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第10章

「ねえ、ゆーみん。」




中川瑞稀なかがわ みずきがトイレで手を洗う藤代に話し掛けた。




「何?」




「最近、藤代さんと仲良いよね。」




「うん。」




「何で?」




「何でって、どういう事?」




「別に深い意味は無いんだけど。繋がりないじゃん、ゆーみんと。最近櫻井さんに話し掛けてるなーとは思ってたけど。」




「友達だよ、櫻井さんは。」




手をハンドタオルで拭くと、藤代はお気に入りのリップクリームを唇に塗り始めた。




「何きっかけ?」




「秘密。」




「秘密なんだ。」




「そう。」




「ふーん。」




中川も鏡を見ながら、自分の前髪をいじり始めた。




「櫻井さんって、あんまりみんなと一緒にいる所見ないよね。」




「そうだね。」




「だから声掛けたの?」




「だから秘密だってば。」




「気になるじゃん。だって櫻井さんって何か⋯。」




「何?」




藤代が中川を見つめた。




「何でもないよ。もう聞かない。」




「そうしてくれる?」




藤代も鏡で前髪をいじり始めた。




「ねえ、ゆーみん。何で部活辞めたの?」




「瑞稀、質問ばっかりー。」




「だってさぁ。昔からバスケしてたんでしょ?勿体ないじゃん。」




「別にいいの。瑞稀はテニスに集中して下さい。」




「むー。」




中川は頬を膨らませた。






藤代と櫻井が後ろのドアから教室に戻ると、藤代は櫻井が何かの本を読んでいる事に気が付いた。すぐに忍び寄るように彼女の元へと駆け寄った。




「ちーちゃん。」




藤代は背後から櫻井の両肩を触り、声を掛けた。櫻井は驚きのあまり、軽くその場で飛び跳ねた。




「びっっっくりしたっっ⋯。驚かせないでよ。」




「あはは。ごめんごめん。今一瞬、宙に浮いてたよ。」




「否定出来ない。確かに浮いた、私⋯。」




「何読んでるの?」




「本。」




「それは分かってる。何の本?」




「好きな作家の小説。春野風吹っていう⋯。」




「知らない。」




「ゆみちゃん、小説とか読まないの?」




「活字は全く。」




「読めばいいのに。貸して上げようか?」




「それより漫画何か貸してよ。ちーちゃん、一杯持ってるでしょう?」




「いいけど、何が読みたいの?」




「グロいやつか、エロいやつ。」




「どっちがいいかな⋯。」




「両方持ってるんだね、ちーちゃん⋯。」




楽しそうに会話をする藤代と櫻井の姿を、教室の後ろから中川は見つめていた。何故、藤代が櫻井のようなタイプの子と仲良くしているのかまるで分からなかった。陽キャと陰キャが戯れている。中川からはそうにしか見えなかった。






「今日はカラオケに行きます。」




放課後、一緒に下校していた櫻井に藤代が唐突に宣言した。




「カラオケ?」




「うん。カラオケ。」




「カラオケ⋯え、歌うって事?」




「カラオケだもん。当たり前じゃん。」




「ほとんど行った事ない。中学の時に数回⋯。」




「じゃあ、なおさら行こう。私にちーちゃんの歌声を聴かせてごらんなさい。」




藤代が軽くスキップをして、櫻井の周りをぐるぐると回り出した。




「恥ずかしいんだけど、歌うの⋯。というか歌あんまり知らないし⋯。」




「いいじゃんアニソンで。」




「なおさら恥ずい⋯。」




「まあ、いいからいいから!」





藤代が案内したカラオケは、学校の最寄り駅から歩いて5分程の所、以前2人で行ったカフェの近くにあった。平日という事もあり、店内にはそれ程人はいないようだった。受付横にあるドリンクバーコーナーに老婆が1人立っており、グラスにメロンソーダを注いでいる。カラオケにほとんど来た事がない櫻井は、その光景を見て驚いていた。




