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あくる日、杉浦と木村は平松刑事部長に呼び出された。
部屋に入ると「あぁ悪いな」と平松が振り返った。彼は多肉植物の土を変えている最中だった。
「例の事故の件でな、ちょっと話がある。まぁ、かけてくれ」
杉浦と木村は言われた通りソファに腰かけた。
平松は軽く手をはたくと部屋の奥へ向かった。壁が開き、そこに入ると、5秒ほどして、清潔になって出てきた。スーツも新しくなって髪型も整っている。
「悪いな」と平松は何か気まずそうに話した。
そこに、インターホンが鳴った。「どうぞ」と平松が言った。
杉浦は相川が来たのかと思ったが入ってきた男は見知らぬ男で、小さい声で「失礼します」と頭を下げると、木村と杉浦に会釈して、平松の隣に座った。
「公安の瀬尾さんです」と平松が紹介した。杉浦と木村が名乗って挨拶を交わす。瀬尾は伏し目がちに小さな声で挨拶を返した。
平松が切り出す。「あぁ、えーとこの前の立ち入り検査だけど。木村、お前も行ったのだって?」
「えぇ、相川は?呼ばなくていいのですか?」木村が周りを見回しながら言う。。
「あぁ、いいよアイツは」
「はぁ」
「それで」と部長は仕切りなおす。
「立ち入り検査に行ったんだってな」
「えぇ」それで?と言った顔を木村はしている。
「何で行ったの?」
「事件が起こった時に俺も杉浦達と一緒にゲームを見ていたので」
「何で一緒に見てたの?」
「何でって、この件については最初から立ち会ってる」
「でも、最初の委員会でこれ以上捜査はしないって決まったろ。精神調査はするけど、捜査はしないって」
「えぇ」
「お前がいたら捜査になっちゃうだろ。それ」
「別にならないでしょ」
「周りから見たらしてることになっちゃうんだよ。お前がいたら」
「そうですか」
「お前は、この件に関わったらダメだって。分かる?」
「俺が彼を最初に捕まえました。俺にも経過を知る権利くらいはあるでしょ」
「ないよ。それに捕まえたんじゃないでしょ。保護したの。権利だ何だ言わないで、お前はお前の仕事をしていればいいんだよ」
「そうしているつもりです」
「仕事でこの件に関わるな。専門外だよ。お前が立ち入り検査の時にGCに言った言葉の数々が問題になってるぞ。ゲームのこと以上にな。お前が関わるとそういうことになるんだよ。杉浦、お前も木村に情報を与えるなよ。規定違反だぞ」
杉浦は頭を下げる。
木村が少し口調を強めた「子供が親の姿をしたものを刺した。ゲームで人が死に、殺され、頭が狂いそうな奴がいる」
「それで何が言いたい。まだ何の犯罪にもなってないぞ」と平松が返す。
木村は平松を睨みつけた。「あんた体を若くすることにやっきになってるうちに脳みそも変わっちまったんじゃないか。本当に平松か?昔の平松の姿をした、ただのAIじゃないのか?」
「お前が時代について行けてないだけだよ木村。冷静になって周りを見てみろ。戦時中は人を殺すのが正義でも、時代が変われば殺人だ。よく言うが、そういうもんだろ。親の形をしたものでも人形であれば人形なんだ。そこに意味を持たせて自分勝手な解釈をするな。今の時代では特別な意味も無いんだ。俺達の時代の価値観で判断するな。自分の感情を投影するな」
「何が正義だ。人を殺すのが正義だった時代なんてない。それは麻痺だよ。ただの麻痺だよ。あんたは全てを時代のせいにしている。そんなものはない。時代の責任なんてものはない。責任を負うのは、いつでもそこにいる人間だ」
杉浦からは公安委員の口元が心なしか微笑んでいるように見えた。小馬鹿にして、笑いをこらえているようにも見える。確かに彼のような人から見れば、木村の前時代典型的な言動は滑稽だろう。
平松は急に馬鹿らしくなったようにため息をついて、椅子に寄りかかる。
「もういい。お前と口喧嘩しても意味がない。付き合えるほど俺も若くないんだ。次お前がこの件に関わったら俺はお前を免職するからな。言う事はそれだけだ。これ以上はもう何も聞かん」
「散々若作りしている癖に、都合いい時だけ年寄りの振りするな。老害が」
「いいから出てけ」平松も怒鳴った。
「糞野郎が」木村はさらにデカい声を吐いて出ていった。最後はまるで喜劇の喧嘩を見ているようだった。
平松部長も珍しく苛立ちを隠しきれないようで、不平と共に強く鼻から息を吐いた。
