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2時間後、三人は地下駐車場に来ていた。GCの創作所を検査するために、別の課の人間も2人、ロボットも2対集まった。「宜しくお願いします」と杉浦は一人一人に挨拶をした。
木村の異様な風体と歪んだ目つきが捜査になると一層不気味さを増すからか、どの人間も木村と挨拶を交わすときは緊張感が増す。杉浦も、この男といると常に爆弾処理をしているような感覚になる。
パトカーに乗り込む。相川が運転席、木村が助手席に乗り込んでしまい、杉浦は後部座席に座る。
「GCの情報を確認しておきましょう」と相川が言うと、スクリーンが展開されGCの個人情報が表示された。
車が地下経路に潜っていき下り終えると、前進し滑り出す。
「箱街か」と行先の住所を見て木村が呟いた。
「箱街なのでエレベーターに乗り換えて、部屋まで直で行けます」
「分かった」
姿のホログラムが投影される。顔は見方によっては女性にも男性にも見える。中性的というよりは、何というか性別のない顔をしている。今の若者は生まれる前後で欠点のない社会嗜好にあった顔にさせるのでさして珍しくもないが、この顔には何故かそれとは違い惹きつけるものがある。しかし、よく見ても具体的に何が違うのかは分からない。
「なんだ、ここに書いてある ”名前 空”って」木村がホログラムの指さして聞く。
「それがその人の名前です」
「ナマエ カラって名前か」
「そうですね」
「本名か?」
「えぇ」
「最近の奴は無茶苦茶な名前が多いな。性別は?」
「非公開ですね」
「何で?」
「セクシャルの問題は本人が情報保護指定しているとB範囲の許可では参照できません」
「そうかい。というか、こいつが代表なのか。19歳、まだ子供じゃないか」
「代表というか、巣造像は個人製作です」
「あんな作品を独りで作ったのか?」
「えぇ、今は制作ツールも豊富ですからね。大体が個人製作ですよ」と相川が伝える。
「へぇ」
車がゆっくりと止まると、地面がせり上がり、エレベータに乗って上がっていく。
地下を抜けて踊り場の門前でエレベーターは止まった。後ろの車もすぐに到着し、さらに別の車がそこにやってきた。
その車から男が4名下りてきて、杉浦の前に来た。
「公安委員会のものです」
「宜しくお願いします」
全部で人間9名ロボット4名ほどの団体になる。
「随分と大がかりだな」木村は心なしか嬉しそうにしている。このように即座の対応がとれる。それは、システムの管理の賜物だ。木村はそれに気づいているのだろうか?
「今回はシステム外計算機を保持している可能性もあります。その捜査についてはかなり重大ですからね。仮にシステムに属さない人工知能を開発していたら一大事です」
「最近はあるのか、そういうこと」
「ここ30年はありません。今ほどのセキュリティで外部計算機を作るのは不可能に近いですよ」
「そうか。それゆえに重大なんだな」
「そうです。では、行きましょう」杉浦は全体に声をかけると、踊り場の門を開いた。先には通用口があって奥の壁に家の扉がついている。杉浦はその脇についているチャイムに触れた。すると鍵がいかにも軽々しく開く音がした。
「空いたぞ」と木村。
「入っていいってことですかね」
まず杉浦が先頭を切って中に入ろうとするが「念のためロボットから入れましょうか」と後ろの公安委員が言った。
「いえ、大丈夫でしょう」杉浦は断って中に進む。「失礼します。警察です」
部屋の中は何もない正方形の四角い箱だった。その中に声が虚しく反響した。壁が淡く青色に発光している。
「何だ何もないじゃないか」と木村が後に続いて入ってくる。
「いえ」杉浦が小さく首を振ると、部屋の奥に光が集まって、やがて人型のホログラムを投影した。
「名前空、さんですか?」
それは、眠そうに目を細めながら頷いた。
「先ほど行われた巣造像の大会で、プレイヤーの死亡事故が起こりました」
杉浦は事件の説明をして部屋や設備の検査をすることなどを伝えた。ホログラムは反応せずそれを聞いていたが、一通り終えると「別にいいよ。寝てるから、勝手にやって」と言った。
「空さんとも、お話ししたいことがあるのですが」
「ちょっと面倒だな。VRかARでいい?」
