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第37章

「失礼します⋯!」




後藤は藤代拓也の病室を訪れた。




「後藤君。ん、顔どうしたんだい、それ⋯。」




「お父さん、優実は来ていませんか!?」




「優実?来てないよ。」




「⋯そうですか。」




後藤が肩を落とす。




「いなくなったのかい?優実が。」




「祓禍衆の神谷さんが自宅の方を確認してくれたんですが、やはりいないんです。2階の窓ガラスが割れていて⋯この雨で家の中も雨晒しで⋯。」




「後藤君、落ち着いて。取り敢えず座りなよ。」




後藤は言われるがまま、近くにあった丸椅子に腰掛けた。あまりにも雨に晒されたため、後藤は持参していたハンドタオルで水滴を拭った。




「優実は、やっぱり大変なんだね。」




「すみません。こんな事に⋯。」




「君が謝る事じゃない。」




遠くの方で雷鳴が轟く。拓也はふと、窓の方に眺めた。




「大丈夫だよ。きっと優実は助かる。」




「⋯はい。」




「後藤君、優実の⋯私の妻の話は知っているのかい?」




「⋯知っています。優実から聞いた事があります。」




後藤は項垂れていた頭を上げた。




「優実は、妻と同じような生き方を選択をしたんだと思う。結末は真似しなかったが。まあこれは、私の想像だけどね。」




「どういう事ですか?」




「櫻井さんが亡くなって、優実は深く傷付いた。でも、これからを生きていかなきゃならない。あの子は真面目だ。櫻井さんの後を追う⋯なんて事はしなかった。だから、“本当の”自分を押し殺して生きていく選択をしたんだ。きっと、私の事を心配させないように、思ってくれていた部分もあるんじゃないかな。」




「⋯。」




「正直、優実が君を紹介した時、驚いたよ。」




「男性が来た、って事にですか。」




「うん。優実とそういった話は、あの子が高校生の時以来していなかった。だから、余計に驚いた。君を紹介している時の優実の笑顔は⋯私には無理をしているように感じたよ。すまない、後藤君。」




