでは、彼は触れただけですか。自滅効果と言っていいのか。この場合、自浄効果なのか、触られたプレイヤーの精神が自主的に和らいだのでしょうか」と別の監視員が言う。

「一種の安らかな催眠とも考えられます。ゴーストの動きや空間が、ストレスから解放のイメージさせるものだったのでしょう。実際見ていて私はそういう印象を持ちましたし、プレイヤーと監視者達の精神波形もそれを示していますね。前回の試合のイメージが各プレイヤーに残っていたかもしれません。最初の一人がすぐにログアウトしたことでも、それ以後のプレイヤーに自滅効果が波及したでしょうね。時を止められて、動けないという状態になっている時点で、彼等はゴーストとの圧倒的な力の差は感じていたでしょうから、自滅効果には陥りやすかったとは推測されます。そして、自らが消える、またはログアウトするイメージを持ったと。心が折れたというよりは解放されてしまったという感じでしょうか。特に高抽象度では開放感を持ち、集中が解ければ存在もすぐ保てなくなってしまいますからね」堺医師が話す。

「それまで反射していたゴーストのヘルメットが、時が止まって以降、何も反射しなくなりました。他プレイヤーはゴーストに正面に立たれた時、その何も映していないヘルメットを見ています」と杉浦が映像を見ながら指摘する。

「なるほど」と医師が言う。「それも存在が消えている、もしくは消えるという暗示をかけるためでしょうね」

 ここで瀬尾が初めて口を開いた。「今、システムから許可がおりたので、死亡したプレイヤーの情報を開示します」

 人型のホログラムと、その脇に様々な情報を記したスクリーンが展開した。杉浦はそれ一通り眺めて、すぐに必要そうな情報だけ抽出し解説する。

「最初にログアウトした、kl;kjh444は投薬やカプセルでの調整が無い状態でのストレス平均値が1000を超えています。カプセル外では、単純な思考すら出来なくなっていた可能性が高いです。むしろこの状態で想像を保てていたことが驚異的です。年齢は122歳。胃以外の内臓はオリジナルで再生も機械化もしていないようです。生体機能は低下していて、昨日の値を見ますと、状況によっては、いつ多臓器不全に陥ってもおかしくない状況です。ストレス値の推移としましては、戦闘中は800。平常時より落ち着いていますね。そして、ゴーストに触れられた時から数秒で一気に4まで落ちています」

「緊張が解けて、生命機能が正常になった結果の死でしょうか。むしろそれまでが、最後の灯という感じで異常だったのかもしれません」と白衣の監視員が言った。

「では、実質的な原因は老衰ですか」と別の監視員が聞く。

「そうですね。それでいい気がします」

「他の二人のプレイヤーもこの精神波形を見る限り、ゲームでのストレスが死因になったわけではなさそうですね」

「えぇ、むしろ虚無症の典型的な波形ですね。この大会を目標にしていたが、それが終わって生きる活力を失ったのかもしれませんね」

「では、イメージクリエイトや巣造像の機能が直接の原因と取るのは難しいですか」

「えぇ、今社会で起きている他の虚無症と差異はないと私は思いますが」

「他の方はどう思われますか?」

「もう少し精査しないと分かりませんが、私も現状では同じ認識です」別の白衣の男がそう話した。後の人間は何も言わなかったが否定的な空気は無かった。

「観戦のほうで被害はありますか?」と杉浦。

「現状ありません」

 しばしの沈黙のあと意見が出きったと見たのか、瀬尾がまた口を開いた。

「この件に関して判断の緊急性は無さそうですね。他に何か意見があれば」

「2人が自死したとなれば、他のプレイヤーにも連鎖的に起きる可能性があります」と杉浦が切り出した。

「えぇ、そうですね。自死は本人の意思なので干渉しようが無いですが、この状況で社会に与える影響は考慮したほうがよいでしょう」と瀬尾がすぐに返した。

 杉浦は少し考え込んだ後に頷いた。

 瀬尾が言う。「私も同じことを考えていました。そろそろ計算結果が出ていると思いますが、どうですか?」

 瀬尾が振り返ると、その視線の先でしきりに何かを検証していた一番奥の監視員から緑の光がスクリーンの中に流れてきた。

「来ましたね。こちらが予測になります」

 スクリーンには社会の精神効果の予測推移が何パターンか記されている。そして、そのグラフのほとんどが上昇していく。

「仮にプレイヤー全員が死亡すると、NG効果はほぼ無いのに対して、PG効果は1200臆

増です。死亡するプレイヤーが多いほどPG効果は上がりますね」

 皮肉なことに、人が死ぬほど社会の精神需要は満たされるということだった。

「他に何か意見があれば」と瀬尾が言う。周りは誰も反応しなかった。

「では、確認します」そういうと瀬尾は一瞬スクリーンに目を落とした。

「システムからも緊急性はないということです。この後も監視業務がある者以外は解散とします」

 その言葉を聞くと、すぐに何名かのホログラムがその場からログアウトして消えた。杉浦と相川も何も話さず、そのまま署に戻った。



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