杉浦はチラリと木村の方を見て、木村の不満そうな表情を確認してから「出来れば、実体でお願いします」と言った。
「じゃあ奥に来て」
奥の壁がフェードアウトして通路が出来た。ホログラムはその先へ歩いて行く。
杉浦が捜査員に「じゃあ、始めてください」と言うと、捜査員たちは各々の機材で検査し始めた。部屋の至る所で壁が開いていく。
杉浦と木村と相川はホログラムについて行った。ホログラムが進むと壁が避けるように退いていき、通路になる。やがて開けた所にでた。真四角の白い部屋で、中央にカプセルがある。ホログラムはその上に腰かけた。カプセルの中で人が眠っている。ホログラムは次第にぼんやりとして消えた。
椅子がカプセルの横に3つ浮きあがってきた。杉浦と相川はそれに腰かけた。木村は座らずに突っ立って様子を見ている。カプセルの中ではホログラムと同じ顔の人間が眠っていた。
「すみません、お忙しい所」と杉浦が言う。
GCは眠ったまま、ほんの少しだけ口を開いた。「うん」とスピーカーによって拡張された声が部屋に響いた。それは、まるで棺桶の死体が話し出したようにも見えた。
「空さん、先ほどもお話ししましたが、今日の巣造像の大会でプレイヤーの死亡者がでました。その件についてお話を伺いたいのです」
「あぁ」
「こちらでモニターをとっても宜しいでしょうか。精神波形や、真嘘分析をシステムによりさせてもらいますが」杉浦が言うと相川がポケットからビー玉を取り出し、カプセルの前にかざす。
「どうぞ」とGCは目を閉じたまま確認もしなかった。相川はB玉を宙に浮かせた。
「では、これに3秒間焦点を合わせてください」と相川がB玉を指さす。
GCの目が静かに開いてB玉を見つめた。不思議な目をしている。動くはずのないものが、動いているような、杉浦は何故かそんな驚きのようなものを感じる。
その目は一瞬、杉浦達三人を見渡すと、微笑み、すぐにまた閉じた。
「認証OKです」と相川が言って、そのまま手元のスクリーンの撮影開始ボタンをタッチした。スクリーンにはB玉から見える部屋の360度の全体像が映し出る。
「では、始めさせてください」杉浦がモニターに視線を落として、質問を始めた。
「まず、念のためお聞きしますが、システム外計算機やサーバーを扱っていますか?」
「ない」
「何か法に触れることをしていますか?」
「していない、多分」
「薬物はやりますか」
「やらない」
「インセプションなどの記憶治療を受けたことは?」
「記憶にない」
「今日は、大会をご覧になってましたか」
「見てたよ」
「どなたが亡くなったか分かります?」
「あの毒の人かな」
「そうです、原因は何でしょう?」
「さぁ?」
「被害者は、直前の会話でこう話しています。ログアウト出来ない。助けてくれと」
「へぇ」
「プレイヤーがログアウトを望む時にログアウト機能が作用しないことはあり得ますか」
「あるかもね」
「それはどのくらいの確率で」
「さぁ、全然分からない。一応今AIが出しているものだと全く無いということになってるけど」
「では、何故あると?」
「全然分からないから」
「AIの判断が信用出来ませんか?」
「分からないという事すら分からないから、分かりようがない」
木村がモゾっと動いて、腕を組みなおす。真面目に答えているのか、ふざけているのか、GCの受け答えに対して苛立ったのだろう。
「バグが起こっていた可能性があると」
「バグか」そういうとGCの口元は緩んだ。「あるかもね」
「死傷者が出たことに対して、どう感じます」
「どう感じる?どう感じただろう、分からないな。脳波計を見てみないと」
「何故ログアウト出来なかったと思いますか?」
「さぁ、分からないけど。色々可能性はある。言葉でログアウトしたいと言っただけで、内心望んでいなかったかも知れないし、ログアウト出来ないと何故だか勝手に思い込んで試みなかったのかもしれない。さっき言ってたバグかもしれないし。あるいは、システムの陰謀で囚われたのかもしれないし。呪いの性かもしれないし、そもそもそんな事実は無かったのかもしれない」眠気が覚めてきたのかGCの口調は少し軽くなってきた。
「ゲーム作成のさいに、このリスクは想定されていましたか」
「想像はしたよ」