「何であいつはあんなに頑固かね。ケツを持つ身にもなってほしいよ。俺がどれだけあいつを庇ってきたか。あいつはそんなこと全然知りもしないだろうけどな」
杉浦はとりあえず神妙な面を作って聞くふりをした。
「とりあえず、お前も気を付けてくれよ。杉浦」と平松は無理に落ち着かせた低い声で言った。
「申し訳ありません」
「まぁ、あいつが無理にお前につっかっかってるせいだろうってのは分かってるんだけどな。お前も、しんどいだろうが」
「いえ」
「まぁ、お前じゃなかったら、もっと酷いことになってるだろうな」
平松は「どうも、すみません」と隣の瀬尾にも頭を下げる。瀬尾は薄い愛想笑いを浮かべて「いえ」と短く首を振った。
「あと、まだちょっと話があってな。杉浦、悪いが付いて来てくれ。じゃあ、瀬尾さん、行きましょうか」と立ち上がった。
部屋の奥の壁が開く。小さく狭い箱に3人は乗り込む。
瀬尾がスクリーンを操作する。近くにあるのに杉浦からはスクリーンがの中身が見えない。暗号化されていて許可された人間にしか見えない仕様のものだ。
狭い箱は扉を開けた。すると平松の部屋とは別の場所に移っていた。慣性を感じず、移動していたのか全く分からなかった。最新型のエレベーターだろうか。
そしてついた先は署内なのかどうかも分からない。杉浦が入ったことのない部屋だった。水槽のような枠の中に100人以上座れるのではないかという、大きい机が置かれている。そこに、3人だけでポツンと座った。杉浦と平松が隣同士で向かいに瀬尾が座る。
ボンボンと音がして空いている席にホログラムが6人ほど出てきた。この前の委員会にもいた人達で、その後、もう2人ほど水色のホログラムが周りに出た。その姿はぼんやりと見えないようになっている。表に顔を出せない人達なのだろう。システム管理庁か、それに関係する人達だろうか。
挨拶もなく瀬尾が話始めた。
「28、12、21 19:42 VRG巣造像の事故ですが、各所から出された報告書がまとめられました。
巣造像の現ユーザーは10億2642万4659人、アクティブ率は88%です。現在行われいるワールドカップの視聴率は25%、社会にもたらすPG精神効果は900億を超えており、この後も増加する見通しです。仮に視聴制限などの規制を強化すると、NG精神効果が600億以上発生する恐れがあり、その際、虚無症や反社会性衝動などが多発します。社会全体の精神需要からみるに巣造像への規制は35パーセントのマイナス効果であると算定されました。
リスクですが、GCには1.2、ゲームには20.54あります。しかし、仮に全てのリスクが発生しても、PG効果のほうが880 倍強いです。これらのことから、当初システムから出された方針を変更する必要は無いと考えられます。何か意見があれば発言してください」
杉浦と平松以外の人間達は見えないがスクリーンを触るような仕草をした。しかし、発言はなく辺りは沈黙している。
「現状は当初だされたシステムの判断で進めていくことになりました。早々に残された検査項目を終了し、安全性を確認する必要があります。しかし、この件と28.12.2のコピー刺壊で調査対象になっているキゴウの検査に付きまして、二つの件は関連しており、巣造像でプレイヤーの直接的な死因となった攻撃時の精神状況と共に検査されなくてはなりません。現在、対象は精神的に安定していませんが、このあと巣造像準決勝に参加すればさらに悪化する可能性が強いため調査するタイミングは、その前が望ましいです。現在は自己所有のAIに対する破壊ということを配慮して任意検査という形を取っていますが、対象の拒否感が強く検査が難攻していることありますので、システムによる検査を実施するべきかと思われます。再度、対象に許可をとり、取られなければ強制ということになります。自然主義団体やAI統一団体からの反発も考えられますが、巣造像の社会的影響力を鑑みると、より検査を優先するべきでしょう」
また、周りの人間はスクリーンを触る動作をした。
「今回の検査ですが、これまでの物に加えて、新たにVRシュミレート検査という方法が導入されます。これは巣造像でも使われているイメージクリエイトを応用したもので、VR空間に催眠状態の対象を配置し、現場の状況を再現するところから始め、記憶粋の部分の活性化と、イメージクリエイトの補完機能によって、必要となる記憶を再現してもらうというものです。対象の精神状況は本日、平常波形に戻りましたので、今週の対象が安定しているタイミングで検査を行いたいと考えております」
