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VRからストレス治療を促されたが、先に排出された木村の様子が心配だったので、そのままログアウトした。視界が実体に戻ると不安は的中して、モニター室で木村が荒れ狂っていた。まだVR酔いをしている杉浦にすぐ近寄ってきて、デカい声をあげた。
「なんてゲームだ。これはもうゲームの範疇を超えている。なぁ杉浦。早くこれを報告して配信停止にしろ」
杉浦はまだ大分ストレス値が高いので、このデカい声は頭に響いた。しかし、無視して問い詰められ続けても、苦しいのでとりあえず「えぇ」と適当に相槌を打った。
「二人ともストレス値が高いです。とりあえず一度、治療してください」
相川がその様子を見てか、割って入った。
木村は興奮して「そんな場合じゃない」とやはり怒鳴った。
「木村さん、その精神状況じゃ捜査に支障をきたす可能性があります」
「俺の精神状況なんて関係ないだろ。それどころじゃない」
木村とは対照的に杉浦は相川の言葉の意味を察して、気が沈み、ため息が漏れた。
「木村さん、とにかく」
「いや、俺はいい。この感覚を覚えておかないと。落ち着いてたまるか。アレはおかしいよ。あのゲームはおかしい。俺はその感覚をごまかしたりしない」
「木村さん」
どうやら相川が、何を言っても無駄だった。ただ相川が相手をしてくれているので、杉浦はそれを尻目に、黙って再びVRに潜った。ストレスが思っていたより重く辛かったので、簡単な治療だけでもしないと厳しかった。
青い海の中を潜っていく。精神安定剤も投薬もされて、感情のざわつきが落ち着いていく。コバルトブルーから濃紺色の深部に沈んで行き、やがて、5分ほどの浅い睡眠状態に入った。10分経ち起きた時には思考は大分クリアになっていて、脳やけのような気持ち悪さもとれていた。治療はさらに必要とされていたが、やはり木村が不安だったので、そうそうに切り上げた。
木村はまだ残っていた。貧乏ゆすりをしながら俯いてその場に居座っている。杉浦がソファから体を起こすと、すぐに木村は立ち上がった。
「杉浦さん」木村が何か言う前に相川が口を開いた。
まだ声を出しずらかった杉浦はとりあえず頷いた。しかし、相川は言葉を続けず、チラリと木村の方を一瞬見た。
つまりは今の木村の前では話しずらいということなのだろう。どんな内容の話か、相川の雰囲気から杉浦にはすでに察しがついていた。しかし今更木村に黙っていてもしょうがないだろう。この男は執拗だ。何か隠しても付きまとわれ、こちらが面倒を被るだけだ。
「相川、話してくれ」杉浦は促した。
「先ほど、キゴウさんと最後まで戦っていたプレイヤーが死亡しました」
「死んだ?」木村の目は驚き見開いている。
「19時24分、ログアウトと同時に亡くなりました」
「ゲームの影響か」固まった顔のまま木村が訪ねる。
「おそらく」
息を小さく吐き出すと、何か考え込むように木村は俯いた。かと思うと「何がゲームだ」と突然声を荒げて、悲壮な目で杉浦と相川をそれぞれ見た。杉浦は言葉を失って何も反応することが出来なかった。相川が話すことも、木村の反応も予想はついていたのだが、その木村の顔だけは、何故だか、今までの木村から全く想像も出来ないものだった。精神病の顔。杉浦は心のどこかでそう思った。
木村は「キゴウは?」と低い声で相川に聞いた。
「キゴウさんは命に別状はありません。ただ、精神に高いストレスを負ったので、カプセルで睡眠状態のまま病院に移送されました。今治療中です」
「それは。どの程度の症状なんだ」
「精神波形自体は18時間ほど休めば平常時に戻りそうです」
「そう言われても分からねぇよ」木村は小さく首を左右に振りながらぼやく。
木村は杉浦を睨みつけるような形相で「杉浦、あのゲームを止めるぞ」と力のこもった声で言った。
木村は感情的になっているので、杉浦はその言葉に対して真っすぐ反応はせず、目を逸らして頷くと相川の方を向いて「システムは?」と問う。