「その危険性があると認識した上で作っていました?」
「あぁ」
「リスクがあっても、自分の創作物は世に出していいと思いますか?自分の創作物が原因で人に被害があっても良しとしますか」
「良いと思うよ」
「何故?」
「何故?何故って何故?」
「責任を感じますか」
「そういうの私には分からないから、勝手に診断して」
「システムを欺く技術を持っていますか」
「それを持ってたら、これは無駄だよ」とGCの口元が笑う。
「一応、答えてください」
「じゃあ、持ってない」
「イメージクリエイトはどうやって作られたのですか」
「私は説明が下手なので、システムに聞いてください」
「イメージクリエイトはリスクコントロール出来ていますか?」
「さぁ、知らない。でも、システムが出来ていると言ったら出来ているのでしょう」
「あなたの中では、どうです」
「知らない」
その調子でシステムからの質問事項は一通り終わらせたが、杉浦には別に聞きたいことがあった。
「私自身も、巣造像を何度かプレイさせてもらっているのですが、一度バトルステージの外れに迷い込んだ時にあるNPCと出会いました。それが言った言葉なのですが、各世界にはステージとは別にストーリーがある。ストーリーは複雑に入り組んでいて、私はそのストーリーの入り口に踏み込みかけてしまっていたと。これはどういうことなのでしょう?」
「NPCがしゃべる事まで、いちいち分からない。ただ、ステージの外れって言うのはデータの外れだからね。生成中で安定しない場合がある。そういう時は、バトルに適さないからNPCは来た者を追い返すように振舞うだろうね。よりリスクが高い場合はそもそも入れなくなるだろうけど」
「そのNPCは私の名前を呼びました」
「ゲームがシステムの情報を参照するのは許可されている。私がそれを見ることは出来ないけど。それって今時珍しいこと?」
「いえ。ただ、私はそのステージの外れで、バトルとは関係のない体験をしました。NPCか他プレイヤーか分かりませんが、私はその時、何かに追い詰められ逃げ回っていたのです。その先で、私は幼い日の私らしきイメージと出会ったのです。すなわち追い詰められた末、記憶から自身のイメージを見させられたわけです。ゲームは何の意図があってこれを?」
「ゲームが見せたんじゃなくて、それはあなたの想像だったんじゃない?」
「そうでしょうか。私がそんなイメージをするとは」
「深層心理のイメージは難しい。自分でもよく分からない夢を見て、後で何であんな物を見たのだろうって思うは事ない?
「ステージの外れは抽象度が高くて、強くイメージが反映されるところもあれけど、最も最果てになると、イメージクリエイトが機能しない所もある。ただ、VR内で強い集中力を持った状態、脳が活性化してゾーンに入っている時に、極端に情報量が少ない場所に入ると、私はそこをキャンパスと言うが、そこに入ったら、白昼夢のように一種夢を見ているような状態になってもおかしくはないよ。推測だけど、あなたはイメージクリエイトしていた訳ではなく、その瞬間、ただ夢を見ていたのだろうね。自分の頭の中で」
「なるほど。では、ゲームの方で生まれたものではないと」
「多分ね」
「分かりました。ありがとうございます」
杉浦がスクリーンを閉じて、カウンセリングを終えようとすると、そこに木村が割って入ってくる。
「すまんね。お姉さん、もう少しいいかな」
「女じゃないよ」
「あぁ悪い悪い。これは申し訳ない。兄さん綺麗な顔してるから」
「男でもないよ」
「じゃあ、どっちだい?」
「どっちでもないよ」
「じゃあ、あなたは、AIかい?」
「そうだよ」
木村が驚いた様子で慌てて杉浦を見る。杉浦は呆れたように首を振る。「人です」
木村は向き直って「嘘つかないでくれよ。今の時代、爺には区別がつかないんだから」と言う。
GCは割と無邪気に微笑んだ。
「生まれてくる前に、ゲノム編集で生殖機能を失くしたんだ」
「そうなのか。何故?」
「知らない」
「あんたも大変だったな」
「いや別に。嘘だよ」
木村は少し押し黙った後に、尋ねた。
「あなたはどうしてあのゲームを作ろうと思ったんだ」
「どうして?どうしてだろうね」
「そんなに難しいかな」
「うん。あなたは何故、警察をやってるの?」
