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第4章

都内某所の小さなテナントビルの1角。そこに祓禍衆ふつかしゅう東京支部の事務所があった。小さな事務所スペースには、デスクが2つ向き合う形で並べられており、窓際にもう1つのデスクが置かれている。そのデスクに座る黒岩茂くろいわ しげるは、ホットコーヒーをすすりながら、朝刊の新聞を読んでいた。




「おはようございます。」




事務所の扉が開き、神谷が出社して来た。




「おお、おはよう。昨日はお疲れ様。」




「ありがとうございます。」




「大丈夫だったか?」




「はい。鈴村に進行を任せました。大丈夫でしたよ。上手くやってました。口は悪いですが。」




「そうか。なら良かった。」




神谷は自分のデスクに鞄を置くと、事務所の角に置かれたコーヒーメーカーに向かい、側に置かれた自分のマグカップに溜まったコーヒーを注ぎ始めた。




「おはようございまーす。」




鈴村が眠そうな目を擦りながら事務所に入ってきた。




「おはよう。」




「おはよう。遅刻するだろうなと思ってた。」




「何でですか。」




「昨日の今日だから。」




「まあ正直ギリギリでした。」




「聞いたぞ。進行したんだろう?」




「はい。しました。」




「良かったらしいな。相変わらず口は悪かったそうだが。」




「もう神谷さん、すぐ言うんだから。」




「素が出でんだよ。普段の素が。真実の姿が。」




神谷はデスクに座り、デスクに置かれたノートパソコンの電源を入れ、コーヒーを飲み始めた。




「そうか素か。なら仕方ないな。最近の若者は怖いなあ。」




「黒岩さん違いますから。私の素はプリティガールでスーパー良い子ですから。」




「ふーん。」




「へー。」




男性陣が鈴村の事を適当にあしらう。鈴村は目を細めながら神谷の正面にあるデスクに座った。




「昨日の報告書、鈴村が書けよ。」




「えっ、私がですか?」




「そりゃそうだよ。お前が進行だったんだから。」




「私、文章書くの苦手なのに。」




鈴村も文句を言いながらノートパソコンの電源を付けた。




「苦手なら、なおさら書け。練習だ練習。でも不安だから、書き終わったら俺に見せろよ。」




「えー神谷さんの添削厳しーのに。」




「だから見せろ。絶対に見せろ。」




「結局何が憑いてたんだ?その男性に。」




黒岩が尋ねた。




「下位の悪霊ですね。名も名乗りませんでした。」




「私に超失礼な事言ってきたんですよ。ボコボコにしてやりました。」




「そうか。特に予後も大丈夫そうか?」




「大丈夫だと思います。祓われた後にすぐ飲み物も口に出来ていましたし。」




「オッケーオッケー、オッケー牧場。」




「うわあヤバいですよ黒岩さん、それ死語ですよ。」




鈴村がニヤついた。




「えっ、そうなの?」





祓禍衆ふつかしゅう主な仕事は、祓う事である。人々に取り憑いた霊や呪いを文字通り“祓う”のである。たまたま何らかの偶然で憑いてしまった害の無い存在もいれば、故意に取り憑き、取り憑いた人間のみならず周りにも害を振りまく存在もおり、祓う種類は様々だった。人の霊、動物の霊、何らかの守護霊、悪魔⋯これまで祓禍衆は様々な存在と対峙してきた。祓禍衆の存在は自然とこの日本という国では自然と認知されており、これまで様々な所で祓いを行ってきた。とはいえ未だに霊的な存在を信じない人間も大勢いるため、祓禍衆の事を怪しい団体と思う者も少なくは無かった。




祓禍衆の業務は祓う事だけでは無い。祓う業務はそう頻繁にある訳では無く、1週間に1度も無い時もあれば、1ヶ月に1度すら無い時もあった。そのため祓禍衆は普段、霊や邪気が集まるような、いわるる心霊スポットのような所を巡回して、清めの作業を行なっていた。その他にも異変に対する面談希望者の対応、厄除けの儀式や祭りの執行など、業務内容は多岐に渡った。