「いいんです。僕はなんと言うか⋯優実さんが幸せになってくれれば、それでいいんです。彼女が幸せになれないなら、僕は身を引く覚悟があります。」




「後藤君、私は長生きは出来ないと思う。」




「そんな事言わないで下さい、お父さん。」




「そんなすぐって事はないよ。だけど治療は出来ても、完治は出来ない。よく理解しているつもりだ。だから、もしもの時は、君に優実を頼みたいんだよ。」




「お父さん⋯。」




「あの子を⋯1人にしたくないんだ。」






3人は焦っていた。神谷は藤代宅を確認してきたが、やはり彼女はいなくなっていた。




「俺が甘かった。俺のミスです。」




「そう言うな。」




「どうしましょう⋯一体何処に行っちゃったんですかね。」




様々なのサイレンの音が、外から事務所内に飛び込んで来る。強まってきた雨風の音と、鳴り止む事のない雷鳴が、より緊張感を生み出した。




「何処に行った⋯何処に。」




神谷が呟くと、鈴村はすぐに答えた。




「櫻井始のところ。」




「会いたくないから違う。捕まったし。」




「櫻井千鶴の実家。」




「無いよ。とっくの昔に。」




「櫻井千鶴のお墓。」




「自分の墓参りしないだろ。違う。」




「んー⋯じゃあ銭湯。しばらく洗ってないから臭いでしょ。」




「鈴村、お前マジで⋯。」




「ふざけてませんよ!本気で言ってます!」




「落ち着け。」




黒岩が制した。




「落ち着いて考えれば見えてくるはずだ。もし冥縛が、なりふり構わず街で暴れ回ってたら、とっくにニュースになっているだろう。」




「それはそうですね。」




「櫻井千鶴の意思で、どっかに行っちゃったって事ですか?」




「そうかもな。」




すると、ドアをノックする音が響いた。




「失礼しまーす。お疲れ様でーす。」




入って来たのは、白髪をした高齢の女性だった。




「あ、及川さん。よく来てくれましたね。」




「お疲れ様です。」




「お疲れ様でーす。」




「いやいや凄い雨よ!ホント嫌になっちゃう。」




鈴村はすぐにタオルを1枚、及川に差し出した。




「ありがとう鈴村ちゃん。相変わらず、肌がプリプリねぇ。」




「ありがとうございます。」




「及川さん。ちょっと今問題発生中で。」




「あら、何、どうしたの?」




「憑依されてる人が、いなくなっちゃったんです。」




「あらまあ!それは大変だこと!あ、コーヒー貰っていい?」




「勿論です!座って下さい!」




鈴村がそそくさと動き始めた。彼女はコーヒーポットに溜まったコーヒーをカップに注ぐと、鈴村のデスクに腰掛けた及川にすぐ差し出した。




「どうもありがとう。で、どうするの?」




「探すしかないんですが⋯困ってます。」




「神谷君が困るなんて、相当ね。」




及川はコーヒーをすすりながら、窓を眺めた。




「ホント、今日はこれから台風みたいになるみたいよ。ウチの孫娘も、学校が事前休校を決めたとか言ってたわ。」




及川のその言葉で、神谷は察しがついた。




「学校。」




「2人の⋯思い出の場所⋯。」




神谷の言葉を鈴村が補足した。




「思い出の場所であり、命を終わらせた場所だ。」




「そうだ。そうですよ。きっと、高校に行ったんですよ!何だっけ⋯えっと⋯光星高校に!」




「電話する。」




黒岩はパソコンで光星高校の電話番号を検索し、すぐに電話を掛け始めた。




「及川さん凄いです!及川さんのお陰ですよ!」




「あらそうなの?鈴村ちゃん、なんかお菓子あるかしら?」




「お待ち下さい〜!」




「駄目だ、電話が繋がらない。」




黒岩が顔をしかめながら、受話器を置いた。




「学校ですよ?そんな事あります?仮に休校になってたとしても、先生の1人や2人いません?」




鈴村はそう言いながら、個包装のクッキーが詰め込まれたボックスを、及川の前に置いた。




「冥縛は人を洗脳出来る。学校は、もうあいつの手に落ちた可能性がある。」




神谷の言葉に、及川がクッキーを砕く音が重なった。





17時過ぎ。及川は応接室に入り、鈴村の着付けを始めた。黒と白で縫われた専用の法衣を、及川が鈴村に丁寧に着付けていく。




「苦しくない?」




「はい、大丈夫です。」




「神谷君がいるから、大丈夫よ。」




「違いますよ及川さん。私がいるから、神谷さんは大丈夫なんです。」




及川はふふっと笑い声を上げた。




「ごめんなさいねぇ鈴村ちゃん。その通りよ。」






「学校での呪祓いか。」




「黒岩さん、経験あります?」




先に着付けを終えた神谷が、黒岩に尋ねた。外は厚い雨雲のせいもあってか、すでに真っ暗になっていた。




「ない。」




「ですよね。」




神谷が頭を掻く。




「学校、壊しちゃったらすいません。」




「安心しろ。その時は私が腹を切るよ。」




「はい、一丁あがり〜。」




応接室から及川と、着付け終わった鈴村が出て来た。




「相変わらず似合ってますか?黒岩さんどうですか?神谷さんも、この間の簡易法衣より、こっちの方が好きでしょ。」




「うんうん似合ってる。」




「うんうん似合ってる。」




「ここの男性陣は本当に⋯。」




また事務所のドアがノックされた。入って来たのは後藤だった。




「失礼します。」




「後藤さん。これから祓いに向かいます。」




「えっ、優実の場所が分かったんですか!?」




「おそらく光星高校です。」




「なるほど⋯母校に⋯!」




「後藤さんどうですか?私の法衣姿?」




