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キゴウは反社会性パーソナリティ障害と認定されて、矯正されるまで一般の人間に会わぬように病院内で隔離される事となった。今は簡単な投薬療法のみを行い、巣造像の大会が終了したのち、境界倒錯症と合わせて治療されることになる。しかしその前に彼の人格形成の過程が細かく検査されることになるだろう。
杉浦と相川はキゴウの経過を見るために病院へ赴いた。
キゴウと話している時、木村の言っていたことがよく思い出された。ある時は、心ここにあらず全て無視して呆然としているかと思えば、ある時は突然流ちょうに話し出す。そういう時はキゴウではない。誰か別の人間が乗り移っているかのようにも思えた。
「準決勝には出るの?」杉浦は聞いてみた。その時のキゴウは調子が良く返事が返ってきた。
「出ますよ」
「体調は大丈夫なのかい」
「大丈夫ですよ」
「そうか。じゃあ頑張って」
「はい、頑張ります」
キゴウはあの日以来巣造像にログインしていないが、どうやら何の調整もせず準決勝に臨むようだ。
巣造像の準決勝と決勝は、監視命令が出ていた。
テストの時と同様に例の検査場にキゴウを搬入し精神分析を行いながらキゴウのプレイを監視することとなった。署内にいると木村に絡まれそうだったのでその方が杉浦としても都合がよかった。
そして当日。朝、隔離病室にキゴウを迎えに行くと、不安定な時の彼がいた。彼は見開いた目で呆然と固まっている。視線の先にはただの壁以外何もなかった。杉浦達がかける言葉も全く聞こえぬようだった。
「この状態でゲームにいれて大丈夫でしょうか?」と堺医師に聞いてみた。
「波形自体は安定しています。後は本人が望んでいる以上しょうがありません。それ以前に彼がちゃんとログイン出来るか分かりませんが」と堺は匙を投げた。
検査場に着き、瀬尾と話している間に、隣の部屋でキゴウは既にカプセルに入っていた。どうやらログインしたらしい。
杉浦は健康状態を考慮してVR内にはログインせず、この部屋でチェックをすればいいことになっていた。他の監視員20名ほどが、ログインしてゲームを監視する。キゴウ以外のプレイヤーも念のためチェックするらしい。瀬尾もログインして、キゴウの監視に回るという。
準決勝、開始30分前になっていた。既に大会の視聴者数は3千万を超えている。それは杉浦が今までに見たことのない異常な数値だった。
チャットで世界の人間が盛んに言葉を飛ばしていた。
VR上に作られた観戦会場では、何もない球体空間を、上下左右360度取り囲むように天井から地面まで座席が敷かれていた。重力は外側に広がっているので、天井の席にいる者達も普通に座っている。座席から落ちてくることはない。
観戦上に人々が次々とログインして、席が埋まりはじめ、盛り上がりを見せていた。こういったふうに人々が個人ではなく、わざわざ不特定多数の人々と集まり観戦するというのが非常に珍しい。30~40年以上前にあった、多様性の薄い社会で起こっていた現象が今起きている。
「凄いな」と監視員の一人が思わず呟くのが聞こえた。観戦会場には今、40万2346人が入ったようだ。人々の話声が溢れている。そこにNPCは混じっていないという。純粋な人間がこれほど集まり、コミュニケーションを取っている。確かに、杉浦にも、どこか信じられない光景だった。
「欧州の方はまだシステム化して浅いので、祭り好きの人間が大分残っているようですね。会場にいる人間の80%は欧州です。これほどの集合的関心による精神効果は社会の性質を変える力があります。巣造像はもともと10億のユーザーを抱えるゲームですが、多くが個々にストーリーモードやワールドクリエイトをして遊ぶだけで、他プレイヤーとバトルをする人間は全体の20%ほどでした。しかし、今日の様子を見ていると、普段バトルをしない層も来ているようです。それどころか巣造像自体のユーザーもまた急激に伸びています。驚くべきことに普段はエリア2以上にいる人間もかなり紛れ込んでいます。先の1試合が、社会現象を引き起こしたと言ってもいいでしょう。あの試合の波及効果は現在700億に達したようです。といっても、そのほとんどはキゴウさんとゴーストの力によるものでしょうね」と杉浦の隣で様子を確認していた瀬尾が、丁寧に解説してくれた。
前回の、あの凄惨な試合の結果、プレイヤーが死亡したことは注意勧告としてシステムから拡散された。ニュースとしても広がった。それが大きかったのだろう。どこかから聞きつけた自然主義者たちは激怒し、ゲームを配信停止にするよう連日エリア2でデモを行っている。エリア3ではそれを口実にした破壊や暴力行為も多く起きた。もっともエリア3では、非社会性行動など、それほど珍しくはないが。