そして祓禍衆は、全国に様々な支部が存在した。




「青森支部、どうなったんでしょうね。」




鈴村が昨日の報告書を、人差し指でキーボードを押して作成しながら神谷に尋ねた。




「確かに。黒岩さん、どうなったんですか?」




「上手くいったみたいだよ。赤ちゃん、大丈夫だったそうだ。」




「それは良かったです。北海道支部と青森支部の合同呪祓いなんて、そうそうあるもんじゃないですから。」




「私も見たかったです。大変なんですよね?赤ちゃんの時って。」




「大変だよ。赤子に憑くくらい邪悪だから。」




鈴村のテーブルに置かれた固定電話が鳴った。画面には【青森支部】の文字が表示されていた。




「お、噂をすれば。」




鈴村は受話器を取った。




「お疲れ様です、東京支部の鈴村です。あ、昨日はどうも、はい、はい、はい、いえ、こちらは無事、あのお、滞り無く終わりまして。はい、いえいえ、困った時はお互い様です。はい、はい。分かりました、今変わりますのでお待ち下さい。」




鈴村は保留ボタンを押した。




「黒岩さん、青森支部の三上さんです。」




「はいはい。」




黒岩が自分の前に置かれた子機を手に取り、会話を始めた。




「何て?」




「昨日はありがとうございました、助かりましたって。三上さんって1度だけお電話でお話した事あったと思うんですけど、その時に比べて声が疲れてた気がします。」




「そりゃそうだろうな。」




「いえいえ、とんでもありません。神谷が上手くやってくれたようで、ええ。」




黒岩の話し声を聞いた鈴村は立ち上がり、黒岩に対して自分の事を指で差してアピールし始めた。




「あ⋯どうやら鈴村が進行をしたようで。ええ。」




鈴村はほっぺを分かりやすく膨らませながら席に戻った。




「昨日は私ですから。私。もう。」




「別にいいじゃん。」




「何でですか!後輩の活躍をちゃんと知ってもらいたくないんですか!」




「うーん。」




「うーん、って。」




「東京支部は神谷さんだけじゃないって事を知ってもらわないと。」




「カッコいい事言ってるけど、報告書書けた?時間掛け過ぎ。早くしてよ、後輩。」




「だから、文章書くの苦手なんですってぇ。」





報告書の添削を、神谷からこれでもかという程受けた鈴村は、歯を食いしばりながら何とか報告書を完成させた。鈴村はそのままノートパソコンから祓禍衆ふつかしゅうの共通ネットワークを介して、報告書を【東京支部 お祓い記録 2025】にアップロードした。




「黒岩さん、報告書をアップロードしました。確認お願いします。」




「無事、書けたのか?」




「⋯はい。」




「泣いてるのか?」




「⋯泣いてません。」




「なんかほとんど俺の言葉になっちゃいました。」




「神谷さん⋯添削厳しすぎます。」




「そんな事ない。鈴村が書けなさ過ぎる。国語力がなさ過ぎる。文章力がなさ過ぎる。センスがなさ過ぎる。」




「オーバーキルううう⋯えーん、黒岩さん。神谷さんがイジメてきますう。」




「そうだ。この後だが⋯。」




「えーん、この事務所に味方がいないよー。」




「面談の予約がある。」




「えっ、そうなんですか?」




神谷が驚いたように黒岩を見た。




「うん。いなかったもんな2人とも。昨日、急遽入ったんだ。言うの忘れてた。あと20分後くらいにいらっしゃるはずだ。」




黒岩が壁掛け時計を確認する。




「どんな相談ですか?」




「憑依だが⋯詳しくは聞けていないんだ。それしか教えてくれなかった。というか⋯憑依はここでいいんですか?という感じだった。」




「信用してない系かー。私嫌なんですよねー、そっちタイプの人。」




鈴村が気怠そうに口を開いた。




「信用してないというか⋯うーん。」




「何かあるんですか?黒岩さん。」




黒岩は腕を組んで、おもむろに遠くを見つめた。




「電話の感じは、非常に疲弊されている気がしたな。」




「そうですか。」




「神谷。」




「はい。」




「お前、頼むぞ。」




黒岩が真っ直ぐ神谷を見つめた。神谷はその視線から何かを感じた。




「分かりました。」




「ちょっとやだ、待って下さい。この事務所汚いですよ。面談久し振りじゃないですか。」




鈴村が席を立ち上がり、慌ただしくデスク周りを片付け始めた。




「掃除機もかけますよ!」




鈴村は事務所の端に置かれた充電式の掃除機を取りに動いた。




「急にお母さんみたいになるな、鈴村は。」




「ほら!神谷さんは面談で使うテーブルを拭いて下さい!」




「はいはい。」






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