「おばあちゃんが、メロンソーダを⋯。」




「カラオケって、よくお年寄りの人達が来てるよね。団体でもお1人でも。練習してるんだろうね。」




藤代は早足で受付に向かい、スタッフの男性に声を掛けた。




「すいません、2人でお願いします。」




「かしこまりました。ご利用時間はどうなさいますか?」




「2時間でお願いします。」




「2時間!?」




藤代の後ろにいた櫻井が声を出した。




「うん。カラオケは最低でも2時間からだよ。」




「そ、そうなの?」




「藤代家ではそういうルールだよ。」




「友達の間でとかじゃないんだ。藤代家なんだ、そのルール。」




藤代の冗談を話半分で聞いていた櫻井は、久し振り緊張して鼓動が速くなってきた。それは歌を歌う事に対してではなく、2時間もの間、狭い部屋の中で藤代と2人きりになるという事に対しての緊張だった。




「ドリンクバーもお願いします。」




「かしこまりました。こちらのグラスをお使い下さい。」




「ありがとうございます。はい、ちーちゃん。」




櫻井は藤代からグラスを1つ渡された。




「204のお部屋になります。ごゆっくりどうぞ。」




「ちーちゃん行くよ。まずはドリンクを。」




藤代はドリンクバーの機械から、炭酸飲料を注いだ。櫻井は少し悩むと、アイスコーヒーを注いだ。




「アイスコーヒー!?」




藤代が突っ込んだ。




「ちーちゃん、アイスコーヒーなの?しかも無糖なの?」




「ブラックコーヒー好きなんだもん。あと、覚醒したいからカフェインが欲しい。」




「覚醒?覚醒って⋯何?」





案内された204のカラオケルールに入った藤代と櫻井は、ドリンクグラスをテーブルに置き、ソファへと座った。




「いやあ、私もカラオケは久し振りだよ。」




「ゆみちゃん好きに歌ってね。私はいいから。」




「何言ってんの。ちーちゃんも歌うの!」




藤代は立ち上がり、大きな液晶画面の横に置かれたデンモクを手に取った。




「とはいえ、私も最近の歌はあんまり分かんないんだよね。ちーちゃんから歌ってよ。」




「無理無理無理無理無理無理無理無理無理。」




「拒絶が凄いな。」




そう言うと藤代は今月のランキングという項目から曲名を適当にタッチした。あっという間に入れた曲のイントロが流れ始めた。藤代はマイクを手に取り、体で軽くリズムを取り始めた。




「緊張するなあ、ちーちゃんの前だし。下手だけど笑わないでよ。」




「笑わないよ!」




藤代が歌い始めた。櫻井も聞いた事がある女性歌手の曲だった。藤代は全く下手ではなく、むしろその逆だった。いつもとは異なる藤代の声色に、櫻井は心の底からときめいていた。液晶画面ではなく、藤代の事をずっと眺め、櫻井はただただ見惚れていた。




「いやー難しいね、この曲。」




「上手。」




「ありがとう。」




「ゆみちゃん、歌、上手。」




「そうかな。ほら、歌って自分じゃよく分かんないからさ。」




「本当に上手だと思う。」




「じゃあ次はちーちゃんの番だね。」




「いや、私は⋯。」




「何でもいいから歌って下さい。」




藤代は笑顔で圧をかけながら、デンモクを櫻井に渡した。




「ええ⋯どうしよう⋯ええ⋯。」




「アニメ好きじゃん。アニソンは?」




「う、うーん。」




櫻井はデンモクでアニメジャンルの曲を探し始めた。




「アニソンって言っても、一杯あるから⋯。」




「見して見して。」




藤代は距離を詰め、ほとんど櫻井に触れ合う位置に座った。櫻井は藤代のシャンプーの匂いを感じた。そして、彼女の熱気も。




「最近のアニメ、名前は聞いた事あっても見た事ないからなあ。」




藤代はぐいぐいと顔も櫻井に近付けてくる。櫻井は身動きが出来なくなり、デンモクを見ていたが、内容は入ってこなかった。




「ちーちゃんほら、早く決めなよ。」




「う、うん。」




藤代は櫻井の顔を見て、彼女の顔が赤くなっている事に気が付いた。




「私、距離近い?」




「う、ううん。全然。大丈夫。ごめん、すぐに決めれなくて⋯。」




すると藤代はさらに距離を詰め、櫻井にぴったりとくっついた。




「じゃあこれで。」




「あ、当たってるよ?」




「いいじゃん別に。」




櫻井は爆発しかけていた。




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