第6章
目的地のカフェへとやって来た藤代と櫻井は、入り口を抜けるとそのままレジへと直行した。タイミング良く、並んでいる他の客はいなかった。
「桃の、これでお願いします。」
藤代はメニューを指差しながら、すぐに注文を伝えた。
「櫻井さんはどうする?」
「お、同じで。」
「ねえ、何か食べようよ。私チーズケーキにしようかな。」
「じゃあ私もチーズケーキで。」
「私と一緒でいいの?」
「うん⋯チーズケーキ好きだから。」
注文を終え、それぞれ代金を支払うと、あっという間に注文の品が2人の前に差し出された。トレイを持って空いている席に座ると、藤代はすぐにストローに口を付けた。
「美味しいっ。ごめんね、喉渇いてて。」
「ううん、いいの。」
そう言うと鈴村も同じ様に口を付けた。
「あ、美味しい。」
「これにして良かったね。今回の新作は大当たりだ。」
藤代は嬉しそうに笑顔を作った。その笑顔に鈴村はまた見惚れていた。カフェに来る道中、何気ない学校の話をしていたはずだが、櫻井は何を話したか全く覚えていなかった。藤代とここまで長時間2人きりで話した事は初めてだった事もあり、櫻井は既に大幅に体力を消耗していた。心が落ち着かず、常に鼓動が高ぶっているような状態であった。
「ありかとう櫻井さん。カフェ、付き合ってくれて。」
「いいの。むしろ⋯なんかごめん。」
「何で謝るの?」
「いやその⋯。私と接点なんかほとんど無いのに。友達と来るんじゃ無かったの?」
「そりゃ来る事もあるかもね。」
藤代がチーズケーキを小さく切り、口に運ぶ。
「話したかったんだよ、櫻井さんと。」
「私と?」
「うん。」
「そうなんだ⋯。」
「私の事をいつも見てる人と。」
「だ、だからそれは⋯。」
「ちょっと櫻井さん、慌て過ぎ。別に怒ってないから!」
「うん⋯。」
「私に、何か言いたい事でもあるのかなって。」
「そう思ったの?」
「うん。」
図星だった。櫻井は藤代と話したかった。仲良くなりたかった。
「言いたい事⋯。」
櫻井が俯く。
「えっ、何か深刻な事?」
「ううん!そうじゃないよ。ごめん。」
「なら良かった。同じクラスメイトなんたから、何でも言ってよ。私だって気になるし。」
「その⋯。」
「うん。」
「私と、友達になって欲しいの。」
「えっ。」
櫻井は顔を真っ赤にしながら、藤代の事を見つめた。
「友達になってって言われたの、初めてだよ。」
「ごめん⋯。」
「櫻井さん、謝りすぎ。一緒にカフェ来てるんだよ?もう友達だよ。」
「そ、そうなのかな。」
「テーブル見てよ。飲み物も食べ物も一緒なんだよ?周りから見たら仲良しだよ、私達。」
藤代は先程より大きく切り分けたチーズケーキを頬張った。櫻井はここに来て、ようやく少しだけ緊張がほぐれてきたようだった。
櫻井もようやく自分のチーズケーキを口にした。まさかこんな展開になるとは、櫻井は当然微塵も思っていなかった。しかし、これは嬉しい誤算だった。藤代と、2人きりでカフェにいる。その事実が堪らなかった。
「櫻井さんは、友達になりたくて私の事を見てたってこと?」
その質問に、櫻井は一瞬口を噤んだ。
「うん。そう。」
「いつから?」
「えっ。」
「いつからそう思ってたの?」
「いつからって⋯いつだろう。」
「面識があるのは今のクラスになってからだよね。今が9月だから⋯。」
「そんなの覚えてないよ。」
「ふーん。」
嘘だった。櫻井はこれまでずっと藤代の事を見てきた。いつから彼女の事を意識し出したのかも、ハッキリと覚えていた。しかし、それを藤代に告げる事はしなかった。
「話したい事があるのかなと思って、今日意を決して給食の時間誘ったのに。」
