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第7章

 午後17時過ぎに帰宅した藤代は、キッチンに置かれた冷蔵庫に直行し、中身を確認した。夕食を作るために必要な食材が残っている事を確認した藤代は、冷蔵庫を閉めると、2階の自室へと向かった。扉を開けると鞄を床に放り投げ、ベッドに大の字で沈み込んだ。天井をぼんやりと見つめる藤代は、櫻井の事を思い出し、友達になりたかったと言われた事に対して、じわじわと湧き出る喜びを噛み締めていた。




少しすると藤代はベッドから立ち上がり、制服を脱いだ。水色の下着姿になった彼女は、全身鏡の前に立ち、自分の体をまじまじと見つめた。そのままおもむろにスマートフォンを手に取り、櫻井にメッセージを送った。




『好きな色を教えて!』




すぐに既読が付き、櫻井から返信が来た。




『いきなり?何で?』




『いいから教えて!』




『紫かな。』




「紫?」




思わず藤代は声に出した。そして、そのまま再び全身鏡を見た。




「紫⋯。絶対に自分じゃ選ばないな。」






弱火でカレーを煮込みながら、藤代は櫻井とメッセージのやり取りを続けていた。櫻井の事を詳しく知りたかった彼女は、質問を投げ掛け続けていた。櫻井は漫画やアニメ、ゲームが好きで、放課後や休日はよく自宅で趣味を堪能しているらしい。また、お菓子や甘い物も好きなようで、時々自分でお菓子作りに勤しんでいるという事も教えてくれた。どんなメッセージを送信しても、すぐに既読がつき、櫻井から返信が来た。スマートフォンを手にしながら、藤代は自然と笑顔になっていた。




「ただいま。」




玄関からドアの開いた音が鳴った。足音の後に、父親の拓也が部屋に入ってきた。




「おかえりなさい。」




「今日はカレーか。匂いで分かる。」




「うん。ルーも具材も揃ってたから、カレーにしちゃった。」




「ありがとう。着替えてくる。」




そう言うとスーツ姿の拓也はネクタイを緩め、自室へと向かっていった。






「今日、駅前のカフェに行ったの。友達と。」




「そうか。」 




拓也がカレーを大きな口で頬張る。




「新商品がどうしても飲みたくてね。むちゃくちや美味しかった。」




「何味?」




「桃。」




「桃か。」




「お父さん、桃あんまりだもんね。」




「別に嫌いじゃないよ。好みじゃないだけ。」




「飲んでみて欲しい。本当に美味しいから。」




「それより優実、小遣い足りてるか?」




「うん。足りてる。ありがとう。」




「もう少し渡しておくよ。」




「いいよ、大丈夫。足りてるから。」




「いいんだ。買い出しもあるだろう。持っときなさい、後で渡すから。」




「⋯ありがとう。じゃあさ。」




「ん。」




「服、買っていい?ちょっと高いやつ。」




「それは自分で財布と相談しなさい。」






櫻井は自室のベッドの上でうつ伏せになりながら、スマートフォンを握り締めていた。自分からどう連絡すべきか悩んでいた矢先、藤代から連絡が来た。好きな色は何かという唐突な質問からメッセージのやり取りは続き、櫻井は自分の様々な情報を藤代に教えた。藤代がいくつも質問を投げ掛けてくれたおかげで、櫻井は自然と返信をする事が出来た。憧れの人物と、たった半日足らずでここまで仲良くなれるとは、櫻井は思ってもみなかった。明日学校に行って、いきなり仲良く藤代と接し始めたら、周りの目はどうなるだろうか。櫻井は嬉しい反面、そんな事ばかり考えていた。




突然、ドアが数回ノックされた。




「千鶴、ご飯。」




まだ仲直りが出来ていない、母親の朋子だった。




「はぁい。」




櫻井は気怠そうに立ち上がり、部屋を出た。





母親との夕飯は気まずくて堪らなかった。食事をする音だけが鳴り、2人の間に会話は全く無かった。




「お母さん。」




「何?」




「今朝はごめんなさい。」




「もう⋯いいわよ。」




「反省⋯してる。言う事聞かなかった事。」




「千鶴には千鶴の考えがあるのは分かってる。」




「⋯うん。」




「でも分かるでしょ?」




「⋯分かる。」




伏し目がちになりながら、千鶴は目の前の唐揚げを口に運んだ。






食事を終え自室に戻ると、櫻井がスマートフォンを取り出した。画面にはメッセージ受信通知が表示されている。藤代からだった。櫻井はすぐにメッセージを確認した。




『明日、一緒に昼ご飯食べようね。』




「え。」




思わず声が出た。藤代グループと一緒に食事を取るという事?櫻井は急に焦りを感じ始めた。藤代以外のメンバーには全く興味が無く、陽キャオーラを放つ彼女達の事は、むしろ苦手だった。藤代だけが櫻井にとって特別なだけであり、その他はどうでも良かった。さすがに一緒に食事を取るとなると、コミュニケーションを取らざるを得なくなる。黙りっぱなしではさすがに感じが悪いし、もしかしたら藤代が周りから何か言われてしまうかもしれない。とはいえ、この藤代の誘いを断るのもおかしい。櫻井は顔を歪ませた。そして少し考え込むと、指を震わせながら、スマートフォンで文字を打ち込んだ。




『いいよ。』




すぐに既読が付き、返信が来た。可愛らしい犬のキャラクターが右手を突き上げているスタンプだった。昼食でここまで悩む事になるとは。櫻井は返事をしたものの、一晩頭を悩ませる事になった。