「俺が若い時は給与がまだ良いほうだったんだよ。治安が悪かったからね。警察が重宝されてたんだ」
「へぇ、じゃあ金のため」
「それだけじゃないけど、それはデカいね。まぁ金のためと言うよりは生活のためだけどな。君は別にお金がほしくて作ってるわけじゃないだろう。今の時代金なんて意味ないからね」
「そうね」
「人から必要とされるからゲームを作ってるのか」
「いや、違うと思うよ」
「じゃあ、自分のためか」
「そうなのかな」
「作るのが楽しいか」
「楽しい時も、つまらない時も、あったね」
「最近は?」
「つまらないかな」
「これからも作るか」
「その気になったら」
「それ以外は何かするのかい」
「これだと、ほとんどそれくらいかな」
「これって?」
「私のこと」
「いつもそこに潜っているのか?」
「そうだね」
「外には出ないか?」
「ほとんど出ないかな」
「一人で暮らしてる」
「あぁ」
「家族は?」
「離れた」
「寂しくないか」
「どうだろう、分からない」
「寂しいと思うよ。君の家族も」
「そうなの?」
「何人家族だ?」
「3人」
「一人っ子か」
「うん」
「君の作ったもので人が亡くなった。情報が制限されてて詳しくは分からないけど。おそらくは年端の行かない子供だろう。そして、もう一人、精神に傷を負った。その子は君のゲームにのめり込み、現実とゲームの区別がつかなくなってきている」
「現実とゲームの区別って何?」
「ここと、ゲームの中ってことだよ」
「ここはゲームの中じゃないの?」
木村は首を振る。「冗談か?それとも本気でそう思っているのか」
「どっちだと思う」
「さぁ」
「それと一緒だと思うよ」
「何が?」
「ここがゲームかもしれないじゃない」
「違うよ」
「何故?分かるの」
「ここで生まれて、ここで生きてきたからさ」
「ゲームの中で生まれてゲームの中で生きているAIは沢山いるよ。それと気づかずにね。本当は知ってはいるけど、知っているという事に気付くことは無いんだ」
「でも俺たちは違う」
「何故?」
「何故って。何だろうな。俺たちは、AIと違って計算で動いているわけじゃない」
「じゃあ、何で動いているの」
「何でって、意志だよ」
「意志って何?」
「さぁな。最終的には言葉で説明できないよ。それは君にも分かるだろ?」
GCは大きく微笑んで楽しそうに語り出す。
「こんな実験をする。まず、三つの箱を作る。大体、この部屋くらいの広さかな。その三つは全く同じ環境にする。全て、気温も気圧も湿度も配置も。箱の二つは実体界に、もう一つはVR界に置く。そこに男女のペアを入れる。一つ目の箱にはオリジナルを、二つ目の箱にはその二人の完全コピーを、VRの箱にはその二人の完全データを。全く同じ環境になるように配置する。どうなると思う?」
「そんなことは出来ない」
「例えば男女は生殖行為をし子供を産む。VRの世界でも、二人のデータが生殖行為をした計算結果として妊娠し、子供が生まれる。3人は狭い箱の中で暮らし、やがて両親は死に、子供は孤独にその箱の中で過ごすだろう。そして、いつかその子も死ぬ。もし、その子が死ぬまでの間、三つの箱とも、同じ経路を辿って、同じ場所で、同じ姿勢で、同じ精神波形で、そして、それは二人の男女が箱に入れられた時からズレることがなく、続いたとしたら、それがどういうことか分かる?」
「そんなことは出来ない。人の完全なコピーなんて出来るわけがないだろう」
「出来るとしたら」
「出来ないことを仮定しても意味はないさ」
「意味が無いと否定されるの?じゃあ、肯定することには何か意味があるの?」
「どちらにしろ意味がないさ」
「この実験をした人はいるよ」
木村は真剣なまなざしになる。
「誰だ」
「ここにはいない」
「どこにいる」
「未来」そう言うとカラはクスりと笑った。
「あまり、ふざけないでくれ」
「ふざけてはいないさ。真実になることだよ。つまりそれは真実だよ。そして、もう少し実験を続けよう。3つの箱の内、一つだけ、時間を操れる箱がある。VRの計算速度をあげて、三つ目の箱の時間の流れを早くする。何倍かな。3000倍くらいにしようか。
その箱で、やはり子供が大人になり死ぬまでの経過を観測する。もし、それが他の二つの箱と全く変わりが無かったら、どういうことか分かる?3000倍速く、3つ目の箱は二つの箱の運命を辿る。それはどういうことだか分かる?」
