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第19章

 3学期が始まった。正月ボケがまだ抜け切らない櫻井は、眠い目を擦りながら、授業の準備を始めていた。藤代は前回の期末テストの結果が相当悔しかったらしく、3学期は本気で勉強すると櫻井に対して宣言していた。次の中間テストは勝負になるかもと、櫻井は予想していた。




「ねえ、櫻井さん。」




櫻井の前の座席に座る中川が、彼女に話し掛けてきた。




「あけおめ。」




「あけおめ。」




「ねえねえねえ。」




中川は裏しそうに笑顔を浮かべていた。




「⋯どうしたの?」




「櫻井さん、一昨日、成田山にいなかった?」




櫻井は硬直した。咄嗟に返事が出来なかった。まさか見られていた?そうでなければ、こんな事を聞いてくるはずが無い。やばい。どうしようどうしよう。櫻井は動揺を何とか隠し、何とか言葉を捻り出した。




「成田山?」




「うん。」




中川の目は、櫻井から見て輝いて見えた。もはや確信犯にしか見えなかった。




「行ってないよ。」




櫻井は嘘をつく事を選択した。認めなければどうとでもなる。以前、藤代が言った言葉を思い出していた。




「あれ、本当に?行ってない?」




「うん、行ってないよ。」




「⋯そうなんだ。」




「どうして?」




「私その日に家族で成田山に行ったの。櫻井さんの事を見かけたと思ったんだけど。」




櫻井は必死に顔を作った。震えないように、冷や汗が出ないように、涙が出ないように踏ん張った。




「気のせいじゃないかな⋯。」




「あれれー。絶対そうだと思ったのに。」




「⋯違うよ。違う違う。」




「ゆーみんと一緒にいたでしょ。」




「⋯いないよ?」




「ゆーみんの腕に抱き着いてたじゃん。」




「違うよ。」




「私びっくりしたよ。あれっ!ゆーみんと櫻井さんじゃん!って。声を掛けようと思ったけど、2人ともあまりにもベタベタだったから、空気読んだんだよ、私。」




「違うよ。」




「恋愛のおみくじ引いてたでしょ?私かなり近くにいたのに、2人とも全然気が付かないんだもん。」




「違う。」




「櫻井さん、無理あるって。」




「何を言ってるの?」




「そっちこそ何言ってんの?」




中川は固まる櫻井に顔を近付けて、小声で尋ねた。




「まさか⋯ゆーみんと付き合ってんの?櫻井さんって、そっち?」




「何を話してるの?」




気が付けは藤代が櫻井と中川の目の前に立っていた。藤代は肩を震わせていた。




「あ、噂をすれば、ゆーみんだ。」




「噂?瑞稀と櫻井さんは私の噂話をしてたの?」




藤代は当然、櫻井の異変を察知していた。彼女の顔は青ざめており、今にも泣き出しそうだった。




「瑞稀、何を話してたの。」




「ゆーみんと櫻井さんの事だよ。」




「何の事?」




「まあ怪しんではいたけどね。でも、まさかって思ってたから。」




「だから、何の事?」




「付き合ってんでしょ?櫻井さんと。私見たもん。一昨日、成田山で。」




藤代は表情を変えず、その場に立ち尽くした。




櫻井は机に出してあった教科書類を机の中にしまい、鞄を持って立ち上がった。




「私⋯早退する⋯。」




そう言うと櫻井は足早に教室から出て行った。




「行っちゃった。あれじゃ完璧にクロじゃん。」




「瑞稀、私は⋯。」




「ゆーみんって、そっちなんだね。レズだっけ?レズビアン?」




「止めて。」




「しかも櫻井さんとって。ウケるんだけど。いつから?いつから付き合ってんの?」




「⋯。」




「答えてよ。ねえ、もうヤッた?櫻井さんとヤッたの?」




「怒るよ?」




「女通しのセックスってどんな感じ?やっぱり手とか口とかをいっぱい使う感じなの?」




藤代は右手で中川の頬を叩いた。さすがに周りのクラスメイトが異変に気が付き始めた。




「いっ⋯たっ⋯。は?何すんの?」




中川が大きめの声を上げた。藤代は息を荒げて、叩いた右手を触った。




「ご⋯ごめん⋯。」




「何なのマジで。は?暴力とか最悪。」




「⋯ごめんなさい。」




「ゆーみん、引くんだけど。マジで気持ち悪い。手出すとかあり得ないんですけど。」




藤代は泣きそうになりながら、小走りで自分の席に戻ると、鞄を持って教室を飛び出した。教室内がザワつき始めていた。






櫻井は混乱しながら学校を飛び出し、目的地を定めずに歩いていた。パニック状態に陥っており、何も考える事が出来なかった。ただ、涙をボロボロと流していた。スマートフォンが振動し、櫻井はゆっくりとそれを確認した。藤代からの電話だった。




