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 列車の中で、サソリの炎を眺めていた。遠くなるほど、それは静かに、消えていった。線香花火が夜に溶けるように。

 ふと前を向くと、少年が座っていた。

「キゴウ、君」杉浦は呟いた。「もうVRに入って大丈夫なの?」

 キゴウはいつものように返事をしなかった。ただいつもと違って薄い笑いも浮かべなかった。無表情だった。

「大丈夫?」と聞いてみたが、彼はやはり答えなかった。

 諦めて、沈黙の中、そのまま座っていた。キゴウは窓の外の宇宙に色の無い顔を向けていた。

 やがて美しい賛美歌の中で列車は止まり、南十字星のもとに人々は下車していった。

 車内には、キゴウと杉浦がぼんやり取り残された。

 ふとキゴウが窓から目を離した。焦点の無い顔が杉浦のほうを向いた。その口がどこかスローモーションのように動いた 

「どうして皆美しい所で降りていくのに、カンパネルラは石炭袋の中に落ちたの?」



 目が覚めて、青い殻が開いた。朝の人口の陽ざしが窓から入り込んでいた。杉浦はすぐに自分のVRのリプレイを確認した。

 銀河鉄道の夜。杉浦は道を歩く途中に睡眠に入ってログアウトしている。列車の中の事は夢だった。しかし、偶然が何かの知らせになることはよくある。

 出勤すると相川からキゴウの精神状態が安定期に入り面会許可が出たことを伝えられた。二人はVRシュミレート検査について打ち合わせをして、昼休憩の後、病院に向かった。

 

 エレベーターから下りる。広く清潔な白い空間。看護師達がいる。患者と思われる人たちも数人窓際に座ってぼんやり外を眺めている。AIはこのフロアにはいないようだ。自然主義思想の人間にも配慮して受付には置かないのだろう。

 中に入って病院のエレベータに乗り継いだ。12階で下りて、すぐ正面にあるナースセンターの看護師に声をかけた。

「こんにちは。警察の杉浦です」

「あぁどうも」看護師はスクリーンに目を落とす。「では、こちらを進んでもらって3番の面会室にお入りください。もう先にお一方来られてますよ」

「え」杉浦は少し顔を曇らせた。「あぁそうですか」

 病院の廊下は静かだった。杉浦と相川の足音がやけに響いていた。閉ざされた壁の向こうでは中身の見えないカプセルが無数に並んでいる。杉浦は幼い時にそれを見たことがある。

「誰か来ているようですね」扉の前に着くと相川が言った。

「あぁ」杉浦はノックして扉を開けた。

 多肉植物のコブのような、歪なスキンヘッドの後ろ姿が見えた。その奥でキゴウがベッドに座っている。

「失礼します」

 木村が振り返って「よう」と手を上げた。

「木村さん、ちょっと」と杉浦は木村を外に促した。

「何だよ」

「ちょっと来てください」

「何だよ」

「いいから」

 木村は面倒そうにこちらに来た。相川を残し木村と部屋の外に出て扉を閉めた。

「木村さん、何故いるのです」

「何故って、お見舞いだよ」

「ふざけないでください」

「ふざけてないよ」ととぼけた顔で言う。

「この間平松さんから言われたばかりでしょう。免職になりますよ」

「知らねぇよ。そんなこと」

「知らねぇって、木村さん。状況を考えてください。もう冗談で済まされないですよ」

「冗談のつもりはないよ」木村の目は鋭くなる。

 杉浦は小声になる。「木村さん、迂闊なことはしないでください。この件は私に任せて。免職されればエリア3の仕事も出来なくなるんですよ。木村さん、あなたがいなくなって、あそこの仕事はどうするんですか」

「知ったような口きくな。お前はあそこに数か月いただけだろう」

「とにかくここにいては駄目です。帰ってください」

「あぁもう帰るよ」そう言って、木村は案外簡単に引き下がった。

「木村さん、彼と何を話しました?」

「別に」

「木村さん」

「何も話してねぇよ」吐き捨てるように言うと木村はするどく杉浦を睨みつけた。「おい杉浦、お前ただの犬か?」

 杉浦は「えぇ」短く答えた。木村は暫く睨みつけた後、背を向けて帰っていった。


 キゴウのいる部屋に戻った。相川はキゴウの向かいのソファに腰かけていた。「やぁ、悪いね」とキゴウに声をかけながら杉浦はその隣に腰かけた。

「大丈夫かい?」

 キゴウは頷く。その顔は、夢で見た時のように表情が無かった。

 杉浦は、催眠を伴う精神検査や、VRシュミレート検査について説明した。キゴウは何も問い返さず、全てに無表情のまま了解した。

 雰囲気が大分変った。彼の何かを取り繕っていた部分がはがれた。その結果、どうでもいいというところだけ現れているのかも知れない。

 

