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第39章

「⋯ゆみちゃんは何処?何処にいるの?」




「落ち着いて。」




「ゆみちゃんは何処っ!?」




櫻井が声を荒げた。




「近くにいるよ。でも、今は君と話しがしたい。」




「何を話すの?」




「櫻井さん。君は、本当にこれでいいのかい?」




神谷にそう言われると、櫻井はゆっくりと座席に腰掛けた。




「君が何を思って命を絶ったのか、詳しい事は分からない。でもきっと、辛く悲しい事があったんだろう。」




「あなたに何が分かるっていうの!?私は皆から拒絶された!ゆみちゃんにだって⋯!」




「藤代さんは⋯。」




「いい!?ゆみちゃんは私と一緒なの!邪魔しないで!私達は付き合ってるの!恋人同士なの!」




そう話す櫻井の目には、涙が浮かんでいた。




「君は死を選んだ。だけど、藤代さんは生きて行く事を選んだんだ。辛い道だよ。」




「死んだ私よりも!?」




「だって、君がいないから。」




櫻井は、言葉に詰まった。




「藤代さんが君を失って何を思い、何を考え、これまで生きてきたのか。ただ彼女は、お父さんを悲しませまいと、懸命に生きてきたんじゃないのかな。そして、君の分まで精一杯生きると誓った。」