「⋯もしもし。」




「ちーちゃん、今何処にいるの?」




「⋯ここは⋯何処だろう⋯よく分かんない。」




「落ち着いて。何処にいるか教えて?」




「⋯ゆみちゃん⋯バレたよ⋯バレちゃった⋯私、私達⋯どうしよう⋯。」




「⋯落ち着いて、ちーちゃん。」




「⋯中川さんに⋯見られてた⋯ごめん⋯私が⋯成田山に⋯行こうなんて言ったから⋯!」




「⋯後ろ見て。」




櫻井は後ろに振り向いた。そこにはスマートフォンを耳に当てた藤代が立っていた。




「どうして⋯?」




「偶然だよ。本当に偶然。こっちの方かなって思って。私達はやっぱり赤い糸で結ばれてるね。」






2人は近くにあった公園のベンチに座り、途方に暮れていた。




「⋯バレちゃった。」




「瑞稀に見られるとは。よりによってって感じ。」




「⋯どうしたらいいんだろう。」




「私ね。さっき瑞稀の事をビンタしちゃった。」




「ビンタ!?な、なんでそんな事⋯!」




「不愉快な事言われたから。我慢出来なくて、つい⋯。」




「⋯どうなったの?中川さんと。」




「どうもなってないよ。キレられただけ。状況が悪化したら多分私のせいだ。」




「⋯そんな事ないよ。」




しばらくの沈黙。櫻井は明日からどんな顔で学校に行けばいいのか、そればかりを考えた。年明け早々災難だと、がっくりと気を病んでしまった。




「今日⋯これからどうしよっか。」




藤代がボソッと呟いた。2人は学校を無断で早退してしまっており、間違いなく保護者に連絡が行く事は分かっていた。




「⋯お母さんに殺される。」




「私もお父さんに怒られる。さすがに無断早退はした事ないや。これまで何回か早退という名のサボりはしてきたけど、先生には必ず1言伝えてきたし。」




「⋯お母さんとかお父さんに⋯何か⋯その⋯言われないかな⋯私達の事。櫻井さんが藤代さんと出て行きました、って⋯。」




「藤代さんって言った。またミルクティー奢って貰わなきゃ。」




「ゆみちゃん⋯!」




「分かってるよ。分かってる。ごめん、空気読めてなかった。」




時間はとっくに1時間目が始まっている時間になっていた。他のクラスメイト達は、間違いなく自分達の事を話しているに違いないと、櫻井はもはや絶望に近い感情を抱いていた。




「取り敢えず、ずっとこの公園にいる訳にもいかないよね。」




藤代がベンチから立ち上がった。




「ちーちゃん、どっか行こうよ。」




「どっかって⋯。まだ時間的にどこも空いてないんじゃないかな。」




「まだ朝早いのか。」




「うん。それに⋯罪悪感が⋯私、学校サボった事ないもん。」




「優等生だもんね。」




「⋯はあ⋯どうしよう⋯本当に⋯。」




「私の家に行く?お父さんは少なくとも夜の6時までは仕事で帰って来ないし。」




「⋯そうだね。そうさせて貰おうかな。お母さんとお父さんに何て言うか考えなきゃ⋯。」




「コンビニ寄ってさ、お菓子とか買って行こうよ。」




「⋯うん。」




「ちーちゃん、私がいるじゃない。」




「⋯うん。分かってる。」






藤代の自宅にやって来た櫻井は、ほんの少しだけ落ち着いたが、そもそもこの家に来る事が未だに緊張の種ではあったため、違う意味で心が休まらなかった。




「お父さんから電話来た。少し静かにしててね。」




「⋯うん。」




藤代は着信に反応し、スマートフォンを耳に近付けた。その姿を櫻井は見守った。彼女のスマートフォンには、まだ両親からの連絡は入っていなかった。




「うん⋯うん⋯そう⋯ちょっと考え事があって⋯ごめんなさい⋯大丈夫だから。うん⋯うん⋯分かった⋯今日晩御飯何がいい?」




藤代の会話に耳を傾けながら、櫻井は目を瞑った。




「ちーちゃん、ありがと。」




「どうだったの?」




「軽く怒られたけど⋯大丈夫。先生は驚いて、お父さんに電話したみたい。ちーちゃんの事は何も言ってなかったみたいだよ。」




「よ⋯良かった。じゃあそろそろ私にも連絡来るかな⋯。」




「多分来ると思う。」




そんな話をしていると、櫻井のスマートフォンが振動した。画面には“お母さん”の文字が表示されていた。



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