「とってもよくお似合いですよ、鈴村さん。」




「ほら、これですよ正解は。全くここの男性陣と来たら⋯。」




「後藤さんはナンパ師だぞ。」




「神谷さん!いきなりなんて事言うんですか!」




思わず後藤がツッコミを入れた。






18時。必要な道具をそれぞれ鞄に詰め込み、神谷と鈴村の支度が終わった。




「私も一緒に行かせて下さい。」




慌ただしい4人に、後藤が話し掛けた。




「なにで行かれるんですか?」




「⋯滅多に使わない黒いワゴン車で。」




「お願いします。車内で待たせて下さい。」




「後藤さん、危険です。せめてここで待っていて下さい。」




当然、神谷は反対した。




「私は依頼主です。」




後藤が珍しく、強気に出た。




「あんた、名前は?」




及川が後藤を睨見つけた。




「ご、後藤と申します。」




「⋯愛ってやつだね。」




及川は不敵な笑みを浮かべた。




「いいよ、私もこの人と一緒にいるから。」




及川にそう言われると、3人は目を見合わせた。




「及川さんがそう言うなら⋯。でも後藤さん。絶対に車から出ないようにお願いします。」




「分かりました。」






5人は揃って外に出た。まだ雨風は強く、雷鳴も止んではいなかった。近くの駐車エリアに停められた黒いワゴン車に近付き、黒岩は運転席に座ると、ボヤいた。




「運転するの久し振りだから怖いなあ。雨だし。」




及川は助手席に乗り込み、神谷・鈴村・後藤は後ろの席へと乗り込んだ。黒岩はナビで行き先を、光星高校に設定した。




「30分くらいだな。」




エンジンがかかり、ワゴン車がゆっくりと動き出した。神谷は明らかに緊張している後輩に目を付けた。




「ゲームは?」




「はい?」




「ゲーム。」




「⋯忘れました。」




「じゃあ寝ててもいいぞ。」




「寝れません。」




車が激しく燃え上がるビルの近くを通った。消防車はまだ到着していないようだった。




「誰も⋯亡くなってないですよね?」




「分からない。」




鈴村が怯えている事を、神谷は当然感じ取っていた。乗り越えろ鈴村、乗り越えろ。神谷はそう心で呟いた。




ワゴン車が闇夜を進んで行く。車内では誰も喋らず、皆がそれぞれの方法で心を落ち着けていた。




「後藤さん、鼻は大丈夫ですか?」




限界が来たのは鈴村だった。




「大丈夫ですよ。本当にすいませんでした。」




「いえいえ。」




「どうしたの?」




及川が尋ねた。




「後藤さん、操られて私を襲ったんです。」




「⋯すいません。」




「あらまあ、そうなの!?大丈夫。また何かあったら、私がぶん殴るから。まかせときな。」




及川が右手の拳を見せ付けた。





学校まであと少しという所だった。神谷と黒岩は気配に気が付いた。




「やっぱり正解だ。光星高校にいる。」




「いるな。」




「気配が大きくなってる。」




「それって⋯どうなんですか?」




後藤が鈴村に話しを振る。




「ええっと⋯ヤバいって事です。」





午後19時。黒いワゴン車は、光星高校の正門近くで停車した。




「ここでいい。これ以上は危ない。」




「そうですね。」




「ふぅーーーーーーーーーっ!」




鈴村が大きく息を吐いた。




「鈴村。」




「はい。」




「いけるな?」




「いけます。」




「よし。黒岩さんも、よろしくお願いします。」




「うん。気を付けろ。」




神谷と鈴村は鞄を背負い込んだ。




「神谷さん、鈴村さん。どうか⋯どうか優実をよろしくお願いします。」




「⋯後藤さん。藤代さんに、なんて言って婚約したんですか?」




神谷が、らしくない質問を後藤にぶつけた。




「えっ。」




「聞きたいそれ!ナイス質問、神谷さん。」




後藤は恥ずかしそうに、言葉を捻り出した。




「『お、俺の1番大切な人です。ずっと、側にいて下さい』と⋯。」




「⋯素敵なプロポーズですね。」




神谷はそう言うと、鈴村と目を合わせた。




「よしっ!いってらっしゃい!」




及川が声を掛けた。




「いってきます。」




「いってきます!」




神谷と鈴村がワゴン車を降り、光星高校に近付いていく。黒岩達は、そんな2人の背中を見送った。神谷と鈴村の体に、容赦なく雨風が吹き付ける。1歩ずつ、2人は確実に戦場へと歩みを進めて行った。






「さて、私も行かなきゃな。」




「黒岩さんは何を?」




「冥縛が学校から出られないように、結界を張るんですよ。」




「そ、そんな事が⋯。」




「にしても、この雨。大丈夫?黒岩さん。」




及川が黒岩を気遣うが、黒岩はいやいや大丈夫と軽く手を振った。




「部下が命を賭けている。私も賭けなきゃ。」




そう言って黒岩はワゴン車を降り、何処かへと消えていった。残された後藤と及川は、ただそこで待つしかなかった。




「後藤さん、でしたっけ?」




「そうです。」




「これは長丁場になるかもね。覚悟はいい?」




「⋯はい。」




「愛だねぇ⋯愛。」




及川がサイドガラスをふと見ると、遠くの方で何人かが、雨の中を立っている。そしてワゴン車の事をじっと見つめているようだった。後藤もその存在に気が付いた。




「あれは⋯。」




「大丈夫。私がいるから。安心して待とうじゃないか。可愛い後輩達が帰ってくるのを。」



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