巣造像は一般人にはリプレイ機能が無く、試合の映像は秘密保持として守られているために、あの時に試合を見ていた人間しかその内容を知らない。そのせいか、内容に尾ひれがついて噂が広まり、その神秘性が社会の関心を呼んだところもある。
数百人の自滅効果を飲み込んで上塗りし人を殺したキゴウと、そのイメージを一瞬で収め死人を弔ったゴーストというプレイヤー。
ゴーストはキゴウと違い以前から有名で、彼は巣造像が始まってから一度も負けたことがないという。異常なプレイヤーポイントを稼いでいて、世界ランク2位とも十倍以上の差をつけている。この大会は彼が圧勝すると当初から言われていた。そのプレイ内容は、半ば嘘のような情報が独り歩きしている。
杉浦が何となくチャットを眺めると、やはりそのことが話題になっていた。
「ゴーストは他のプライヤーの人格を書き換えてしまう。自分と一緒にログインして彼の攻撃を受けた友人は、次の日から少し様子がおかしくなって気づいたら性格も記憶も別人になっていた」
「そんなことがあれば、SEが検査するでしょう」
「SEの検査もあった。SEと話をした」
「SEがその程度のことで直接動くわけがない。警察が動くよ」
「というかそんな事象をシステムが見逃すわけないから、その場でゲームに規制が入るでしょう」
「ゴーストは想像することも出来ないイメージを見せ、それは人の脳で整理することが出来ない情報であるから、記憶することも出来ない。それを見た人間は至福か絶望の状態で実体でも死ぬらしい」
「受けた人間が死ぬなら誰がその情報を流したんだい?」
「その人間のゴースト(幽霊)だよ」
「いいね」
「ゴーストはゴーストで、そちらの世界に精神を引きずっているんだよ」
「知らないの?ゴーストはGCだよ」
「ゴーストはただゲームに設定されたAI。人間が勝てるわけがない、がsymbolは別だ。俺は彼を見に来た。symbolはシステムを壊す可能性がある。彼はバグだ」
「symbolは今日負けるから、多分ゴーストと戦う事すらないよ」
「ゴーストはより高階層の意識界の存在だよ。情報界の人間が勝てるわけがない」
「symbolは悪魔だよ。ゴーストは悪魔に勝てない」
「symbolは今日負けるでしょ。この間もたまたま相手が自滅しただけ。100回に1回くらいあたる奇跡をひいただけだよ」
「奇跡が起きて当然だ。symbolには神が付いているのさ。彼は敬虔なアーミールだ。システムというもの破壊するためだけにプレイしているんだよ」
色々なチャットを覗くが、どこでもキゴウとゴーストの二人の話が溢れ、人々は荒唐無稽なオタ話と冗談で戯れている。観戦会場でも会話の隙間に二人の名前ばかりが聞こえてくる。試合時間が近付くにつれ視聴者数もさらに膨れ上がった。
観客席に囲まれた、まだ何もない無の空間が青色に光った。そして、パズルのピースのようなものが一つ一つ浮かび上がり、組み合わさってステージを生成していく。
歓声が起き、ピースが街を形成していく。箱が積み重ねられ高く天まで伸び、光が乱反射して、それが幾つも立ち並び複雑に連結する。それは、実体世界の箱街のコピーだった。
それまで大して気づいてもいなかったが、裏で会場を包んでいたBGMが無くなると、人々もそれに合わせて静まり返った。
箱街の中央に、プレイヤーが一人一人と浮かび上がってきた。それが出るたびに、会場から歓声が上がった。
そして、あの少年が浮かび上がった。その瞬間は異常だった。もはや爆発音と言っていいくらいの異常な歓声が破裂した。そして、それが暫く収まらない。地響きのように会場は揺れている。
「おかしいのが多いな」監視員の一人が呟いているのが、ざわつきの中で聞こえる。
上下左右、地面から天井まで360度囲まれた膨大な衆目の中に、あの少年が立っている。アバターを全く弄っておらず、彼そのままの姿で。
いつの間にか、キゴウはVRの世界では異常なシンボル、アイコンになっていた。あの閉ざされた病室にいる少年が、少なくとも今この時は社会の関心の中心にいる。それを実感すると不思議な感覚がした。
しかし、キゴウはいつものように無感情に立っていた。焦点は飛んでいるように見えた。観客も、周りに立つプレイヤーすらも視界に入らぬようだった。朝病室で見た時と変わらない。調子の悪い時の彼だ。一体何を見て何を感じているのか。こんな状態で戦えるのか。
選手たちを光が包み、それぞれ街の外れに飛んでいった。もうすぐ試合が始まる。
それまで、モニターを見ていた瀬尾が、隣の部屋に移ってゲームにログインした。
「準決勝から、決勝に残れるのは勝ち残った一人だけ。そのため実力の劣るプレイヤーは連携を組んで上位者をまず仕留めにいくだろう。前回の試合を見ていれば、いの一番にsymbolは狙われるはずだ。それでも彼はアバターを全く変えずにその姿を全プレイヤーに晒している。異常な行為だ。明らかな挑発だ」