瀬尾は間を取って、周りに確認を促すが、特に返答はなく、スクリーンを触る仕草だけあった。
「では、本日はこれで終了いたします」
ホログラム達は消えて、また瀬尾と平松と杉浦の3人だけが空間に取り残された。
「VRシュミレートに関しましては、杉浦さんに担当してもらいます。具体的な方法はこれから私が説明致します。平松さんは、本日はもう大丈夫です」
「そうですか」と平松は立ち上がり、二人に挨拶して帰っていった。
それから杉浦は、瀬尾からVRシュミレート検査のレクチャーを受けた。といっても、その検査はほぼシステム任せで、杉浦がやることはあまり無さそうだった。
それが終わると二人はエレベーターに乗った。
杉浦は移動しているのかも分からない箱の中で、ただ突っ立っていた。少しすると瀬尾が口を開いた。
「杉浦さん、木村さんはどんな人ですか?」
「どんな人?どうですかね、真面目で厳しい人だとは思います」
「揉め事が多いようですね」
「そうですね。頑固ですから」
「自分の価値観を強要する傾向が強いとは思いませんか?」
「まぁ、そうですね」杉浦は苦笑した。
「疲れませんか?」
「いえ、そんなことは」
「これまで、あなたの仕事は安定しており正確でした。しかし、本件に入って少し乱れが出ていますね」と瀬尾が唐突に話題を替えた。
「えぇ、そうかもしれません」
「原因は何でしょうか」
「一概には言えませんが、事件やゲームの特殊性に上手く対応できていないのかもしれません」
「あなたは不慣れな案件でもこれまで正確さを失わなかった。精神分析やゲームの調査報告を出すと、ほとんどシステムと同じ内容を示していましたね。一字一句違わない時すらあった。それほど、あなたの客観性と観察、判断能力は優れている。あなたの所ではシステムと人間の軋轢はほとんど生じませんでした。あなたとシステムの判断が等しいことは、自然主義寄りの関係者を納得させる上でも有用でした」
「たまたまシステムと判断基準が近いのでしょう。人間の役割からすればシステムと等しいことが良いこととは限りませんが」
「今回あなたとシステムの判断は大きく離れましたね。あなたはそれをあまり感じさせないような書き方にはしていますが、ニュアンスの部分で、あなたとシステムは対極のこと書いているような気がします。そして、近頃あなたは精神的な乱れも出ている。この原因は何でしょう?あなたは巣造像に対して何か危機感を抱いていますか?」
これも何かの検査なのだろうか。立て続けに浴びせられる質問の意味を杉浦は頭のもう片方で分析していた。
「ゲームのリスクは報告書に書いたことが全てです。精神的な乱れの影響は正直な所よく分かりませんが、やはり事件の特殊性に上手く対応出来ていないのかも知れません」
「価値観が揺らいでいるということはありますか」
「どうでしょうか。自分には特に価値観というものもないと思いますが」
「そうですか」瀬尾は少し考えたあと「あなたの評価は非常に高いです。あなたの能力はある分野に置いてはシステムに接近するほど群を抜いていますから。しかし、そのあなたとシステムが別の判断を出すなら注意深く検証せざるえない。あぁ、これはあなたに問題があると言っている訳ではありません。その可能性もありますが。委員会はかなり慎重にこの案件を扱っています。もし仮に、システムを欺ける何か、がこの件に潜んでいるのなら、無論それは社会にとって最大級のリスクです」
「えぇ」
「杉浦さん、私が何者か分かりますね?」
「いえ」杉浦は短く答える。
「その返答で間違いないですが今後技巧は不要です。私と話す時は建前の役割を気になさらず真実のみを話してください。事態が収まるまであなたの言葉は常に真偽判定がされます。そして、活動も精神状況も監視を受けます。宜しいですか?」
「了解です」
「私は何者ですか?」
「システム管理庁の方かと」
「そうです。この情報は誰に対しても話してはいけません」
「了解です」
何故その漏らしてはいけない情報を口に出させて認識させたのか。それは証拠とするためだろう。どうも自分は何かに対する餌にされたらしい。杉浦はそう感じる。
エレベーターの扉が開いて、「私はここで」と瀬尾が下りた。そこは杉浦から見ると何もない暗闇にしか見えなかった。
瀬尾は振り返った。
「木村さんとは、いつから知り合いに」
「警察に入ってすぐですね。エリア3の担当になった時に」