 病室を出て、杉浦は担当医である堺の所へ向かった。本当に彼の精神は安定したのか、まだショック状態にあるのではないか、再度確認したがシステムも医者も正常だと言った。彼の態度の変化は、彼の気持ちの変化であり、精神が不安定ということではないということだった。それを聞いて杉浦は、検査を3日後の13時から行うように設定した。


 VRシュミレート検査当日。杉浦と相川は地下洞から病院に向かった。検査にも立ち会う堺と合流し、キゴウの病室へと案内された。

 広い空間にカプセルが整然と並んでいる。その中身は見えぬようになっている。

 部屋の中央辺りに瀬尾が立っていた。彼の正面にあるのがキゴウのカプセルだった。そのカプセルだけ中身が確認できるようになっていた。キゴウは既に催眠状態にあってカプセルで眠っている。医者の立ち合いのもと状態検査をして、終了し、カプセルとエレベーターに潜って会場に向かった。

 この間の会議室か、同じ構造をしている別の場所か、どちらか分からないがともかく会場に着いた。署にあるモニター室をはるかに拡大したような部屋だ。

 キゴウのカプセルは隣の部屋に配置され、マジックミラー越しに様子が伺える。

 機材を確認している技術者のような人達と、白衣の医者と思われる人達と、スーツ姿の人間達と、ホログラムにぼかしの入った影が2名いる。

 暫く確認作業が続いたあと、杉浦に声がかかった。

「では、そろそろ一時になります。杉浦さん、用意してください」

 杉浦は隣の部屋に移った。

 キゴウはカプセルで寝ている。彼の脳は記憶と想像の分野が刺激され、VRにログインしながら、半分夢の中にいるような状態になっている。そして、彼のイメージはARとしてこちらに投影されるという。

 杉浦もカプセルに入って、彼と同じ空間にログインした。

 世界が開くと暗闇にキゴウと杉浦は向き合って立っていた。

「杉浦さん、始めてください」と脳に監視員の声が響く。

 杉浦はキゴウに語り掛けた。「ここは、君たちが暮らしていた家だよ」

「思い出してごらん。君たちが暮らしていた家だ」

 キゴウは表情を作らず、呆然と聞いている。

 闇から少しずつ風景が浮き出してくる。ぼんやりと白い煙のようなものがゆっくりと形を成していき、部屋に変わっていく。テスト前に確認していたキゴウの部屋になった。あらかじめ埋め込まれている部屋のデータがキゴウのイメージに合わせて生成され、現実と同じ空間に再現されていく。

「再現完了、再現率98.6%。順調です」頭の中で声がする。

「ここで、君は暮らしていたね。でも、君だけではなかった」

 無表情のキゴウ。しばらくすると、トントントンと音が響く。いつの間にか台所に女が立って包丁で野菜を切っている。料理をする家庭だったのか。改めて不思議に思う。自然主義思想を引き継いだコピー。なんと矛盾した存在だろう。

 キゴウは、いつの間にか机に座っている。そして、何もせず窓の外を眺めている。

 机の上に料理が並べられていく。女も腰を下ろす。

 普通の会話、普通の食事、途切れ途切れに、サブリミナルのように一瞬その景色が浮かぶ。見たことのない、他の子供と変わらない自然体のキゴウが僅かな間よぎる。

「断片はコピーに残されていた記録と一致しています。記憶再現精度は99% 良好です。事件の再現に入って構いません」

 杉浦はそれを聞くと、キゴウの正面にいつの間にか配置されていた。

「その生活は変化した。今は君一人で暮らしている。何故だろう。君は今から、その変化の原因となった時に帰る。その時と全く同じ状況に。そして、全く同じ経験をする」

 机に並んだ食事が徐々に消えていく。机にはコピーの母親が座っていて、キゴウは扉の前に立っている。

「ただいま」とキゴウが言うと、コピーがお帰りと返す。

 キゴウはカバンを抱えたまま、台所に行くと、包丁を持って、そのまま流れるように、背後からコピーの背中を刺した。悲鳴が聞こえ、コピーは床に倒れた。キゴウはそのまま奥の部屋に行き、家の明かりを消して、カプセルの中に入っていった。

