第1章
神谷潤は時折車窓に映る景色を眺めながら、買っておいた駅弁を口に運んでいた。東京駅から新幹線で新青森駅までは約3時間ほど。まだ残り2時間は掛かる。
隣の席に座る鈴村明日香はとうに駅弁を食べ終え、デザートのプリンを食べ始めようとしていた。
「食べるのが早い。」
「えっ。」
「もっと咀嚼して食べろ。」
「してますよ。神谷さんが遅いんです。」
プリンを頬張りながら、鈴村が答える。
「まだ掛かりますよね?お菓子も買っとけば良かった。」
「太るぞ。」
「まだ若いんで大丈夫です。」
神谷はスマートフォンを取り出し、改めて依頼内容を確認し始めた。
「お幾つの方でしたっけ?」
「23歳と書いてある。」
「じゃあ私とタメです。」
「鈴村も、もう23か。」
「何ですか、急に。」
「別に。」
「今回は私が進行でいいんですよね?」
「いいよ。」
「任せて下さい。」
鈴村はプリンを一気に食べ終わると、深呼吸をしながら深く席に沈み込んだ。
「俺がいるから大丈夫だ。」
「それじゃ神谷さん1人でよくなっちゃうじゃないですか。」
「うん。」
「うんって。」
「経験は誰にでも必要だよ。大丈夫、本当に任せるから。」
「分かりました。じゃあ⋯。」
鈴村は手元の鞄から黒いアイマスクを取り出した。
「寝ます。」
それを素早く取り付けると、鈴村は座席を少し後ろへと倒し、手を前に組んで動かなくなった。
「そっち側で寝られると、トイレに行きづらいんだよな。」
神谷はそう呟くと、再び外の景色へと目をやった。
青森出張は久し振りだった。
神谷と鈴村が乗る東北新幹線は、定刻通り新青森駅へと到着した。それぞれスーツケースをガラガラと引きながら、2人は駅のホームへと降り立った。
「お腹空きましたねぇ。」
「嘘だろ。」
駅内を進みながら、鈴村はチラチラと売店を観察していた。神谷はそんな鈴村を無視して、足早に駅の外を目指した。
外に出ると、空模様が曇天なのがはっきりと分かった。すぐにでも雨が降ってきそうな厚い雲が、空一面を覆っていた。
「天気予報、雨マーク出てませんでしたよ、青森。」
「駅で傘を買うべきか、否か。」
「荷物になっちゃうんで、私買うの嫌です。」
そう言うと鈴村はロータリーを見渡し、タクシー乗り場に停まる1台のタクシーに向かって歩き出した。
「行きましょう、神谷さん。」
鈴村はタクシーに近付き、合図を出した。後部座席のドアが開く。
「すいません、スーツケースがあるんでトランク開けて貰ってもいいですかあ?」
鈴村とタクシーの運転手のやり取りを見つめながら、神谷はギリギリまで傘を買うかどうかで悩んでいた。
「まあいい。降ったら鈴村のせいにしよう。」
「ご乗車ありがとうございます。どちらまで?」
運転手の白髪の男性が2人に尋ねた。
「どちらまで⋯どちらまでですか、神谷さん。」
「何だよ。住所知っときなさいよ。えーと⋯。」
神谷は再びスマートフォンを取り出し、メッセージを確認し始めた。
「取り敢えず、新煌村という所に行きたいんですが。」
「新煌村?遠いよ?1時間は掛かるよ?」
「行けます?」
「行けるけど、いいの?」
「構いません。お願いします。」
ゆっくりとタクシーが動き出した瞬間、ポツポツと小雨が降り出した。雨粒がタクシーのフロントガラスをピシピシと叩く。
「降ってきちゃいましたね。」
「お前のせいだな。」
「何で?」
山々に囲まれた道をタクシーが進んでいく。雨は小雨から本降りに変わり、止む気配は無かった。神谷は目を瞑って腕を組み、軽い瞑想をしていた。鈴村は持参した携帯ゲーム機を熱心に触り、度々小さく舌打ちをしていた。
「鈴村。」
「はい。」
「大丈夫か。」
目を瞑ったまま神谷は尋ねた。
「大丈夫です。あと何回かやれば倒せます。」
「馬鹿、ゲームの話じゃないよ。」
「⋯大丈夫です。これが私なりの集中方法なんで。」
「⋯ならいい。」
神谷は再び瞑想を始めた。鈴村が触るゲーム機のボタン音だけが車内に響く。次第に周りの自然が濃くなってきた。目的地の新煌村まではあと少しだった。
新煌村にタクシーが到着したのは、午後の2時過ぎのことだった。幸い神谷と鈴村が外に出た時には、本降りになっていた雨はピタリと止んでいた。
「タクシーって高いですね。経費じゃなかったらどうしようかと思いました。」
鈴村が文句を垂れる。神谷はそんな彼女の事を無視して、降り立った道からその先の方を見渡した。辺りは山々に囲まれ、木々が覆い茂っているが、道沿いには多くの一軒家が立ち並んでいる。
「行くぞ。」
「神谷さん、道分かってるんですか?」
「いや、分からん。でもこっちだろ。」
そういうと神谷は目の前の道を歩き始めた。すると神谷は、すぐ近くの家屋の前で箒を掃く女性が自分達の事をじっと見ている事に気が付いた。神谷は方向を変え、その女性の方へ歩み寄った。
「こんにちは。」
「こんにちは。珍しいですね。観光ですか?」
「いえ、用事がありまして。」
「そうですか。彼女さんですか?」
鈴村が呆気に取られ、すぐに訂正した。
「ち、違いますよお。違います違います。」
「失礼ですが、佐々木健太さんのご自宅をご存知ですか?」
神谷がその名前を出すと、女性は明らかに顔を曇らせた。
「佐々木さんですか?知っていますけど⋯。」
「それは良かった。地図は持っているんですが、よく分からなくて。お手数ですか、道を教えて頂けますか?」
「何をしに行かれるんですか?」
女性の反応は、佐々木健太の家で何が起こっているのかを理解しているようだった。神谷は女性を気遣い、優しく微笑んだ。
「大丈夫です。安心して下さい。すぐに良くなりますから。」
女性に教えられた道を神谷と鈴村が10分ほど歩くと、目的の家が見えてきた。2階建ての家屋で、しっかりとした門構えが歴史を感じさせる。表札には【佐々木】の名が刻まれていた。
「ここだ。」
2人は立ち止まり、家を見上げた。
「立派なお家。こういう所の家って、虫とかどうなんですかね。やっぱり多いんですかね。」
「多いだろうな、東京に比べりゃ。」
「私、虫、無理です。」
「俺も無理だ。」
そう言うと神谷は家に近付き、備え付けられた家のインターホンを押した。音が鳴り、少しすると声が返って来た。
『はい。』
「御免下さい。祓禍衆の神谷と申します。」
『ああ⋯!少々お待ち下さい。』
数秒後、玄関先から男性が1人現れた。門を開くと神谷と鈴村に頭を下げた。
「お待ちしておりました。佐々木健太と申します。遠い所、足を運んで頂きありがとうございます。お疲れでしょう。」
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらは同じく祓禍衆の鈴村です。」
「こんにちは。鈴村と申します。」
「こんにちは。ありがとうございます。さあ、どうぞこちらへ。」
佐々木健太に連れられ、2人は家の中へと通された。