「分からない」
「運命は決まっている。存在した時から。現在の完全情報から計算すれば、それは分かってしまう。そして、それが分かってしまうということは、どういうことだか分かる?」
「もういい。くだらない。そんな妄想に付き合っている暇はない」
「妄想じゃないよ。この実験をした人はいるよ」
木村の瞳が真剣になる。「ここはゲームの世界じゃない。出来ないことがある」
「もしゲームだったら」
「違うさ」
「答えから逃げないでよ。もしゲームだったら」
「いい加減にしてくれ」
「ねぇ、もしゲームだった場合どう?あなたからすれば皆死んでるってこと?」
木村は拳を強く握る。頬が硬直している。隠しきれない怒りが鋭い目に宿っている。
「俺たちの肉体や感情はコンピューターで作られたものじゃない。人の体から生まれてきたんだ。そうだろ。世界もそうだ。山も、川も、全て、コンピューターが作ったものじゃない」
「そうだって何故言い切れるの?」
「そうだからだ」木村が声を張り上げる。
GCは微笑む。「ほら、最終的には、あなたが信じたいことを信じているだけ」
木村は「もういい」と強く発した。「ただ一つ言えるのはお前が空想しているそのくだらない事は、どの道やってはいけないことだ」
「やっていいかどうかなんて聞いてないよ」
「やっていいかどうかが、一番の問題なんだよ」
「何で?可能性の話に、していいかどうかなんて関係ないじゃない」
「可能性の話は頭の中で勝手にいくらでもやればいい。ただ、それは自分の妄想に止めておくんだな」
「何故?」
「ルールが壊れて誰かが傷つくからだ」
「何をしていたって、何かは壊れて誰かは傷つくよ。それとも何も壊れず、誰も傷つかない世界が良いの?それなら、皆、催眠にかかって、VRの中で、幸福の感情物質だけを感じるようにして、生きていればいいじゃない」
「偽物は維持できないさ。偽物が心を埋め続けることは出来ない。そんなものはすぐに崩壊する」
「偽物と呼ばれるものからすれば、本物が偽物だよ」
「偽物からの話なんてどうだって良い。俺達にとっての話をしているだろ」
「機能が同じでも所以が違うと存在していけないものになるの?それも、ごく近くの所以の違いで。所以なんて遡れば皆一緒なのに。では、初めから、それは、そういう存在だと規定されているのかな。やはり、プログラムされているんだ」
「もういい分かった。もうやめろ。俺はそんなことを話したいんじゃない。お前の言っていることは言葉だけだ。俺には意味が分からない。ただ現実は、ただ事実は、お前の作ったもので亡くなった人がいる。傷ついた人がいる」
「それで私が罪人だと?そしたら神様は大罪人じゃない。作ったもので沢山の人が死んでいるよ。皆最後に死ぬんだよ」
「そうかもな。ただ、神様がどうたら言ったって俺達がとっ捕まえられる訳でもない」
「私は捕まえられるの?」
「ああ、罪が明らかになれば」
「罪は犯していないよ」
「罪を感じないか?責任はないのか、自分の作る物に」
「無いよ」
「あるよ」木村はすぐに言い返す。
「何の責任?」
「人を不幸にしない」
「不幸って何?」
「人が一人死んだ。その重みが分からないか?」
「何g?」
「死の意味が分からないか?ゲームの世界に籠っているせいで、子供でも知っている一番肝心ことをお前は知らないんだよ」
「じゃあ教えてよ」
「教えてやりたいよ。出来ることなら」
杉浦は我慢強く会話を聞いていたが、この発言を聞いてついに木村の肩を掴んだ。杉浦の前のモニターには既にシステムからの再三の警告が並んでいた。しかし、振り返る木村は有無を言わさぬ顔をしていた。
「相川、俺に話させてくれ。頼む」そう言う木村の声には悲壮さすらあった。杉浦は何も言うことが出来ず手を離した。
「罪なら、捕まえていいよ。システムは私を捕まえろと言ってる?」GCは目を開けて木村を見ていた。木村はその目を強く見返す。
「システムは言ってないよ。ただ、俺にはそんなこと関係がない」
「じゃあ、捕まえてみれば?」
「あぁ、お前がこれ以上何かをする気ならば俺はお前を捕まえるよ」
「捕まえてどうするの?」
「捕まえた後に考えるさ」
