第2章
佐々木健太の家に入った瞬間、神谷と鈴村は家に流れるどんよりとした空気を感じた。2人は直感的に、間違いなくここにいると確信した。
「どうされました?」
「いえ、何でもありません。」
奥から女性がやって来た。とてもやつれた表情を浮かべている。
「こんにちは。健太の妻の桜子と申します。」
「神谷と申します。」
「鈴村と申します。」
「さあ、どうぞお上がりください。」
居間に案内された2人は、用意された座布団に座り、慌ただしくキッチンで準備する佐々木夫妻を見守った。
「おかまいなく。」
「せめてお茶でも。少々お待ち下さい。」
鈴村は座ったまま、天井を見上げていた。
「分かるか?」
「はい、分かります。」
「いけそうか?」
「うーん。何とも。」
「頼りないな。」
「実際に見てみないと。」
神谷も鈴村と同じ様に天井を見上げた。佐々木健太はそんな2人の姿を見て、苦しそうな表情を浮かべた。
「ちょうど、この居間の真上なんです。」
佐々木桜子が2人に温かい緑茶を淹れながら呟いた。
「そうですか。そうだと思いました。」
「どうぞ遠慮せず。和菓子もありますので。」
「和菓子⋯。」
鈴村がテーブルの真ん中に置かれた和菓子の入った器に手を伸ばした瞬間、神谷がその手を叩いた。
「お気遣いありがとうございます。」
佐々木夫妻は横並びに、2人の前に座った。
「改めまして、祓禍衆東京支部の神谷潤と申します。」
「鈴村明日香と申します。」
「遠い所よく来て下さいました。お礼申し上げます。」
佐々木夫妻が頭を下げる。
「実は、まだよく分かっていないんです。息子の身に何が起きているのか。正直、神谷さんと鈴村さんが所属する祓禍衆についても何がなんだか。」
「そうですよね。無理もありません。」
「何処から我々の事を?」
鈴村が尋ねながら、和菓子に手を伸ばした。神谷は再び彼女の手を叩いた。
「私の両親が近くに住んでいるんですが、数十年前にお世話になった事があると。まだ私が産まれる前の事です。」
佐々木健太が答えた。
「そうだったんですか。ご両親は?」
「⋯孫に会いたくない。見たくないと。」
「なるほど。お茶、頂きます。」
神谷は茶碗を手に取り、茶を啜った。それを見た鈴村は軽く咳払いをすると、堂々とテーブルの器から個包装の饅頭を手に取り、封を開け食べ始めた。
「では、早速拝見させて頂きます。」
「その前にこれまでの経緯をお話致します。」
「何故です?」
神谷がそっと茶碗を置いた。
2階へ登り、とある部屋の扉の前で佐々木健太は立ち止まった。
「この部屋です。」
「分かりました。お父様は奥様と居間でお待ち下さい。終わりましたらお声がけしに戻ります。」
「では⋯お任せして大丈夫ですか?」
「大丈夫です。」
鈴村が力強く答えた。
「そうですか⋯分かりました。よろしくお願い致します。」
そう言うと佐々木健太は下の階へと戻っていった。残った神谷と鈴村はじっと部屋の扉を見つめた。
「いいな?」
「はい。」
先頭の神谷が扉に手を掛け、部屋へと入った。8畳はあろうかという部屋の中は、床に物が散乱しており、壁もまるで引き裂いたかの様な切り傷が無数に付けられていた。窓際に置かれたシングルベッドの上で、1人の男性があぐらを組んで座り込んでおり、部屋に入ってきた神谷と鈴村の事を凝視した。後から入った鈴村はすぐに扉を閉めた。
男性はいわゆる部屋着のような格好をしていた。白いTシャツにグレーのスウェット。所々服が傷んでいるように見えた。髪はボサボサで、両手の爪は異様に伸びていた。神谷と鈴村は横並びになって、男性と向かい合った。
「こんにちは。」
神谷が男性に声を掛けた。
「神谷潤と言います。」
男性は一瞬、じろっと神谷の事を見た。
「佐々木祐貴、だった者だ。」
男性が目線をあちこちに飛ばしながら答えた。
