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第8章

藤代と櫻井は体育館の舞台に上がり、そこに座り込んだ。




「誰もいない体育館ってなんか⋯エモーショナルだと思わない?」




藤代が呟いた。




「ごめん、よく分かんない。」




「あれれ。」




「というか、ダメなんじゃないの?体育館で食べるの。」




「まあいいんじゃない?バレないでしょ。意外と誰もいないもんだね。」




「ドキドキする。」




「私に?」




「違う違う違う違う違う!体育館で食べる事に!」




「否定が凄いよ、櫻井さん。」




藤代は弁当箱の蓋を開けた。白米の横に小さなハンバーグが2個ときんぴらごぼう、プチトマトとピーマンのナムルが入っていた。櫻井から見て、少ないと思える内容だった。




「藤代さん、お弁当これだけ?」




「ん、そうだよ。」




「少なくない?」




「そうかな。いつもこんなんだよ。」




「⋯藤代さん、身長何センチ?」




「165センチ。櫻井さんは?」




「158センチ。」




「いいなあ。私も櫻井さんくらいの身長がいいよ。」




「そうなの?スタイル良いと思うけど、藤代さん。」




「あら、ありがとう。」




藤代がニヤついた。櫻井はすぐに目線を伏せ、自分の弁当箱を開いた。炊き込みご飯と卵焼き、唐揚げが2個にほうれん草ともやしのあえ物が入っていた。




「炊き込みご飯だ。いいなー。」




「昨日の残り物だよ。」




「ねえ櫻井さん、ハンバーグと唐揚げ1個ずつ交換しない?」




「いいよ。」




「よしっ。」




2人だけの空間。広く、誰も来ない体育館で藤代と櫻井は昼食を取り始めた。食事をする藤代が気になり、櫻井はチラチラと彼女の方を見ながら炊き込みご飯を口に運んだ。




「唐揚げうまっ。これ美味しいね。手作りでしょ?」




「うん。お母さんの。」




「いいなあ。私、油は面倒くさくて使わないからな。冷凍食品になっちゃう。」




「藤代さん、自分でお弁当作ってるの?」




「うん。」




「毎日?」




「うん。」




「すごっ。」




櫻井は驚きの声を上げた。




「全然凄くないよ。残り物とか冷凍食品とかを詰めてるだけだもん。」




「それでも凄いよ。毎日だもん。」




「ありがとう。」




「お母さんは作ってくれたりしないの?」




「いないんだよね。」




「えっ。」




櫻井の箸が止まった。




「いないの?」




「うん。去年死んじゃったの。」




櫻井に後悔の念が押し寄せる。自分でお弁当を毎日作っているという話で、家庭に何かあるのかもと推測出来なかった自分を一瞬で責め立てる。




「ご、ごめん!ごめんなさい!私知らなくて!」




「ああ大丈夫大丈夫!気にしないで。知らなくて当然だよ。櫻井さんに今話したんだから。」




藤代は笑いながら泣きそうになっている櫻井を慰めた。櫻井は一気にテンションが落ち、見るからに絶望の表情を浮かべていた。




「ねえ櫻井さん落ち込み過ぎ。大丈夫だってば。気にしないで、ね?」




「⋯でも。」




「本当に気にしないで。全然大丈夫だから。ほら、美味しい昼食の時間だよ?」




「⋯ごめんね。」




「ねえ〜大丈夫だってば〜。テンション上げてくれないなら、今から大声で校歌を歌い出すよ?」




「それは止めて。分かった。頑張ってテンション上げる⋯。」




「はい、じゃあ話題を変えようよ。ね。」




「⋯分かった。」




「テンション上げないと⋯。」




「分かった!分かったからやめて。」




「それでよし。」




2人は止まっていた箸を再び動かし始めた。櫻井にはずっと後悔の念が渦巻いていたが、今は楽しく彼女と食事がしたい。この時間を大切にしたい。その思いを何とか奮い立たせた。クラスのマドンナ的存在の、人気者の、憧れの藤代優実が自分と2人きりで昼食を取っている。櫻井はその事実を再認識した。




