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第24章

「は?」




中川は櫻井をじっと睨み、声色を低くした。




「だから古い人なんだよ、中川さんは。うちのお母さんと同じ。古い人。笑っちゃう。」




櫻井は半笑いになりながら、中川を見つめた。




「櫻井さん、喧嘩売ってるの?」




「どっちが?」




2人は睨み合ったままでいたが、中川は櫻井が小刻みに震えている事に気が付き、鼻で笑った。




「ウケる。私の後ろ姿、ジロジロ見ないでね?私そっちじゃないから。」




そう言うと中川は姿勢を正面向きに戻した。櫻井は何とか震えを抑え、小さく息を漏らした。藤代は一切彼女の事を見ていなかった。少しすると中川は席を立ち上がり、教室を出た。その事に気が付いた藤代も席を立ち上がり、彼女の後を追った。





中川が個室トイレのドアを開けると、手洗い場には藤代が待っていた。




「ゆーみんじゃん。まさか待ち伏せ?止めてよ、トイレしてんのに。」




そう言いながら中川は手を洗い、ハンドタオルで手を拭きながら鏡に写った藤代を見た。彼女は中川を睨んでいた。




「ねえ朝から止めてよ。私、さっきから睨まれ過ぎなんだけど。」




「何を言ってたの。」




「何が?」




「そういいのいいから。」




「別に。ゆーみんの彼氏、じゃなかった。彼女に喧嘩売られただけ。マジムカつくわ。」




「絶対に瑞稀でしょ、喧嘩売ったの。」




「売ってないって。」




中川は藤代に面と向かって答えた。




「私、分かんないんだよね。何でゆーみんが櫻井さんとデキてんのか。全然タイプ違うじゃん、ゆーみんと。何がいいわけ?何がゆーみんを興奮させた訳?」




「ちーちゃんには構わないで。」




「ちーちゃん!ちーちゃんって呼んでんだ!へえー。ちーちゃん。ちーちゃんかあ。」




「何で、こんな事するの⋯?」




「こんな事?」




「みんなにバラしたでしょ。私達の事。」




「何の話?」




「瑞稀。」




「証拠あんの?ゆーみん酷くない?何なの?」




「瑞稀がそんな人だとは思わなかった。」




「私もだよ。ゆーみんがそんな人だと思わなかった。本当に驚いてるよ。ゆーみん可愛いのに⋯男子からも人気あるのに⋯何で彼氏作らないんだろってずっと思ってた。そしたら⋯ねー。そっちだったとは。」




「何が悪いの?」




「悪いとか言ってないじゃん。」




「言ってるようなもんじゃない。」




「言ってないって。ただまあ⋯なんだろ⋯ちょっとキモいよ。」




藤代はその言葉を聞いて、唖然とした。そんな藤代など知らぬ顔で、中川はトイレから出て行った。




「キモい⋯。」




藤代は呟くと、胸が締め付けられるような苦しみを感じ、その場でうずくまってしまった。するとトイレに誰かが入ってきた。櫻井だった。




「ゆみちゃん大丈夫!?」




櫻井がすぐに藤代に駆け寄ったが、藤代はすぐに立ち上がった。




「大丈夫。」




「ゆみちゃん⋯。」




「ちーちゃん、何で今トイレに来たの?」




「えっ⋯。」




「今トイレに来たら、クラスのみんながまた何か言うよ。藤代の後を櫻井が追ったぞ、って。しかも瑞稀と入れ替わり⋯絶対言われる。」




藤代にそう言われ、櫻井は戸惑い、不安を露わにした。




「⋯ごめん。そこまで⋯考えてなかった⋯。」




「考えてよ。考えないと。」




「ゆみちゃんと、もしかしたら話せるかもと思ったから⋯。私、今スマートフォンが壊れてて⋯。」




「こんな所誰かに見られたらどうするの?」




「誰かに見られたらいけないの?」




藤代は言葉に詰まった。




「何で⋯見られたらいけないの?」




「分かるでしょ。」




「分からない。」




「止めてちーちゃん。」




「嫌。」




「誰かに陰口を言われたり、笑われたり、私は嫌なの。辛いの。だから今はちーちゃんの側にはいたくないの。」




側にいたくないと言われ、櫻井は耳を疑った。




「側に⋯いたくない?」




「落ち着いて考えたいんだよ。これからの事を。だから分かって。」




そう言うと藤代は櫻井を置いてトイレを後にした。残された櫻井は呆然となり、いきなり個室トイレに駆け込み、ドアの鍵をかけた。櫻井は激しく嘔吐し、咳込んだ。






藤代が教室に戻ると、やはりクラスメイト達は彼女が戻ってきたと言わんばかりにザワついた。藤代は着席すると、何も見聞きしていないフリをした。中川がこちらを見ながらコソコソと誰かと話し、笑っている事にも彼女は気が付いていた。




櫻井も教室に戻って来た。真っ青な顔で着席した彼女に、中川は前を向いたまま呟いた。




「トイレは個室だからねー。2人きりで何をしてたんだろーねー。それにしても早いねー。そんなもん?女同士って。」




その言葉を聞いても、櫻井は何の反応もしなかった。




『ちーちゃんの側にはいたくないの。』




その抽出された言葉が、櫻井の頭を完全に支配した。





4時間目の体育の時間。バスケットボールのグループ決めが行われている時に、藤代は櫻井がいない事に気が付いた。教室で着替えている時は、間違いなくいたはずだった。藤代は先生に尋ねた。




