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第23章

 リビングへと通された藤代は、ダイニングテーブルに案内された。




「どうぞ。」




朋子が温かいお茶が入った器を藤代の前に置いた。




「ありがとうごさいます、すみません。急にお邪魔してしまって。」




「いいえ。」




朋子は藤代の前に座ると、ゆっくりと藤代の事を見つめた。




「美人さんね、藤代さん。スラッとされてて。」




「そ、そんな事ないです。ありがとうございます。」




藤代の横に座った櫻井は、朋子に彼女の事を紹介した。




「彼女が⋯私が⋯お付き合いしてる人。」




その言葉を聞いて、朋子は黙り込んだ。藤代にも緊張が走る。




「本当なの?藤代さん。本当にこの子と?」




「はい。千鶴さんと、お付き合いをさせて頂いてます。」




藤代は真っ直ぐと朋子の目を見て答えた。




「あなた達は⋯あなた達は本当にそうなのね。レズビアンって事でしょう?」




「はい、そうです。」




藤代がハッキリと答えた。櫻井は藤代の存在が、心の底から頼もしかった。




「失礼だけど、藤代さんの親御さんはこの事をご存知なの?」




「知っています。」




「それで⋯何と言っているの?」




「考えた上で、自由にしなさいと言われています。」




「そうなの⋯。」




朋子は少しだけ驚いたようだった。




「お母さん、お願いだから分かって欲しいの。私達の事。私達は真剣なの。真剣にお付き合いしてるの。」




「高校生が何を言っているの?お付き合いと言っても、まだお遊びの範疇でしょう?」




朋子の言葉に、藤代はすぐに反応した。




「お遊びじゃありません。」




「藤代さん、残念だけど周りはそうは見ないの。」




朋子は優し諭しながらも、目は笑ってはいなかった。




「高校生の若い娘2人が、それっぽい事を言って、自分のセクシャリティを語って、それが何?あなたは達はこれからどうしていくつもりなの?どれだけあなた達が訴えた所で、世の中はあなた達の事を“普通”だとは思わないの。“普通”じゃない事を選ぶのはは、とんでもなく苦しい事なの。千鶴も藤代さんも、自分の将来の事を考えていないでしょう。」




2人は黙って朋子の言葉を聞いていた。その迫力に、言い返す事が出来なかった。




「冷静になって。それを選ぶ事で、自分達がどうなるのか。」




「お母さんの考えは古すぎる。」




千鶴は重い口を開いた。




「何で理解してくれないの?」




「理解してる。理解してるから言ってるの。その大変さを理解してないのは、あなた達。」




「どうしてお母様がそこまで仰るのか、私には分かりません。」




「藤代さん、後ろ指を指されながら生きていく覚悟はあるの?」




藤代はそう言われて、今日の学校でのクラスメイト達の事が頭を過ぎった。




「耐えられるの?」




「⋯みんながみんな、そうじゃないはずです。」




「それはそうだと思う。でも、私は千鶴は耐えられないと思うの。」




「何それ。」




「千鶴。私はあなたの母親よ?あなた事をよく理解してる。あなたは打たれ弱い。とっても弱い。そんなあなたが、他の人とは違う生き方なんか選んで、やっていけると思ってるの?」