「櫻井さんってさ、確かにグループで集まったりしてるイメージないね。ごめんね、気に障ったら。」




「ううん。実際そうだよ。」




「別に他のクラスメイトと話してない訳じゃないよね?ただなんと言うか⋯。」




「群れてないの、私。何というか⋯そういうの何か苦手なの。」




「人混みが苦手とか、そういうのではない?」




「違うけど、人混みも苦手。テーマパークとか行った事あるけど、疲れちゃうからあんまり好きじゃない。」




「テーマパークなんか行ったら、私、はしゃぎ倒しちゃうな。」




「はしゃぎ倒しそう、藤代さん。」




「じゃあさ、じゃあさ。何で私?」




「え。」




「何で私と友達になりたかったの?昨日、その理由は聞いてなかったよね。」




何と答えればいいのか。櫻井は言葉に迷った。




「そ、それは⋯えーと⋯。」




「うんうん。」




「私に無い物を持ってるから、かな。」




「ほう。詳しく聞きましょう。」




「藤代さんは人気者で友達も多くてスタイルもいいし顔も美人さんだし⋯私に無い物、私が憧れる物を持ってるんだよ。何て言うのかな⋯藤代さんはその⋯キラキラしてるんだよ。」




「キラキラ?」




「キラキラ。」




「キラキラ⋯。私、キラキラしてるのか。光ってるの?私。」




「光ってるというか⋯その⋯何というか⋯。説明が難しいんだけど⋯。」




「とにかく沢山褒めてくれてるのは分かった。ありがとう。」




「う、うん⋯。」




穴があったら櫻井はそこに埋まりたかった。昨日よりも、より深く埋まりたかった。




「あとさあ、呼び方変えようよ。」




「呼び方⋯。」




「うん。さん付けなんてなんか距離感遠いじゃん。櫻井千鶴でしょ?うーん。」




フルネームをちゃんと覚えていてくれた事に、櫻井は内心嬉しくなった。




「千鶴⋯千鶴⋯ち⋯千鶴っち⋯いや、ちーちゃんかな。」




「急に距離感が激的に近くなったね。」




「嫌?」




「ううん!嫌とかじゃないよ。」




「じゃあこれからは、ちーちゃんって呼ぶね。ちーちゃん。」




「う、うん⋯。」




「ちーちゃん。」




「うん⋯。」




「ちーちゃん。」




「⋯はい。」




「ちーちゃん。」




「呼び過ぎじゃない?」




「照れてるー。」




「止めてよ。」




「じゃあ私は?ちーちゃんが呼び方を決めて。」




「私が決めるの?」




「そりゃそうだよ。ちーちゃんは私が決めたんたもん。私のはちーちゃんが決めて。」




櫻井は急に難題を出されたように考え込んだ。




「どうしよう⋯。藤代優実でしょ⋯。みんなにはなんて呼ばれてるの?」




「藤代、優実、ゆーみん、ゆー、辺りですかね。」




「じゃあその中から⋯ほぼ2択だけど。」




「えー新しいの考えてよ。」




「藤代優実でしょ?今上げたの以外難しくない?」




「違うのがいい。」




「頑なだね。」




「うん。」




「⋯藤代優実⋯優実⋯ゆみ⋯じゃあ。」




櫻井は藤代は見た。




「名前で呼んでもいいかな。呼び捨てはハードルが高過ぎて飛び越えられないから、ゆみちゃん、で。」




「ゆみちゃん。」




「⋯うん。」




藤代は満面の笑顔になった。




「いいよ!ゆみちゃんね!いい?これからちーちゃん・ゆみちゃんだからね?お互い名字で呼んだら、購買で飲み物を奢ること!」




「何それ。私、絶対不利なんだけど。」




「ほら、呼んで?」




「うぐ⋯。」




「ほらちーちゃん、早く。」




「⋯ゆ⋯ちゃ⋯。」




「校歌大声で叫ぶよ?」




「ゆみちゃん。」




櫻井は顔を真っ赤にしながら、ぽつりと呟いた。2人の距離感がまた縮まった所で、校内に予鈴の音が鳴り響いた。

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