「そうか」とGCは満足そうに微笑む。
「ただ、俺はお前を捕まえたいわけじゃない。もっと単純な解決方法がある。今すぐ、ゲームを止めてくれ」
「何で?」
「訳なんてどうだっていいだろ」
「じゃあ、嫌だ」
「あのゲームは危険だよ。倫理観が欠如している」
「倫理観とか、リスクとか、知らない。どうでもいいよ。こんな世界に浮かんだ、ただの泡みたいなものが、何でそんなこと気にするの?なんでそんな狭い世界に縛り付けようとするの?」
「狭い世界に縛られているのはお前自身だよ。見て見ろ、お前はそんな小さいカプセルの中に籠って、おままごとをしているだけじゃないか。人の痛みも見ず、労りも知らず、寂しさも知らない。死も知らず、生きることも知らない。お前は世界の何も見ることが出来ずに、自分の小さい頭の中をほじくりまわしているだけだ」
「そうなの?あなたが怖がっているだけでは?見えない扉の先を否定して。これまでと似たような形じゃないと自信が持てない人が、可能性の前で怯えているだけじゃない?自分の小さな価値観の中に囚われているだけでしょう」
木村は一瞬、沈黙した。杉浦はその間にすかさず割って入った。
「わかりました、空さん。ではこちらで検査は終了です。ありがとうございます。それと大変申し訳ありませんが、機器の検査もしなくてはなりませんので、そちらのカプセルも一度預からせていただきます」杉浦は木村の発言を検査の一環としてごまかしてしまいたかった。そうでないと、仮にGCから訴えがあれば重大な問題になり得る。
GCが「はいはい」と呟くと、カプセルの殻が崩れていった。GCはゆっくりと、立ち上がり木村の隣に立つ。GCの背は木村よりも少し高いくらいだった。杉浦は、スクリーンをGCの前に出した。
「こちらに焦点を合わせて許可をお願いします」
GCは少し俯いて、そのスクリーンを見つめる。着ている服と、差がほとんどない白い首筋。瞳にだけ命を宿した人形。完璧な姿というのは今時珍しくないが、しかし、この姿には、それを越えたどこか独特の雰囲気がある。
「ありがとうございます」杉浦がそう言うとGCのカプセルは地面に収容されて、代替の新しいカプセルが浮き上がってきた。それを四人で眺めている間、奇妙な沈黙があった。木村とGCが並んで立っている姿は、どこか滑稽だった。
「空さん、申し訳ありませんが、この後こちらの部屋も、捜査員による検査がありますので」
「そうか。じゃあ、私もどこかに出かけようかな」
「奥の2部屋は検査が終わっているようなので、そちらには捜査員は入りません」
「あぁそう」
「それでは、我々は一旦失礼します」
空は返事をしない。杉浦は木村の肩を掴んで、引き返そうと引っ張った。
そこでGCが木村に対して口を開いた。
「ねぇ。例えばどう。今、あなたがいるここがさ。私の作ったゲームだとしたら。あなたが私の創作物だとしたら。あなたは、私に感謝する?それとも、憎む?」
「言ったろ。例えなんて意味ないさ」木村が答える。杉浦は顔を曇らせる。
「じゃあ、意味って何にあるの?」
「何にもないさ」
「じゃあ、この世界を続ける?止める?」
「そんな質問は意味が無いって言ってるだろう」
「そうやって、答えられないことから逃げるの?」
「いや、お前が現実から逃げてるのさ」
「現実って何?」
「ここだよ。ここで起きることだよ」
杉浦はGCの表情を伺った。GCは薄い笑いを浮かべた時、消えた。
突然、視界は閉ざされ辺りは真っ黒になった。
「ここってどこ?」GCの声が、四方から取り囲むように聞こえ、余韻を残して消えていった。
杉浦は、すぐにポケットのB玉を掲げて辺りを照らそうとした。が、光はつかなかった。スクリーンを呼び出しても、スクリーンが見えない。部屋の一切の光は吸収されるようになってしまった。
声も聞こえない。それどころか、何も聞こえない。こんな状態であれば、木村が騒ぐ声でも聞こえるはずだが、自らの動作音すら聞こえてこない。
「どうなっていますか」と声を上げた。つもりだったが、何も聞こえないので、果たして本当にそうしたのか、定かではない。
何かに囚われたか?脳の異常か?神経回路の異常か?脳梗塞?そんな不安が頭をよぎった。それとも、これが死だろうか。あの瞬間、何かがあり、自分は死んだのだろうか?