「私が⋯私が悪いの?」




「彼女の生きる道を奪うなら、君は悪だ。」




神谷は、櫻井の目を見てしっかりと伝えた。




「冥縛は君を利用して、藤代さんに憑依した。でも、このまま冥縛の憑依を許し続ければ、きっと藤代さんは死んでしまう。そして、より多くの人が傷付いてしまう。」




「もう⋯みんな傷付いてる。」




「だからこそ止めるんだよ。君が。」




「⋯あのお方が、私を見つけてくれた。」




「利用するためにだ。騙されちゃいけない。」




「私は⋯。」




「藤代さんが死んでしまってもいいのかい?」




「それは⋯。」




櫻井が涙を流し始めた。神谷は立ち上がり、櫻井の目の前まで歩むと、姿勢を降ろした。




「藤代さんを助けたいんだ。君と一緒に。」




「私は⋯ゆみちゃんといちゃいけないの?」




「そうだ。残念だけど。」




「ううっ⋯うう⋯。」




「お願いだ。」 




「出て行って。」




「櫻井さん。」




「出て行ってええええええええっっっっっ!」






櫻井が絶叫すると、神谷は現実に引き戻された。体がグラつき、神谷は思わず膝をついた。




「神谷さんっ!」




「離してっ!」




櫻井が鈴村の手を引き剥がし、力でまた彼女を吹き飛ばした。しかし、櫻井はその場ですぐに泣き崩れた。




「うぅぅぅぁぁぁうぁぅぅうぅうぁぁぁうぁ。」




「藤代さんを助けたいんだ!」




「うううぅぅぅぅぅ⋯ゆみちゃん。」




「君の力が必要なんだ!櫻井さん!」




「いゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっつっ!」




櫻井は絶叫しながら、走って教室から出て行ってしまった。




「マズい⋯!鈴村!」




「満身創痍、絶対⋯インセンティブ貰うっ!」




鈴村は体を起こし、櫻井の後を追った。




雨がまだ降る中、櫻井は走り続け、校庭に飛び出した。中と外で異なる何かがあるのか、信じられない程時間が経過していた。もう少しで、朝日が登ろうとしている。




櫻井はびしゃびしゃの校庭に座り込んだ。後ろからすぐに鈴村がやって来た。




「待って待って待って⋯ちょっと⋯待って⋯。」




鈴村は呼吸を何とか整えながら、櫻井の前へと回り込んだ。しかし次の瞬間、凄まじいスピードで櫻井が立ち上がり、鈴村の首を掴むと、そのままぐっと彼女の体を持ち上げた。




「あがっ!」




「神谷め⋯ふざけたマネを⋯。」




「冥⋯縛⋯!」




冥縛はギリギリと鈴村の首を締め上げ続ける。




「お前には飽きた。ここで死ね。」




「か⋯はっ⋯。」




鈴村の意識が遠退いていくその瞬間、後ろからやって来た神谷が、冥縛に後ろからタックルをかました。冥縛と鈴村が地面に倒れ込む。




「がほっげほっ⋯!し、死ぬかと思ったぁ⋯!」




「壊・滅・残・呪。」




「げほっ⋯壊・滅・残・呪っ!」




「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ〜!」




「お前は弱い、冥縛。人々を操り、災いを起こしても、所詮お前はただの哀れな存在に過ぎない。」




「神谷ァァァッッッ!」




「さあ、櫻井さん⋯!目を覚ますんだ!」




「覚ましてよいい加減っ!」




鈴村が再び冥縛にしがみついた。耳元で経を唱える。




「ァァァァァァッッッ!!!」




冥縛が鈴村を振り払おうと体を揺らすが、先程よりも力が無い。




「去れ冥縛!去るのだ!」




神谷が大声で唱えた。






藤代が目を覚ますと、懐かしい当時の教室の中だった。夕焼けが、教室の空間をオレンジ色に染め上げる。何故か藤代は、当時の姿をしていた。




「ゆみちゃん。」




後ろから声がした。藤代が後ろを振り返ると、かつての彼女の座席に、人が座っていた。それは、間違いなく櫻井本人だった。




「ちーちゃん?」




「ゆみちゃん。私だよ。」




「うぅぁゎぁぁぁぁぁぁああぁぁぁっっっ!」




藤代は立ち上がり、一目散に櫻井の胸元に飛び込むと、彼女の事を強く抱き締めた。




「ちーちゃんっ!ちーちゃんっ!ちーちゃんっ!」




「ゆみちゃん⋯ゆみちゃん⋯ゆみちゃん。」




2人は、暫くの間抱きしめ合った。




「何でっ⋯何でっ⋯。」




ボロボロと涙を流す藤代を見て、櫻井はそっと彼女の涙を拭った。




「ごめんね、ゆみちゃん。」




「違うの!謝るのは私!ずっと!ずっとちーちゃんに謝りたかったのっ!!酷い事を言っちゃったって!私はっ⋯私はっ⋯!」




「私だって、ゆみちゃんに酷い事をしちゃった。」




「いいの⋯もういいの!私いるよ!ちーちゃんと一緒にいるっ!」




「だけど、ここにいるのは私だけじゃない。」




櫻井は、申し訳なさそうに微笑んだ。




「だけどっ⋯だけどっっ!話したい事が山程あるの!私っ⋯!」




「あの人に言われたの。ゆみちゃんの事を想うなら、こんな事しちゃ駄目だって。」




「駄目じゃない!駄目じゃないよっ!」




「私は、ゆみちゃんを傷付けてたんだね。馬鹿みたい。なんで⋯気が付かなかったんだろう⋯。」




「ちーちゃん⋯。」




「何を話している?」




何者かが、会話に割って入って来た。藤代が振り返ると、そこには真っ黒な姿した、異型の者が立っていた。自分よりも遥かに高い背丈、赤く浮き出た血管、鋭利な長い尻尾、そしてその顔は⋯。




藤代は恐怖で固まり、言葉を失った。




「この人のおかげで、私はゆみちゃんと一緒になれたの。」




「この人って⋯?」




藤代は一気に記憶がフラッシュバックした。自分が何に苦しめられてきたのか、そして今、何が起こっているのかを。




「ちーちゃん。」




「分かってる。」




櫻井は藤代の前に立ち、冥縛と相対した。




「だけど⋯もう止めましょう。」




「何を言っている?」




「ゆみちゃんを、自由にして。」






「自由にするものかああああああああああっ!」




冥縛が大声で雄叫びを上げる。鈴村はついに冥縛から振り払われた。しかし、泥だらけになりながらも、鈴村はすぐに立ち上がった。




神谷は小さな数珠を握り締め、その拳を冥縛の腹部に押し当てた。苦しみの声を上げる冥縛に、神谷は畳み掛けるように言葉を放つ。




「解放世世皆之光ヨ⋯。」




「解放世世皆之光ヨっ!」




鈴村も数珠を握り、神谷に続く。






冥縛はよろめき、教室の中で暴れ始めた。机や椅子が宙に舞うように吹き飛ばされていく。櫻井は藤代の手を引いて、後ろへと下がった。




「ちーちゃん!」




「ここにいて、ゆみちゃん。」




「待って!」




藤代は櫻井の手を離さなかった。




「やだっ⋯離さない!離さないよっ!」




「ゆみちゃん。ごめんね。ありがとう。」




櫻井は藤代の手を振り払い、暴れ狂う冥縛に近付いた。




「もう終わりにしましょう。私はもういい。私達は、ここにいてはいけない。」




「黙らないかっ!あがぁぁぁぁぁぁっっっ!」






冥縛は膝を泥についた。神谷は前から、鈴村は後ろから冥縛の肩を抑え込んだ。




「去れっ!その時だ!去れっ!」




「滅せよ!そして朽ちよ!」




「「解放世世皆之光ヨ。」」






暴れ苦しむ冥縛は、教室内をヨロヨロと動き回り、窓際にぶつかった。その窓は、かつて櫻井が自ら飛び降りた窓だった。櫻井は冥縛に迫るように近付いた。




藤代は嫌な予感がしたが、恐怖のあまり、その場から動く事が出来なかった。




「いいのかっ!?この女と離れる事になるんだぞ!?」




櫻井が藤代の事を見つめた。




「ちーちゃん!」




「大好き、ゆみちゃん。ばいばい。」




櫻井は冥縛の事を、その細い腕でゆっくりと押した。そして教室の中は、藤代だけになった。






「ちーちゃんっっッッッ!!!いやぁぁぁぁっ!」




泥だらけの藤代が、校庭で叫び声を上げた。神谷と鈴村は、そっと拳を彼女から離した。




「うぅぅぅぅぅぅっっっっ⋯。」




「会えましたか?彼女に。」




神谷がそう尋ねると、藤代は顔を上げた。




「⋯はい。はいっ⋯!」




藤代の涙が、朝焼けに照らされて光輝いた。




「お帰りなさい、藤代優実さん。」




鈴村が、その場に仰向けで倒れ込んだ。




「⋯インセンティブ⋯ボーナス⋯いや、危険手当からだな⋯これは。」





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