 その動作は、あまりにも無感情で、あまりにもごく自然な振る舞いで、味気なく何の感慨もなかった。

 そのまま、しばらく何もない時間が流れた。システムと監視者達は常にキゴウの精神状態と思考を分析している。彼らは今もそれを確認しているのだろう。

 すると、キゴウがまた杉浦の前に立っていた。服に血が付いている。

「今のは真実かい?」

 キゴウは暫くしたあと、ゆっくりと頷いた。

 監視者の声が聞こえる。

「コピーに残っていた記録とほぼズレはありません。何らかの虚偽を出そうという波形もありません。かなり忠実に記憶と、その時の精神状態が再現されているようです」

 杉浦はそれを確認した後で、キゴウに聞く。

「何故?刺したの?」

 空間がぼやけて切り替わる。暗闇の道、流れるコンクリートの壁の中に広告が何枚か浮いていた。(面倒な役割を引き継ぐ。あなたのコピー)それは人間の代替物、コピーの広告だった。

「広告でコピーのことを知った。もしかしたら、そうかもしれないと思って刺した」広告を眺める杉浦の背後でキゴウが言った。

「試したのか。もし、本物の母親だったらどうしたの?」

「どうもしない」

「何故、母親に対してそんなことを」

「何故。何故母親だから、理由がいるのか。気になった。それだけ」

「母親を嫌っていた?あるいは憎んでいた?」

「何もない。大したことは何も思っていない」

「それは本物に対して。それともコピーに対して?」

「どちらも変わらない」

 キゴウはそう言い切った。

「相川さん、OKです。言葉に虚偽をはありません。一度テストを終了します。時間をおいて、次に巣造像大会時の検査をします」

 監視員はあっけなくテストの終了を告げた。

 キゴウと杉浦の空間は闇になり、キゴウは消える。

 これまで、頑なに彼が隠していた事がいとも簡単に明らかになった。この結果、おそらくキゴウは典型的な反社会性パーソナリティ障害と診断され思想矯正をされることになるだろう。しかし、杉浦は何か強い違和感を感じていた。彼が真実を話しているとは、どうしても思えなかった。

「すみません、抽象度を上げて、もう一度出来ますか」杉浦は監視室に聞いた。

「何故です?」

「何か違和感を感じます」

「何のですか?具体的に話せますか?」

「すみません、上手く説明できないですが」

「何故、抽象度を上げる必要が」

「補完を切った状態で、より彼の深層心理が反映される記憶がみたいです」

「抽象度を上げて検査することは、あらゆるリスクを伴います。キゴウさんにも、杉浦さんにも、それが及ぶ可能性があります。明確な理由がないと出来ません。というシステムの判断です」

「分かりました」

 その判断はもっともだった。不明確な動機で提案したことは杉浦にも分かっているだけに、それ以上返す言葉も無かった。

「いえ、ちょっと待ってください」と瀬尾の声が聞こえる。

「直接干渉している杉浦さんが感じている違和感です。杉浦さんの分析能力は非常に高いですが、その彼が説明できない。それは言語化しづらい何か特別な情報を感知しているからかもしれません。システムは言語です。五感を言語に変換し、分析し、判断します。仮に言語化できない情報が絡んでいるとすればシステムは判断を誤る可能性があります。ここは杉浦さんの提案を試してみましょう」

「分かりました。では、高抽象度で再度テストします」

 システムの判断をその場で覆した。瀬尾は何者なのだろう。杉浦が思っていたよりもよほど中枢の人間なのかも知れない。しかし、その人間が何故直接、警察署まで出向いたのか。システムの根幹にかかわる人間であれば、セキュリティエリアからめったなことでは出ないはずだ。彼らは自然主義者達から常に狙われている。

「イメージの補完率を下げます。抽象度を上げます」

 キゴウがまた杉浦の前に現れた。

「ここは、君たちが暮らしていた家だ」杉浦が話す。キゴウの焦点の合ってない目が少しだけ振動している。

 何か音が聞こえ始める。

 何かが接近してくる。


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