「私は⋯弱くない⋯。」




「弱いでしょ。自分でよく分かってるでしょ?昨日、私と少し話しただけで、食が通らなくなるくらい弱いじゃない。藤代さんもそう思ってるわ。」




「私は千鶴さんが弱いだなんて、思っていません。」




「でもこの子、今日学校を休んだわ。」




「そんな事、誰にだってあります。」




「お母さんは⋯。」




千鶴が声を荒げた。




「お母さんはどうして欲しい訳?」




「2人も冷静になって。一時の盛り上がりで、難しい道を選ばないで。普通でいて。」




「お母さんの普通は、私達にとっての普通じゃない!」




「あなた達の普通が異常なの!目を覚ましなさい!覚まして!!」




朋子がテーブルを強く叩いた。




櫻井は号泣していた。藤代も涙を零していた。




「藤代さんの親御さんだって、自由にしていいと言っても、普通がいいに決まってるわ。孫の顔が見たくないと思ってるの?」




「お母さんっ!!」




櫻井が泣きじゃくりながら、叫んだ。藤代は急に立ち上がると、涙を拭って朋子を見た。




「もう⋯結構です。お邪魔しました。」




藤代は小走りで玄関に向かい、家を出て行ってしまった。




「待ってゆみちゃん!」




「別れなさい、千鶴。」




そう言われると、櫻井は真っ赤に純血させた目で、朋子の事を睨み付けた。






藤代は肩を落とし、早足でエレベーターに乗り込んだ。彼女が1階のボタンを押し、ドアが閉じかけたその瞬間、櫻井が走ってエレベーターの中に飛び込んだ。




「ごめんごめんごめん、ゆみちゃんごめんなさい、本当にごめんなさい⋯!」




櫻井は涙を目に溜め、藤代にすがりついた。




「凄い⋯凄すぎるよ⋯あんな人⋯まだいるんだね⋯私、無理。無理だよ。」




藤代は笑いながら涙を流していた。




「ごめんごめんごめんごめんごめん⋯。お母さんの事なんか⋯あんな人の事なんか気にしなくていいから。」




「それは無理。」




エレベーターが開くと、藤代はそこから飛び出した。櫻井は彼女にぴったりとくっついて後を追った。2人は歩きながら言葉を交わした。




「無理って⋯?」




「ちーちゃんのお母様だよ?どんな人だろうと無視する事なんか出来ない。」




「でもでも⋯!」




「ああ⋯本当に参ったよ。お母様の目を見た!?本気だよ。本気で言ってた。」




「私がっ⋯私が何とかするからっ⋯!」




「何とかって!?あそこまで本気でちーちゃんの事を考えてる人なんだよ!?」




マンションを出ても、藤代は歩く足を止めなかった。




「考えてないよ!お母さんは私の事なんか⋯私達の事なんかこれっぽっちも考えてない!」




「それは違うと思う。考えてるよ。考えて、考えて、本気で心配してるんだよ、ちーちゃんの事を。私にはどうする事も出来ない!」




「ちょっ、ちょっと待ってよゆみちゃん!」




櫻井は走って藤代の前に飛び出した。




「どうしてお母さんの味方をするの!?」




「味方なんてしてないよ!」




藤代は初めて怒鳴り声を上げた。櫻井は思わずびくっと体を震わせた。




「私達が選ぼうとしてる道は、きっと険しいの!分かってたけど、分からないフリをしてた!でも、ちーちゃんのお母さんに言われてそれじゃダメだって分かったんだよ!」




「そ⋯そうかもしれない。だけどそれが何?2人で一緒にいればそれだけで良い⋯!」




「そうはいかないんだよちーちゃん!」




「何でよ!?」




「生きていかなきゃいけないの!そんな中、周りの目を気にしないなんて、そんな事ちーちゃんに出来る!?今日だって、学校に来なかったじゃん!私が今日どんな思いで学校いたか⋯どんな目にあったか⋯何で私を1人にしたの!?ほら、いきなり周りの目からちーちゃんは逃げたじゃない!お母様に言われて気が付いた!強くないといけないって!ちーちゃんは弱いでしょう!?耐えられるの!?学校に来られるの!?」




櫻井はそう言われて、黙り込んだ。藤代からそんな事を言われるとは思ってもみなかった。




「ちーちゃんと一緒にいたいよ。でも私達はまだ未成年なの。親の言う事を無視する訳には行かないでしょう!?」




「ゆみちゃんはどうしたいの!?どうなりたいの!?お母さんに言いくるめられて、むしゃくしゃしてるだけじゃない!」




「むしゃくしゃしてない!」




「してる!」




「現実を初めてちゃんと見てるの!私は私のお母さんみたいになりたくないの!苦しみたくないんだよ!」




「今いない人の話なんてしないで!」




「いない人なんて言わないで!ちーちゃんはお母さんと話せる!相談出来る!でも、私は出来ないの!一生出来ないの!」




「あんな母親と私が相談する事なんてないよ!私とゆみちゃんの敵だよ!?」




「でも母親だよ!ちーちゃんの事を想ってるの!考え方が違くてもそうなの!」




「なんなの!?なんなのゆみちゃん⋯。」




「⋯私、帰る。帰るから⋯!」




藤代はまた早足で歩き始めた。




「ゆみちゃん待ってよ!」




「ついてこないでっ!」




藤代が叫び、櫻井は歩み出せなかった。どんどん藤代との距離が離れ、あっという間に見えなくなった。彼女は1人ぼっちになった。





櫻井はおぼつかない足取りで自宅へと戻った。戻るしかなかった。リビングには、まだ朋子がダイニングテーブルの前に座ったままだった。彼女は朋子の事を真顔のまま見つめた。




「藤代さんは?」




「うるさい黙って。」




朋子は顔を震わせて、声を荒げた。




「何ですって!?」




「うるさいっ黙ってっ!」




「千鶴っ!」




「お母さんのせいよっ⋯お母さんのせいで⋯みゆちゃんがおかしくなった!お母さんのせいでっ!」




「何言ってるの!?私のせいじゃない!」




「はあ!?何言ってるの!?どう考えてもお母さんのせいじゃない!この差別主義者!」




朋子は立ち上がり、声を上げる彼女の頬を強く叩いた。




「何てこと言うのっ!」




櫻井はそのまま無言のまま、自室へと走って行った。部屋に入り、扉を閉めると、スマートフォンを確認した。藤代からの連絡は無かった。櫻井は必死の形相で彼女にメッセージを送った。