翌朝、いつもより早く家を出た櫻井は、誰よりも早く教室に到着した。座席に座り、1時間目の授業に必要な教科書とノートを机に綺麗に並べ終わると、じっとそのまま固まっていた。徐々にクラスメイトが教室に入ってくるが、櫻井は自分の世界に入っていた。昨日とは違う学校生活が始まる。それは間違いない。自分は大丈夫だろうか。やっていけるだろうか。櫻井は嬉しさと興奮と不安で、昨夜はほとんど眠れなかった。




気配を感じ、櫻井が後ろを振り返ると、藤代が教室に入ってきたところだった。既に登校していた友達に挨拶をして、明るく談笑を始めている。やはり彼女は人気者だ。彼女が来ると、クラスが明るくなる。そんな事を思いながら、櫻井はゆっくりと視線を前に戻した。




すると櫻井のセンサーがまた反応した。彼女の気配が自分に近寄ってくる。




「櫻井さん、おはよう。」




藤代が櫻井の前に立ちはだかった。




「お、おはよう。」




「昨日はありがとうね。」




「ううん。全然。」




「昼ご飯、約束だからね?」




藤代はそう言うと笑顔になった。櫻井は勇気を出して、藤代に尋ねる事にした。




「ねえ、藤代さん。」




「ん?」




「昼ご飯って⋯その⋯藤代さんのグループで一緒に食べるってこと?」




その言葉を聞いて、藤代は一瞬ぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに何かを察知したようだった。




「分かった。2人だけで食べよ。」




「えっ、いいの?友達は?」




「櫻井さんも友達じゃない。」




「そうだけど⋯そういう事じゃなくて⋯。」




「大丈夫。気にしなくていいから。ね!」




そう言うと藤代はまた自分の座席の方に戻り、友達達と談笑を始めた。きっと何を話してたのか友達達に聞かれているに違いない。櫻井は後ろを振り向く事が出来なかった。その後、朝のホームルームが終わり、あっという間に1時間目の授業が始まった。数学の授業だった。櫻井は数学が得意だったが、全く授業が頭の中に入って来なかった。





3時間目の授業が終わり、休み時間になった。4時間目は体育の授業だった。男子は着替えるために、体操着を持って教室を出て行った。女子はこのまま教室で着替えるのが決まりだった。皆が当たり前のように制服を脱ぎ出した。いつもなら気にならないのに、今日は違った。櫻井は鼓動の早まりが尋常では無かった。藤代の事が気になって気になって仕方がない。自意識過剰だと分かっていたが、もしかしたら藤代が見ているかもしれないと思うと、自分が着替える事も恥ずかしかった。それなのに、櫻井は後ろを振り向いてしまった。藤代はスカートはそのまま、上の制服を脱いで、ピンク色のブラジャーを露わにしていた。思わず見入っていると、藤代と目が合った。櫻井はすぐに目線を逸らし、自分の着替えを始めた。誰か自分を殴ってくれ。櫻井はそう頭の中で呟いた。





体育の時間は、体育館でバスケットボールをする事になった。櫻井は運動が苦手で、球技は特に苦手だった。先生がランダムに5人1組のチームを組み、櫻井は偶然にも藤代と同じチームになった。藤代がゆっくりと櫻井に近寄ってきた。




「櫻井さん、一緒のチームだね。」




「う、うん。」




「バスケは得意?櫻井さん、あんまりバスケしてるイメージないけど。」




「私、運動ダメだよ。球技なんてもってのほか。バスケなんか終わってるよ。ルールもよく分かんないし。」




「3歩以上歩いたらダメなんだよ。」




「それは分かる。」




「シュートが入ったら2点、白い白線の外からシュートが入ったら3点。」




「それも分かる。」




「じゃあ大丈夫だよ。元バスケ部の私がいるし。」




「そう言えばそうだよね。私はいないものとして考えて。」




「何言ってんの。パス回すからね。」




「いいって、回さないでよ。私動けないってば。」




「いいからいいから。櫻井さん、体育の成績下がっちゃうよ?」




「いいよもう。体育は諦めてるから。」




「まあまあ、そう言わずに。」




元バスケ部という事もあり、藤代の動きは1人だけ群を抜いていた。そして話していた通り、藤代は本当に櫻井へ何度もパスを回した。櫻井はヘトヘトになりながらも、何とか出来る限り対応した。何度もトラベリングを先生に取られたのだった。




「ちょっと、本当にパスいいから⋯!」




「あはははは。櫻井さん、パス来た時の顔必死過ぎるでしょ。」




「だから出来ないんだってば。」




「まあまあ。今後バスケ教えて上げるよ。」




その言葉に、櫻井はドキッとする。




「い、いいよ別に。バスケ上手になりたいわけじゃないから⋯。」




「1ON1しよ。」




「話聞いてる?」






体育の時間が終わり、昼休みの時間になった。皆急いで着替え、昼食の準備を始めだした。櫻井は座席に座り、持参した弁当をテーブルに出した。




「櫻井さん。」




藤代が手に弁当袋を持って櫻井の席にやって来た。




「ご飯、食べるよ!」




「う、うん。本当に大丈夫なの?いつものメンツじゃなくて。」




「ああ、大丈夫大丈夫。気にしなくていいから。」




「⋯分かった。何処で食べる?」




「付いてきて。」




「えっ?」




「だから、付いてきて。」




藤代は手招きをして、教室を出た。櫻井は言われるがまま弁当を手に取り、藤代の後を追った。藤代はずんずんと廊下を歩いて行く。彼女が何処に向かっているのか、櫻井は次第に気付き始めた。





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