第9章
後藤悟は目に大きな隈を作り、一目で疲弊している事が分かる顔で街中を歩いていた。多くのすれ違う人々や街から聞こえてくる音に全く反応せず、後藤はほんの少し口を開いたまま、信号機の前で立ち止まった。もう何日もろくに眠れない日々を過ごしていた後藤は、いよいよ体力の限界が近付いていた。しかし、諦める訳にはいかない。自分が行動しなければいけないと胸に誓い、後藤は自分を鼓舞して身を引き締めた。
信号を渡り、少し歩くと目的のビルが見えてきた。都心の綺麗なビル群に紛れてはいるが、見た目は少し古臭く感じる。まさか自分がこのような所に行く事になるとは。後藤はスマートフォンで改めて住所を確認すると、ビルの入り口へと歩みを進めた。
ビルの玄関には、どのフロアにどの会社が入っているかが掲示されていた。しかし、目的の社名はそこには書かれていなかった。聞いていた通り、表には表示していないようだった。後藤は玄関を進み、エレベーターの呼び出しボタンを押した。降りてきたエレベーターの内装は綺麗とは言い難く、中はとても狭かった。乗り込むと、後藤は4階のボタンを押した。
何を何処から話せばいいのだろうか。自分は上手く説明出来るだろうか。そもそも、解決出来るのだろうか。後藤はここに来て、再び体が疲労で悲鳴を上げているのを感じた。
4階に着くと、エレベーターの目の前を歩いてすぐの所に目的地のドアが見えた。気のせいか、何かの機械音が中から聞こえる気がする。ドアに近付いていくと、聞こえてくる機械音が徐々に大きくなってきた。何やら話し声も聞こえる。後藤はドア横の壁に備え付けられた呼び出しボタンを押した。
「おい、いらっしゃったぞ。いつまで掃除機かけてんだ。」
「だってあまりにも汚いんですもん!いいですか?1日掃除機かけないだけでこうなっちゃうんですよ。」
「それ、私に言ってる?」
中から男女の会話が聞こえてくる。機械音が止み、少しするとドアが開いた。
「いらっしゃいませー。こんにちはー。」
「こんにちは。今大丈夫でしたか?」
「全然大丈夫です!すいません!掃除機うるさかったですか?ここ音漏れ凄いんですよ。」
「そうなんですね⋯。」
「どうぞどうぞ、お入り下さいませ。」
そう言うと、鈴村は後藤を中へと案内した。