どこかで、すぐに明かりがつくことを予期して待っていたが、何も起こらなかった。体を動かしてみたが、触覚もなく、動いているか分からない。五感が全て失せてしまったようだ。その中に意識だけ浮いている。
これは一体、何なのだろう。
このまま光も戻らない。音も戻らない。この暗闇が永遠と続いたらどうする?
自分は一体どうやって時間を過ごせばいい?意識は宿ったままなのか?いつか消えてくれるのか?
意識だけが取り残され、後は全てが閉ざされる。それが死なのだろうか?それは、あまりに
その時に、杉浦の腕を強く掴むものがあった。
「おい、どうなってる」と腕の先から木村の叫び声が突如聞こえた。「杉浦、相川、大丈夫か?」
「大丈夫です」杉浦は我に返って答えた。
「杉浦か。おい相川どこだ、どこにいる。どこにいる空、どこだ。馬鹿なことはやめろ」
すると、ぼんやりと青い明かりがついた。部屋の奥でGCが呆然と立っていた。
「ここだよ」
木村がいきり立ってそちらに行こうとするのを杉浦は抑えた。木村は最初は何とか体をねじってふり解こうとしたが、やがて衝動も収まったのか立ち止まった。
「ここってどこ?」首を傾げてGCは無邪気に笑った。木村はするどくそれを睨みつけたが、杉浦がさらに引っ張ると、首を大きく振って背を向けた。杉浦はその背を支えながら、GCに一礼して部屋から出ていった。
「杉浦さん、大丈夫ですか。顔色が悪いですよ」
相川が横から杉浦の顔を覗き込んだ。木村も「そうだな」と合わせた。
「少し、体調が悪いかも知れません」
「大丈夫か、まさかさっき何かされたか」
「システムは毒や電波を捉えていませんが。念のため検査しますか?杉浦さん?」
「そうだね。悪いけど。木村さんは捜査を続けてください」
「分かった。お前はちょっと休め」
GCの部屋を出て、エレベータで相川は杉浦の検査をした。スクリーンにステータスが表示されている。
「先ほどの巣造像での精神負荷のぶり返しが来ていたようです。木村さんと、GCが話している間ストレス値と集中力が徐々に上がり、最終的にはかなり異常な所まで上がっています。この上り方は、ぶり返しの典型的な波形です。それが暗闇になって爆発しフラッシュバックに近い症状がでていますね。大分混乱しています」
相川は精神波形とその時の映像を見せながら、杉浦に説明した。杉浦は呆然とそれを聞いた。暗闇になった時の自分の動揺、無様な表情。それをまざまざと見させられた。まさか自分が精神状態を説明される側になるとは思っていなかった。
「すぐに治療したんだけどな」
「過信しては行けませんよ。あの程度の治療では応急処置にもなりません」
杉浦はため息をつくように「そうだね」と吐き出した。言われずとも、十分に分かっていた。しかし、それは自分には当てはまらないと確かに過信もしていた。そして、目を逸らして映像を止めるように手をかざし促した。相川はスクリーンを閉じて言った。
「少し休みますか?」
「今の状態はどうだろう」
「落ち着いていますが、ぶり返しがくる可能性はまだあります」
「じゃあ、ここで少し休んでいよう。後は任せてもいいか」
「えぇ」
「もう少し落ち着いたら戻るよ」
「分かりました」
「木村さんは大丈夫そうか」
「はい。ストレスは高いですが、別の理由でしょう」
「あの人がちゃんと巣造像をやりこんだら結構強そうだな。精神が図太いよ」
「いや、でも木村さんは想像力がまるでないので、イメージクリエイトしないで、ただただ肉弾戦をしそうですね」
「あのゲームやる意味ないな」杉浦がそういうと、相川がくすくすと笑った。
