第27章
数日後、後藤と藤代はショッピングに出掛けた。ショッピングモール内を歩き回り、2人がそれぞれ見たい物を見て回った。藤代の事を気にしていた後藤だったが、あれから特におかしな事は起こらなかった。
「休憩にカフェでも入ろうか。」
「うん、いいよ。」
後藤は彼女を連れて、モール内にあるカフェに入った。
「よろしければ、ご注文をお伺いします。」
「えーどうしようかな。」
藤代が注文を悩んでいる時だった。メニューを見ながら注文を悩んでいた彼女は、急に男性店員の顔を凝視した。楽しそうな表情は消えていた。
「明日、あなたの彼女は死にます。」
藤代はその男性店員に向かってそう呟いた。後藤は驚いて彼女の手を引き、直ぐ様カフェから飛び出した。
「ちょっと優実!何言ってんの!?」
藤代は真顔のままだったが、徐々に表情に感情が戻って来た。
「⋯あれ、私何を。」
「優実!」
「悟さんどうしたの?カフェで休憩するんじゃ無かったの?」
「優実は疲れてる。間違いない。」
帰り道を歩きながら、後藤は藤代に伝えた。何があったのかを聞いていた藤代は明らかに落ち込み、気が滅入っていた。
「疲れてないよ。本当に⋯。私⋯どうしちゃったんだろう。」
「病院に行ってみたら?」
「病院って、何科にかかればいいの?」
後藤は心療内科と言いかけたが、止めておいた。
「お父様の事もある。気が付いていないだけで、疲労が溜まってるのかもしれないよ?」
「お父さん⋯また近い内に顔を見に行かなきゃ⋯。」
「優実。」
「大丈夫だから。本当に⋯。」
「大丈夫な人が、いきなりあんな事言わないよ。」
後藤の言葉に腹を立てたようだったが、藤代は自分を抑えてそのまま歩みを進めた。
「第一段階ですね。」
話を聞いていた神谷が後藤に説明した。
「憑依状態は通常、いきなり完成しません。徐々に媒体になる肉体に影響が出て来ます。ポルターガイスト現象や、おかしな事を発言したりする事は、憑依ではよくあります。」
「そうなんですね⋯。」
「憑依しようとしている存在が、媒体の肉体を慣らしているような時期です。それが第一段階、憑依の始まりです。」
「では彼女はこの頃から、その存在に目を付けられ始めたという事ですか?」
「そうだと思います。自分でも、自分が何をしてるのか認識出来ないのです。藤代さんもそうだったのでしょう。」
リビングでテレビを見ていた後藤の耳に、藤代の悲鳴が聞こえてきた。後藤は直ぐ様立ち上がり、浴室へと向かった。
「優実!どうしたの!?」
浴室から返答が無かったため、後藤は扉を開ける事にした。
「開けるからね!?」
後藤が浴室を開けると、藤代がその場でしゃがみ込んでいた。シャワーは出たままだった。後藤から見た感じでは、特に異変は見られなかった。
「何!?どうしたの!?」
「シャワーから血が出てきたの!」
「そんな事ある訳ないじゃないか!」
「本当なの!血が体に⋯あれ⋯あれ⋯?」
後藤は浴室に入るシャワーを止め、藤代に寄り添った。
「優実⋯やっぱり病院に行こうよ。普通じゃないよ。」
「普通じゃないとか言わないでっ!」
藤代は叫び声を上げると、後藤を跳ね除け、びしょ濡れの裸体のまま浴室を飛び出した。後藤はすぐに体制を立て直し、彼女を追った。
「優実!」
藤代はリビングの真ん中で立っていた。頭を下げ、大きく項垂れながら硬直していた。
「優実⋯何してるの⋯服を着よう。」
「嬉しいでしょ?裸の方が。」
姿勢はそのまま、藤代が答えた。
「取り敢えずバスタオルを持ってくるよ。」
「そんな物よりもコンドームを持ってきてよ。今すぐ私とセックスしましょう。」
そこに立っているのは藤代ではない、後藤はそう感じた。彼女の言葉とはとても思えなかった。そして次の瞬間、藤代はとんでもないスピードで後藤に飛び掛かった。後藤がその勢いで仰向けに倒れ込むと、藤代は彼に馬乗りになった。
「私が動いてあげるよ。どう?どう?どう?」
「優実⋯何してるんだ⋯!」
藤代は後藤に馬乗りになったまま、彼の顔スレスレに自分の顔を近付けた。
「こんな男の何処がいいの?」
まるで別人になったように藤代が呟くと、彼女は気を失ったように目を瞑り、後藤に倒れ込んだ。
その後、藤代は後藤の付き添いの元、東都脳神経内科クリニックを受診した。藤代は身に覚えのない発言や行動、記憶の欠如など、自らの異変をありのままに伝えた。後藤も彼女の異常行動の数々を出来る限り伝えた。しかし、どれだけ検査をしても病巣は見つからず、藤代の体から異常は発見されなかった。それどころか、受診する科はここではないのではないか、と担当医師から告げられてしまう始末だった。