そんな情報が前回の試合を見ていた者から伝えられ、徐々に伝搬されていく。各所をモニターで確認しながら、全体の現象を俯瞰で確認している杉浦には、それが異様な熱気を生みだして、会場に広がり高まっていく様がまじまじと見られた。
試合開始と同時にキゴウが全員から狙われる。誰もがそれを期待していた。そして、実際にそうなるだろうという確信が杉浦にはあった。この空間には、ある種の約束みたいのものが、もう結ばれてしまっている。キゴウがあの姿で出てきた時にすべて決まってしまった。プレイヤー達も会場も、それ以外は起こす意味も無く、起こりえないという空気。全体が同じレールに乗って走り出す瞬間、それを感じた。
キゴウはまた相手の想像を全て受けて、自らの自滅効果でカウンターを狙うのだろうか。戦略なのか、ただの自傷行為なのかは分からないが、それがいつも彼のプレイスタイルだ。
ただ、ここまで残ったプレイヤーであれば、それに対する対策も研究してきているはずだ。毒のように分かりやすく自滅効果が生まれやすい攻撃はしないだろう。単純な物理攻撃、それで多人数から責められた時、彼はどうするのか。
キゴウは何も出来ず蹂躙される。そう予測しているものもかなりいる。杉浦も単純な思考の上では同じ予測を持った。しかし、その思考とは逆の所で、妙な不安も感じていた。
サイレンが響いた。試合が始まりプレイヤーが位置取りを始める。予想通り、キゴウの間合いにプレイヤー達が寄って来る。キゴウに逃げ場はなく囲まれる。
すぐにイメージクリエイトが解放される。プレイヤー達が一瞬で動き出す。
そして、一瞬で終わった。
イメージクリエイトが解放された瞬間、街のコピーは姿を歪めて、おかしくなった。形状も、そこに響く音も、おかしくなった。そうとしか表現しようがない。
プレイヤー達もステージと同じように、一瞬で形を失って、他の空間と変わらぬものになってログアウトした。
キゴウだけがそこにいた。彼は何も変わらずに呆然としていた。そもそも、何かをしている気があるのだろうか。
名付けられない情景の中、彼は一体何を見ているのだろうか。
試合終了が告げられ、キゴウはそのまま透明になってフェードアウトした。ステージも消えて、また何もない空間がぽっかりと会場の真ん中に空いた。
会場は静けさに包まれていた。状況を整理できていないようだった。しかし、すこし経つと騒然としだした。精神負荷からログアウトした者達もいるようだった。
誰もが同じものを見ていたが、誰もが説明したがったし、それを聞きたがっていた。ただ、すぐには表現できない様子だった。言葉で表すにも、記憶するにも、複雑すぎる現象だった。皆、悪い夢から覚めたばかりのように、夢の余韻を引きづって思考が定まらず少し呆然としていた。それは監視室も同じだった。
瀬尾が隣の部屋から戻ってきた。瀬尾以外のステージ内にいた監視者達はまだ眠っている。ストレスの治療中だろうか。
「分析をしましょう」
瀬尾はそう呟いた。試合終了後、モニター室で初めて響いた声だった。
しばらくしてから、プレイヤー達と、視聴していた人間の被害がまとめられた。どれも適正な制限で視聴していなかった人達だったが、一時的なストレス障害で重傷者はまだいないようだった。
「すぐに終わりましたからね」と瀬尾は軽く言った。
もう何も起こらないにもかかわらず、薄暗い会場に観客達は暫く残っていた。眠気が覚めていくように、次第に先ほどの現象は整理され、意味付けが活発になっていく、そうして味気ない物に変えられていく。時間が経つうちに、なんとなく表現しやすい言葉が、共有され、そして、その現象の名前になっていくのが見えた。
「バグ」
それは現代では起こらない、過去の現象と言われていた。
本来の意味とは少し違うかもしれないが、その異常さと言感が何となく人々にはまったのだろう。さらに、もう少し時間が経つと、いつの間にか、それはキゴウ自体を指し示す言葉にもなっていった。
検査室では、リプレイが流され、専門家たちがそれを見ながら、世間話程度の議論を始めていた。
強迫観念の情景。イメージクリエイトしがたい抽象的なもの。重度の倒錯境界症の脳内イメージ。キゴウが研究したバグのイメージ。映像を見ながら、彼らはとりあえず思いつくことを話しているようだが、チャット欄に溢れている無意味なオタ話とそれはほとんど変わりなかった。そもそも何か意味を成すようなことなのか。
映像はそれぞれ持ち帰り検証することになる。そして、分析結果を出し、システムの判断を見る。杉浦は早くシステムの分析が見たかったが、それは人間側の書類が出そろった後でないと見れない。
キゴウを病院に戻した際に、医者の堺が語り掛けてきた。
「イメージクリエイトで、脳と精神の分析は、一つ未知の領域に進みそうですね」