「システムなんて関係ないだろう」木村がすぐに噛みつく。
「木村さん、少し落ち着いてください。これは私の現場です。まず、私が情報を分析して判断します」杉浦は、はっきりと言い放った。木村は鼻で大きく息を吸ったが、息を吐くと同時に肩を押さえつけるように黙った。
相川が話始める。
「システムは配信停止の判断をしていませんが、注意はVR上に出されました。巣造像のプレイヤーはそれを確認し、承認しないことにはプレイできません。あと、この件を人が調査する必要があるならば、情報保護範囲Bまで取得できるように、既に許可がおりています」
「どういうことだ」と木村。
「人側が調査をするということであれば、して構わないと、こちらが申請する前に許可が出された形です。システムに蓄積されてる情報もある程度取得できます」
「調査とか。そんな悠長な話なのか?杉浦、人間の判断ですぐに停止にすることは出来ないのか?」
「すぐには難しいです。ゲーム一つ停止するにも32の関係組織から許可を得る必要があります。システムが即配信停止という判断を出していれば、それほどのリスクがあるということで自動的に止まりますが、そこまでの危険性だと指摘されていないので、そもそも時間をかけても停止の許可が下りるかどうか」
「危険性だのなんだの、そんなの判断するまでもなく明白じゃないか。一人死んでるんだぞ。そして、もう一人も深刻なダメージを負った」
「えぇ。そうですが」と杉浦は返事をしながらも、木村の言葉には取り合わず「相川、とりあえずシステムの判断理由を教えてくれ」と言った。木村はまた何か言いたそうに顔を顰めたが、拳を握りつぶして黙っている。
相川はスクリーンを読み上げる
「プレイヤーの死亡確率はこれまでのゲームと比べて高いわけではない。死亡したプレイヤーは、恐怖によりログアウト出来ないという思い込みに至ったがゲーム機能としてそういう制限状況にあったわけではない。また対戦相手もその状況を意図したわけでなく偶発的なものである可能性が高い。しかし、これに関しては検査と検証が必要である。
高抽象度のバトルモードでは特に、こういった精神障害、またショック死などのリスクがあることはゲーム上で提示、説明されている。その上で精神耐性のチェックや、ストレス制限モードもある。精神耐性の弱いものは、健康に支障をきたしたく無ければ制限モードをプレイするように警告も出されている。
死亡したプレイヤーはそれらのリスクを承知の上で、制限モードのある一定の精神負荷に達した時ステージから排出される強制ログアウト機能を切っていた。これは彼のプレイスタイルであり、彼の意志に基づくものであった可能性が高い。
巣造像は大多数のプレイヤーを抱えており、社会の精神需要を大きく満たしている。巣造像に規制をかけることは社会にとってよりリスクが高く、また社会の意志に反している。以上です」
「おとがめなしってことか」木村が言った。「人が死んだのに」
「競技制のあるゲームで人が命を落とすことはこれまでもありました。木村さんの時代だと、ボクシングやカーレース、サッカーでもたまに亡くなる人がいましたね」相川がシステムの説明を木村にも分かるように補足する。
「それはスポーツだろ。これはただのゲームじゃないか」
「何をもってスポーツと言うか、ですね。2018年頃からビデオゲームの対戦もスポーツとして認識されるようになっています。当初はesportと呼ばれましたが2030年頃にVRは主のスポーツ競技として一般化されます。
さらに近年になるとスポーツという言葉は使われなくなり、サッカーや野球など実体化でするスポーツはリアルゲームと別の呼称で呼ばれるようになりました。スポーツと言う言葉は30代以下の世代では殆ど使われなくなっています」
「相川、俺は言葉遊びをしたいんじゃないんだ。俺の言いたいことが分からないか?俺たちがガキの時代の、それこそプロボクサーやFIのドライバーなんて人生をかけてそれをやってたんだ。仕事としてな。遊びじゃない。ゲームじゃない。VRのおままごととは全然違うんだよ」