「悟さん、本当にごめんなさい。」
藤代は疲弊しきっていた。眠れぬ夜が続き、記憶を失くす頻度が増えていた。後藤から見ても、時々藤代は異常な行動を繰り返していた。声を掛けても返事が無く呆然としている、異常な程ブラックコーヒーを飲み続ける、寝室の真ん中で無言のまま立ち尽くす⋯それでも後藤は藤代の側に居続けた。
「大丈夫だよ。きっと良くなる。」
「私⋯本当にどうなっちゃったんだろう。」
「それは⋯分からないね、本当に。」
「あれだけ検査したのに、何も異常が無いなんて。」
「だけど異常が無いのはいい事だよ。」
「そうかもしれないけど、私は安心出来ないよ。」
後藤は怯える藤代の手を取った。
「側にいるよ。何があっても。」
「そんなにセックスがしたいの?」
藤代にそう尋ねられ、後藤は直ぐ様彼女の顔を見た。
「優実⋯。」
「答えてよ、悟さん。」
藤代は後藤を嬉しそうな笑顔で覗き込むように彼の事を見つめていた。後藤は思わず彼女の隣から立ち上がった。
「優実。」
「どうしたの?何故立ち上がったの?シたいんじゃないの?」
そう言いながら藤代は自分の胸元に手を這わせ始めた。後藤はまた藤代が異常な行動を取り、普段とは異なる言動を始めた彼女を警戒した。
「お前はこの女を満足させられるのか?」
藤代から聞いた事のないよう声が出てくる。その表情は不気味な程歪み、薄ら笑いを浮かべていた。次の瞬間、テーブルに置かれていたグラスが粉々に砕け、電球の明かりが点滅し、後藤は急な冷気を感じた。そして気が付くと、後藤の目の前から藤代の姿か消えていた。
「優実⋯!」
部屋中を見渡しても藤代の姿はなく、後藤は困惑したが、すぐにベランダに人影か見える事に気が付いた。ゆっくりと窓を開けると、藤代は右手で手すりに触れながら外をじっと眺めていた。
「何をしてるの?」
後藤が声を掛けても、藤代は微動だにしなかった。
「優実、部屋に戻ろう。」
「痛かっただろうなあ。苦しかっただろうなあ。」
藤代がボソボソと呟く。
「えっ?」
「頭から一直線、痛かっただろうなあ、うふふ。脳みそがぐちゃぐちゃ、苦しかっただろうなあ、うふふ。」
「早く部屋に戻ろう。」
「本人に聞いてみるか。その瞬間、どうだったのか。」
後藤は藤代が何を話しているのか、全く理解出来なかった。しびれを切らした後藤は、藤代に近付き、彼女の腕を掴んだ。
「誰に触っている!」
藤代が大声を上げたかと思うと、後藤は物凄い力を体に受け、部屋の中へと吹き飛ばされた。藤代に触られた訳ではないのに、まるで誰かに押し付けられた様な感触を後藤は味わった。苦悶の表情を浮かべ、後藤が窓の方に視線を向けると、藤代がベランダから仁王立ちになって彼の事を見つめていた。
「どうやらこの小娘は怒っているようだぞ、お前に。」
「⋯小娘?」
「男のお前に触れられるのが我慢ならんらしい。」
「優実⋯何を言って⋯。」
「俺は優実じゃない!分かるだろう!?」
再び部屋明かりが点滅する。気が付くと藤代は部屋の床に倒れていた。後藤はすぐに藤代に近付き声を掛けた。彼女は涙を流していた。
「⋯嘘⋯ありえない⋯なんで⋯!」
「優実⋯しっかり⋯。」
「嘘だ嘘だ⋯。」
藤代は混乱し、怯えているようだった。
「⋯ちーちゃん。」
「ちーちゃん。」
後藤がぽつりとそう呟いた。
「ちーちゃん?」
神谷が何かを思い出したかのような後藤を見て、直ぐ様尋ねた。
「そうだ⋯優実は、“ちーちゃん”と呟いた事があります。」
「ちーちゃん⋯櫻井千鶴の事ですかね?なんかあだ名っぽくないですか?」
そう言うと鈴村はスマートフォンを取り出し、何かを検索し始めた。
「確かにその可能性はあるな。」
「“さくらい ちづる ちーちゃん”では何も検索に引っ掛かりません。」
「これは、藤代さんの交友関係を調べてみる必要がある。後藤さん、今藤代さんと同棲している家に、何か彼女の交友関係に繋がる物はありますか?」
「無いと思います。あるとすれば、彼女の実家です。」
「つまり、今彼女がいる部屋ですね。」
「そうです。」
「では、やはりお話するべきです。そして彼女の事を聞くしかありません。」
「⋯優実のお父様に、ですね?」
「そうです。」