「当時と今と、彼は違いますか?」
「いえ木村さんは変わりませんね。全然」
「そうですか」
少し考える素振りをした後に瀬尾は再度口を開いた。
「杉浦さん、木村さんには気を付けてください」
「え」
「彼は最近、頻繁に自然主義者達と接触しているようです」
「自然主義者と」
そのまま瀬尾は挨拶もせずに背を向けた。エレベーターの扉が閉じた。
杉浦は瀬尾の言葉を整理しながら思考にふけった。数十秒後、扉が開いた。平松の部屋に着いていた。
「おう、お帰り」
平松はまた多肉の世話に勤しんでいた。
「おい、見てくれよ。ここから新しいコブが出てきている」
平松が座りながら多肉の鉢を杉浦のほうに持ち上げる。杉浦は木村のことを振り払って、少し屈んでその多肉を見た。ボコボコと盛り上がり、コブが連なっている先端に一つやけに青々しい小さいコブが出来ていた。
「モンストローサって言うんだよ。突然変異だよ。モンスターみたいになるからモンストローサー」
「そうですか」
「なんか木村みたいだなぁこいつ。こいつは木村と名付けよう。じゃあ、杉浦はこいつかな」平松は、木村と呼んだ鉢を一度戻すと、隣のコブが細長く縦に伸びている奴を指さした。
「はぁ」という曖昧な杉浦の返事に平松は笑うと、また木村のゴツゴツとした多肉植物を持ち上げる。
「杉浦、気を付けろ。木村をこれ以上あの件に近づけるなよ。あいつは本当に何をしでかすか分からないぞ」
「えぇ」杉浦は先ほどの瀬尾の言葉を思い返していた。自然主義者。そんな集団と木村が接触しているとは。
「あぁ、あいつはゲームの事なんか何も知らないようにとぼけているけどな。根が深いんだよ。実は」
平松は木村と名付けた多肉の周りの土を退けて静かに掘っていく。その白い根が少し露出する。
「杉浦。あいつの娘は自死してるんだよ。境界倒錯症の診断をされてから。まだ、その頃はゲーム依存症と呼ばれていたけどな。生きていれば大体お前ぐらいの歳だよ」
「そうですか」
「その娘がハマっていたゲームが四像造だよ。まだ、規制される前のな」
平松は数秒動かずジッとその根を見ていた。杉浦もその間、止まっていた。
「哀れな男だよ。奥さんも早くに亡くして、昔は仲間もいたが、もういなくなった。あいつは後悔と社会への怒りで生きている。誰にも疎まれ、馬鹿にされながらね。あいつがこの件に関わっても何も良い事がないよ。あいつ自身にもな」
「分かりました」
「悪いな。お前は板挟みだとは思うが」
「いえ」
部屋を出る杉浦に平松が声をかけた。
「多肉一ついるか?」
「結構です」
杉浦が家に帰ると、妻も娘もカプセルの中にいて同じゲームをしていた。風呂に入った後、杉浦もその中にログインした。
水を薄く張った海が広がった。波紋は無く、水面は鏡のように空を対象に映している。鏡の海辺だった。妻と娘は空の中にいるように浮かんでいた。
「お帰りなさい」と杉浦を見つけると妻が微笑んだ。
「ただいま」
娘は遠くでトボトボと歩いている。こちらに気付いたようだが何も言わず、そのままぼんやり歩いていた。
「ご飯は食べた?」
「食べたよ」
「まだ忙しいみたいだね」
「そうだね。しばらくは」
「早く楽になるといいね」
「そうだな」とため息をつくように杉浦は言った。
娘は足をぱちゃぱちゃとやって波紋を作り始めた。地面の空が歪んで揺れる。
杉浦はノソノソと娘のほうに歩いて行った。
「麻未、帰ったよ」
麻未は杉浦を見たが、何も言わずにすぐ振り返ってまたパチャパチャとやった。
「どうした?」
杉浦がもう少し近寄くと、彼女はスタスタと離れていく。
杉浦は「どうしたのかな」と妻の方を振り返った。
「さぁ。イヤイヤ期かな」
「そうか」
しょうがなく、遠くから、トボトボ歩く娘の様子を見ていた。日が落ちてきて赤い夕陽が上下に世界を挟みだした。やがて、一つになって消えた。今度は星空になり宇宙の中にいるように星々が体を包んだ。
「もう寝るわ」と妻が言った。
「あぁ」
「麻未、寝るわよ」
娘はこちらを向くが返事をしない。
「それじゃあお休み」
「お休み」
妻が言うと二人は消えた。鏡の砂浜に杉浦はポツンと突っ立った。
「銀河鉄道の夜」そう言うと、世界が切り替わった。さみしい風が出て、頬を触る。地面の宇宙は消えて草原が広がる。星はそのまま出ている。遠くから木々のさざめきが聞こえ、銀河が空に流れている。
眠るまで、杉浦はまたトボトボとその草原を歩き出した。