「VRをおままごとととるかは価値観の問題ですね。何に人生をかけて取り組むかも同じく個人の価値観の問題です」
「これはただのゲームじゃねぇか」
「人によっては、確かにそうかもしれません。ただ、人によってゲームとは命をかける物でもあるのです」
「あいつらはそんなつもりでやってねぇだろう。ガキが遊びで死んじまっていいのか」
「そういうつもりでプレイしている人もいます。また、危険性の提示はされています。今回の件でより警告は強くなるでしょう。それに低制限度のバトルは成人でないと出来ないように既になっています。キゴウさんは14歳、もう成人しています。子供はプレイしていません」
「14なんてガキじゃないか」
「3年前に引き下がりました。現法律上、成人です」
「そんなの政権がVRで簡単に洗脳できる年齢層まで選挙権持たせて、票を管理しやすくしただけだろう」
「それは、政治の話で、かつ木村さんの個人的な意見です」
「命を賭けるも糞も、何も分かってないよ。そもそも、命が何なのかなんて分かってないんだよ。架空世界で人を殺し殺され、そんなことばかりだ。おかしくなってんだよ。お前らどうだ。おかしいと思わないのか?」
「木村さん、落ち着いてください。今の精神状況では判断能力が低下しています」相川がスクリーンを眺める。木村の精神はログアウトしてからもチェックされていた。
「お前」木村の目が鋭く相川を睨んだ。それを見た杉浦が、木村の肩を掴んで割って入る。
「木村さん」杉浦は木村の目を見て話す。
「木村さん、私たちが今、話すべきは価値観の問題ではありません。ゲームに違法性があったか、それだけです。それをこれから調査をします。ただ、仮にシステムが考える以上の危険性があって、それを私たちで証明しないといけないとするならば、それは容易に出来ることではありません。冷静さを失って感情的な判断を出したとしても、それで上を納得させることは出来ないのです。我々はあくまで公平かつ客観的に判断をくださなければなりません」
「公平、客観、結局それはシステムのことなんだろう。人間の判断ではない」
「最終決定権は全て人にあります。判断は人間が下します。システムは判断材料にすぎません」と相川が言った。
「それは建前だろう。今の時代、結局人が何をしている」
「建前ではなく制度です。何をするかは人次第です。木村さん、あなたがそれを諦めるのですか?」と杉浦は言う。
木村は二人を暫くジッと眺めた後、大きく息を吐き、ようやく頷いた。
「分かった。調査は何をする」
「GCの創作所を立ち入り検査をします。システム外計算機がないか。GCの思想調査も出来れば」
「何時だ」
「準備ができ次第行きます。システムの許可も下りてますので特例的に動かせます。寝かす意味もない」
「分かった。俺も連れてけ」
木村がそう言うだろうなとは思っていた。面倒だが仕方ないだろうと心でため息をつき、杉浦は頷いた。
「分かりました。しかし、その代り治療を受けてください」
「あぁ、分かった。だけどもう大丈夫だ。必要ないよ。もう落ち着いてるよ。そうだろ、相川」と木村は相川を見た。
相川はモニターを確認すると、驚いた様子で「確かに」と呟いた。
「あれだけの波形がもうこんなに落ち着くなんて」
「感情のコントロールっていうのは怒るべき時に起こって、落ち着くべき時に落ち着くってことだよ。相川」
「木村さん、病気の可能性があるので、後で診断を」
「ぶっとばすぞお前。もういいからそれ切れよ」と木村は軽く相川の頭をはたく。
「しかし、一時収まっていても反動が来る可能性は」
「大丈夫だよ博士。こちとら戦争経験者だ。そういうものには慣れてんだよ」
「分かりました」と相川はスクリーンを切った。
「木村さん、くれぐれも」杉浦は念を押す。
「あぁ俺はお前の言う通りおとなしくしてるよ。ちょっと用意してくる」
木村は慌てて部屋を出ていった。その背中を見送り相川が言った。
「さっきのは冗談で言ったわけでは」
「分かってるよ」
杉浦は木村のあの病的な顔を思い出していた。