「先生すみません⋯櫻井さんって何処にいるか分かりますか?」




「具合が悪いって、早退したぞ。」




「えっ。」




放課後に櫻井と話そうと決めていた藤代は、自分の言葉が足りなかった、もっと落ち着いて話せば良かったと後悔した。メッセージを送ろうにも、彼女のスマートフォンは壊れているため、どうする事も出来なかった。






櫻井が自宅に戻ると、すでに朋子が帰宅していた。




「おかえり。」




早退の連絡を受けて、彼女もパートの仕事を早退していた。




「また早退。学校で何かあったんでしょ。」




「⋯お母さんには関係ない。」




「あんたが早退するから、私も早退したの。関係ないはないでしょ。」




「⋯うるさい。」




「どうせ誰かに何か言われたとかでしょ。そんなんで体調崩してたら、この先どうするの?どうやって生きていくの?逃げ続けるの?」




「うるさいっ!」




櫻井が叫んでも、朋子は冷静だった。




「あんたには無理よ。弱いあんだか、風当たりの強い世界でやっていける訳がない。もういい加減にしなさい。藤代さんとはどうなったの?」




「⋯。」




「ちゃんと別れなさいよ。あんたのためにも、絶対に。幸せになんかなれないんだから。」




櫻井は無言で自室へと向かった。朋子もそれ以上何も言わなかった。






その夜、櫻井は藤代の事を想っていた。混乱し、不安だったばっかりに酷い対応をしてしまった事を、藤代は心から悔やみ反省していた。明日、櫻井は学校に来るだろうか。来て欲しい。謝らせて欲しい。そしてこれからの事を2人で話し合いたい。藤代の気持ちはそれだけだった。彼女はスマートフォンの中に入った、2人が写った沢山の写真を見つめながら、明日に期待した。




「ちーちゃん⋯。」




藤代はベッドで横になりながら、ほとんどした事のない自慰行為に及んだ。そうする事でしか、自分を慰める事が出来なかった。




「ちーちゃん⋯ごめんね⋯ちーちゃん⋯。」




藤代は小声で彼女の名前を呼び続けた。






翌朝、登校した藤代は教室で櫻井の事を待っていた。他人の目など気にせず、2人で話そうと心に決めていた。しかし、いつまで経っても櫻井は教室にやって来なかった。朝のホームルームが始まってしまい、藤代は彼女は今日、学校に来ないと考えた。そう考えただけで、藤代の気持ちは落ちた。




1時間目の数学の授業が始まり、10分が過ぎた頃だった。教室前方の扉が開いた。櫻井だった。藤代は驚いて彼女の事を見た。顔色は青白く、様子がおかしい事はすぐに分かった。間違いなく自分のせいだと、藤代は心が痛んだ。櫻井は先生に指示されると、ゆっくりと歩いて自分の席に着席し、鞄を机の横にかけた。たまらなく彼女と話しがしたい。藤代の気持ちはそれだけだった。早く授業が終わる事を願い、いつもよりも時計の事を気にした。




着席した櫻井は、机の上に教科書類を一切出さず、真っ直ぐに前を見つめていた。彼女の背中を。そして机の横にかけた鞄に手を入れた。




中川は何が起こったのか分からなかった。背中に衝撃を受けたと同時に、胸の中で何かが広がるような感触を味わった。体幹がおかしくなり、体の力が抜けていく。声を出す事も出来ず、中川はバランスを崩して、床に倒れ込んだ。彼女の背中には、深々と包丁が突き立てられていた。




中川が倒れ込んだ事に驚いた近くのクラスメイトは、彼女の背中に突き立てられた包丁にすぐ気が付いた。何が起こったのか分からない者もいたが、悲鳴を上げる者もいた。教室にいる全員が、中川の方を向き、異変に気付き始める。




藤代が中川の方を向いた次の瞬間、櫻井が立ち上がり、真横にある窓を開けた。そして後ろを振り返った。藤代は櫻井と目が合った。




「え。」




藤代の目には、もう櫻井の姿は映っていなかった。教室内で多くの叫び声が鳴り響く。皆が席を立ち上がり、騒然とし始めた。藤代はその場で固まり、窓の方に見つめ続けた。




「落ちた!」




「飛び降りたぞ!」




「マジかよ⋯!?」




クラスメイトの声が聞こえてくる。藤代はようやく、櫻井が自ら死を選んだ事に気が付いた。藤代の絶叫が教室を貫いた。祓禍衆ふつかしゅう東京支部に所属する神谷潤と鈴村明日香が、後藤悟の依頼を受けて彼女と出会う12年前の事だった。








「こんにちは。」




神谷が窓際に立ち、外を眺める女性に声をかけた。




「初めまして、神谷潤と申します。こっちは同僚の鈴村明日香です。」




鈴村はじっと女性の背中を見つめた。




「今日は婚約者の後藤悟さんに依頼されてお邪魔しました。お話しさせて頂いてもよろしいですか?」




神谷がそう問い掛けると、彼女は振り返り、祓禍衆ふつかしゅうの2人組を見た。




「ゆみちゃんは渡さない。ゆみちゃんは私の物。」




優しく微笑みながら、藤代の中にいる何者かが宣戦布告した。






           【ホラー小説】




          祓えるか、我を。

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