「なるほど、面白い。じゃあ今は誰なんだ。」
男性はケタケタと笑い始めた、
「誰だと思う?貴様の想像もつかない存在だ。」
「いや、大体想像がつく。」
鈴村が会話に割って入った。
「おお、いい女だな。俺が抱いてやろうか?」
男性は鈴村の事を舐め回すように視線を動かした。鈴村はしかめっ面になり、舌を出した。
「結構。間に合ってる。」
「嘘を付け。分かるぞ。」
「どれくらいの期間、彼の中にいる?」
「さあ。」
「これからも彼の中にいるつもりか?」
「知るか。」
「教えてくれ。」
そう神谷が尋ねると、壁に亀裂が入り、大きな音が鳴った。男性はまた笑い出すと、膝に右腕をついて、手で顎を触りだした。
「貴様達に何が出来る?何しに来た?こいつは俺の物だ。俺の物なんだ。帰れ。とっとと帰れ。今すぐ帰れ。」
「そう言われて帰るわけには行かない。はるばる東京から来てるんでね。」
次の瞬間、床に転がっていたライトスタンドがいきなり壁に衝突し、砕け散った。男性は野獣のような目つきと表情を浮かべ、息を深く吐き、神谷と鈴村の事を威嚇した。
「分かった。もういい。」
神谷は部屋を出ようと後ろに下がったが、鈴村はその場から動かなかった。
「鈴村。もういい。」
「このゴミクソ野郎が。」
鈴村が捨てゼリフを吐くと、男性はニヤリと口角を上げた。
1階の居間に戻った神谷と鈴村は、すぐに佐々木夫妻の元に戻った。
「ありがとうごさいました。確認しました。」
神谷はそう答えると、再び夫妻の前に座った。鈴村も同じ様に座ると、再び和菓子の1つを手に取った。
「確認というのは⋯。」
佐々木健太が不安そうに神谷に尋ねた。
「祐貴さんは憑かれています。」
「憑かれているというのは⋯その。」
「悪霊の類です。」
神谷かそう答えると、夫妻は顔を見合わせた。信じられないといった様子だった。
「信じられないですか?」
饅頭を頬張りながら、鈴村が尋ねた。
「い、いえ。そういう訳では。」
「本当ですか?」
鈴村は夫妻の事を睨むように見た。
「息子さんは憑依されています。お2人は分かっているはずです。祐貴さんがこれまで何をしてきたか。村でも噂になっているのでは?」
鈴村の言葉に、夫妻の表情が曇った。
「信じるか信じないかはお2人にお任せします。それで、どうしますか?ご希望されるなら、今すぐ呪祓いを始めますし、ご希望されないのならこのまま失礼します。ご両親であるお2人が決断して下さい。」
神谷の言葉に妻の桜子が涙を流し始めた。
「⋯お願い致します。息子をどうか⋯助けて下さい。」
「分かりました。それではすぐに準備を始めます。申し訳ありませんが、空いている部屋をお貸し頂けますか?」
1階にある広めの和室に案内された神谷と鈴村は、玄関に置いてあったスーツケースを運び込んだ。
「態度に棘があるな、お前は。」
「えっ。」
スーツケースを開いていた鈴村が驚きの声を上げた。
「だってだって、ここまできて信じないなんておかしいじゃないですか。たぶん、村の中で色々問題を起こしてきてるはずですし。」
「だとしてもだ。お前はまだ若いんだから、態度には注意しなさい。社会人としてのマナーだ。」
「しゃ、社会人ですか?」
「そうだ。」
「社会人⋯。」
「仕事なんだから当然だ。祓禍衆は社会の一部。自覚しろ。」
「神谷さん、先生みたいですね。まさかそんな事言われるとは思いませんでした。」
「あと、お前饅頭食べ過ぎ。」
「いいじゃないですか。出して頂いたんですから。」
そう言うと鈴村はスーツケースから巾着袋を引っ張り出した。
「さて、神谷さん。そろそろ出て行って下さい。着替えるので。それとも私の着替え見たいですか?」
「今すぐに高速で出て行く。」
神谷はそそくさと和室を出て行った。
「なんか傷つくなあ。」
悪態をつきながら、鈴村は服を脱ぎ始めた。