「だって気まずいよ⋯。私だけグループ違うし。」
「グループ。そう、グループねぇ⋯。」
藤代がストローをゆっくりと搔き回す。
「何かあるの?」
「ううん、別に。私気にしないんだけどな。」
「それは藤代さんだからだよ。」
「どういう事?」
「藤代さん、人気者だもん。」
「そんな事ないよ。」
「そんな事あるよ。陰キャの私からしたら、藤代さんは陽キャだもん。」
「陽キャ!私陽キャなの!?」
「自覚ないんだね。」
「無いよ。無い無い。私、陽キャじゃないよ?」
「少なくとも、周りはそう見てないと思う。」
「そうなんだ。私なんて全然なのに。」
そう言うと藤代は残ったチーズケーキを1口で食べ切った。
「正直言うとね、私も櫻井さんと友達になりたかったんだ。」
櫻井が驚きの表情を浮かべた。思わず握っていたフォークが落ちそうになる。
「な、何で?」
藤代は優しく笑みを浮かべ、櫻井の瞳を真っ直ぐに見つめた。
「私の事をずっと見てくる子だよ?普通に気になるよ。それに⋯櫻井さんやっぱり可愛いもん。」
「止めてよそれ⋯可愛くないってば。」
櫻井は穴があったら埋まりたくなるほど恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして、目を潤ませた。そんな櫻井の事を見て、藤代は声を出して笑った。
「ごめんごめん。もう言わないから許して。」
「もう⋯可愛くないから、本当に⋯。」
そう言うと櫻井はチーズケーキをばくばくと口に運んだ。
駅の改札を通った先で、2人は立ち止まった。
「櫻井さん、今日はありがとう。カフェに付き合ってくれて。」
「ううん。こちらこそ誘ってくれてありがとう。」
櫻井は周りを伺うように、視線を動かした。
「どうしたの?」
「同じ学校の人に、見られてないかなって。」
「学校の最寄り駅なんだから、見られても仕方ないでしょ。というかまだそんな事気にしてるの?」
「だって⋯。」
「大声で叫ぶよ?今ここで。」
「ちょっと止めてよ!」
「嘘だよ。櫻井さん、慌て過ぎ。」
櫻井のあまりの慌てように藤代は可笑しくて笑うしかなかった。
「じゃ、じゃあ私はこっちのホームだから。」
「うん。じゃあまた明日ね。」
「うん⋯。」
櫻井は藤代に背を向け、改札に繋がるエスカレーターへと歩き出した。エスカレーターに乗る直前、後ろを振り返ると、藤代はまだそこに立っていた。目が合うと、彼女は小さく右手を振ってきた。櫻井もそれに応えて、小さく右手を振り返した。
駅のホームで立って待っていると、櫻井は今日の急展開をようやく実感してきた。藤代と放課後に遊びに行くなんて、夢にも思わなかった。逆に明日からどう接したらいいんだろうかと櫻井は頭を悩ませた。するとスマートフォンが振動した。誰かからのメッセージ。確認すると、先程連絡先を交換したばかりの藤代からだった。
『正面を向かれよ!』
文章を読み、顔を上げて正面を向くと、少し離れた反対側のホームに藤代が立っていた。丁度櫻井の真正面に立ち、スマートフォンを持ちながら櫻井の事を見て微笑んでいた。
『今日はありがとう。』
櫻井はすぐに返信した。それに気付いた藤代も、すぐに返信した。
『こちらこそ。明日からもよろしくね。また何処か遊びに行こう!』
その文章を見て、櫻井は自然と笑顔になった。少しすると、電車が櫻井のいるホームへ入って来た。乗車して窓際まで進み、外を確認すると、藤代はまだ櫻井の事を見ていた。また手を振っている。応えるように、櫻井も小さく手を振り返した。
電車が出発し、櫻井の事を見送ると、藤代は深く息を吐いた。
「晩御飯、今日は何作ろうかな。」
藤代は小さく呟いた。