GCの住む箱のあらゆる壁は開かれ、あらゆる物は検査されていたが、そもそも箱自体が小さくほとんど物が無かったらしい。杉浦が部屋に戻ると、大体の検査はもう済んでしまっていた。一応、分解された機器を見て回ったが、大して問題になりそうなものは無かった。木村は杉浦の症状を確認しに来て、それを聞くと、また落ち着かずにブラブラとそこかしこを見聞きして回っていたが、捜査員たちの説明を聞いてもよく分かっていなさそうだった。
それから30分ほどして、立ち入り検査は終わった。精密検査が必要なものに関しては、署に送った。
3日間、システムの判断を通さない機器の検査が入念に行われた。杉浦はGCの精神分析の合間にその検査にも立ち会ったが、そこで未だ問題は発見されなかった。
精神分析も、GCが危険思想保持(反社会性パーソナリティ障害)という判断には至らなかった。エゴイストで他者に関心がない、善悪の価値観も薄いが、法の境界を正しく認識しており、ルールを逸脱する人間ではない。精神状態も落ち着いていた。
ゲームに関しては、ステージ外れの現象や今回の事件を例に、予期せぬ強迫観念を引き起こす可能性がある。イメージクリエイトという機能はまだコントロール出来ていない可能性があるという旨の報告書をまとめた。
システムの判断が下りてきた。ゲームのリスクは認められるが、規定されている制限でプレイすればそこまで高くはなく、人の希望が優先されるべき範疇にあって、それを制限するような規制は必要が無いとなっていた。システムがそう言っている以上、おそらく何かを規制するということにはならないだろう。
ゲームの調査許可がおりたことで、これまでの対戦リプレイを見ることも可能になった。杉浦が自身が入ったあの廃ビル群のリプレイを何度か確認したが、確かにあの廃ビルでは、影に包まれた後はただの暗闇でゲーム上にイメージが表示されることは無かった。パズルを解く自分の後ろ姿。あれは夢だったのだろうか。しかし、何故、あんな夢を見たのか。見るようになったのか。
キゴウの過去の対戦リプレイも夜遅くまで確認した。よく木村と相川も一緒に見た。大会以外も見たが、どれも惨憺たるものだった。キゴウはひたすらに相手に突っ込み、その攻撃を受けながら闇雲に戦っていた。酷いダメージを負って、バトル終了時には這いつくばっている。それは自傷癖とも言ってよかった。木村はそれを見る度に苛立ちを隠さなかった。見終わると三人とも疲れ果てた。木村にいつも「お疲れさん」と肩を叩かれて帰った。
キゴウは未だ病院に入院していた。意識は取り戻したが、境界倒錯症が悪化し精神波形も安定していないので面会は出来なかった。
大会のあの事故について、キゴウに相手をログアウトさせない意図があったのか、それを確認しなければ最終的な判断も出せないだろう。それはシステムも杉浦も一致していた。
「杉浦、何か分かったか?」と部屋の人間がはけた頃になると、木村が毎日、様子を聞きに来る。
「被害者の情報が取得できました。丸山翔 46歳 男性です」
「46歳、男性?」木村は驚いたように聞き返す。
「えぇ、発達障害を持っており、治療もしていません。両親に一度も会うことなく、施設で育ち、19歳の時から、箱街で一人暮らしています。それ以降27年間はほとんど家から出ず、VRゲームをやって過ごしていました。肉体の若返りもしておらず、身体機能は大分低下しています。精神負荷が死に繋がったのもそれが原因となりました」
「そうか」木村はぼやいた。「歳食った男か。分からんもんだな」