『ゆみちゃん、ごめんなさい。』




メッセージに対して何の反応も無く、櫻井は空虚な画面を見つめ続けた。涙は止め処なく流れ続け、まるで世界が崩壊したような絶望を櫻井は抱いていた。




「ゆみちゃん⋯ゆみちゃん⋯ゆみちゃん。」




櫻井は彼女の名前を呟き続けた。スマートフォンには何の反応も無かった。もし藤代に嫌われてしまったら⋯そう考えただけで櫻井は、どうにかなってしまいそうになった。櫻井は部屋の壁に座ったままもたれ掛かると、膝を曲げ、右手で下着の中に手を入れた。いつもより激しく、指を動かし、刺激を求めた。




「ゆみちゃんゆみちゃんゆみちゃんゆみちゃん。うぅぅっっ⋯。」




櫻井の涙が枯れる事は無かった。彼女を想い、求め続けた。






仏壇の前に座り、母親の写真を見つめながら藤代は涙を拭っていた。




「お母さん⋯どうしたらいいんだろう⋯やっぱり難しいんだね、女の子を好きになるのって。」




藤代はスマートフォンにメッセージが来た事には気が付いていたが、それを見ようとはしなかった。今は1人になりたかった。




『“普通”じゃない事を選ぶのはは、とんでもなく苦しい事なの。』




朋子の言葉が、藤代の頭の中で繰り返し流れていた。現実を突き付けられた様な、そんな感覚だった。今日の学校でのクラスメイトの様子が、その現実を表しているように感じた。藤代は朋子に言い返せなかった事が悔しく、言われた言葉を何処か飲み込んでいる自分に腹が立った。




好きな人と一緒にいる事が、どうしてこんなに難しいのか。藤代はうずくまり、深く息を吐いた。






櫻井は藤代のスマートフォンにメッセージを送り続けていた。




『ゆみちゃん、返信して。』




『連絡待ってる。』




『私はゆみちゃんが好き。だから連絡して。』




『お願いだから、電話に出て。』




どんなメッセージを送っても、藤代からの連絡は来なかった。櫻井はついにスマートフォンを部屋の床に叩き付けた。画面にヒビが入り、粉々になった。彼女は真っ暗な部屋の中でその場に立ち尽くし、拳を強く握り締めた。




「ゆみちゃん⋯何で?」




ドアがノックされた。




「千鶴。ご飯、どうするの?」




「いる訳ないでしょ!」




藤代はドアに向かって叫んだ。




「やっぱり子供じゃない。」




聞こえる声量で捨てゼリフを吐き、朋子はリビングへと戻っていった。






翌朝、櫻井の姿は学校にあった。スマートフォンが壊れ、連絡がつかなくなったため、藤代と話がしたかった。あれから両親とは一言も話さず、櫻井は逃げ出すように家を出て、登校した。そんな訳はないのに、他の生徒達が皆、自分の事を見ているような気がした。それでも櫻井は勇気を出して、教室へと向かった。




櫻井が教室に入った瞬間、視線が彼女に集まった。彼女はなんとか表情を変えずに、自分の席に向かった。藤代は既に着席していたが、まだ櫻井の事に気が付いていないようだった。彼女に近付けば、また必ず視線が自分に集中するのは分かりきっていた。それでも、藤代と話がしたかった。彼女は机に鞄をかけると、藤代の元に向かった。




「ゆみちゃん。」




「ちーちゃん⋯。」




他のクラスメイト達が2人の事を見た。分かりやすく話し声や笑い声が2人の耳に入ってきた。




「ゆみちゃん、どうして昨日⋯。」




「ごめん。今は止めて。話し掛けないで。」




藤代にそう言われ、櫻井は思わずまた涙を流しそうになった。感情をぐっと堪え、櫻井はすぐに自分の席へと戻った。




「おはよー。あれ、櫻井さんだ。」




中川が登校して来た。櫻井の前の座席に座ると、すぐに彼女へ話し掛けてきた。




「体調悪かったの?大丈夫?」




「⋯。」




「無視?」




「ご、ごめん⋯!体調は大丈夫。」




「そっかそっか。良かったー。私、心配したよ。なんか悪い事しちゃったのかなと思って。」




「そんな事⋯。」




「だよねだよね。私なにもしてないもん。レズかどうか聞いただけだし。」




「中川さん⋯。」




「別に恥ずかしい事じゃないじゃん。ねえ?あははは。私、恋バナ好きなんだよ。だから聞きたいだけ。ゆーみんとの事。」




「⋯話したくない。」




「なんでよ。」




「なんでって⋯。」




「2人でどんな事してるか聞きたいの。デートとか、ふふっ⋯どんなエッチしてるのかとか。」




中川がニヤつきながら、わざとらしく小声で櫻井に話し掛けた。櫻井は思わず中川を睨み付けた。




「は?なに睨んでんの?」




櫻井はすぐに視線を下げた。




「ごめん⋯!睨んだわけじゃ⋯。」




「今完全に睨んだじゃん。傷付くー。やっぱり変な人が多いの?私そっちじゃないから、なんか怖くて。」




櫻井は感情を押し殺す事に必死だった。藤代を見たが、こちらを向いておらず、まるで気にしないフリをしているようだった。




「中川さんは⋯あれだね。」




「なに?」




「考えが古い人なんだね。」




櫻井がそう言うと、中川から笑顔が消えた。



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