第18章
リビングのソファに座り、藤代とスマートフォンでメッセージのやり取りをしていた櫻井は、自然と笑みを浮かべていた。そしてその事に母親の朋子は気が付いていた。
「ねえ、千鶴。」
「何?」
「あんた、やっぱり彼氏出来たんじゃないの?」
「えっ。」
「彼氏出来たんでしょ。」
「で、出来てないよ。何言ってんの。」
「じゃあ、誰とやり取りしてんのよ。」
「⋯友達だよ。」
「ふうん。」
「⋯本当だから。」
「もしかして、嘘付いて彼氏の所に泊まったりしてないでしょうね。私は女友達って言うから、信頼して許可したんだからね?」
「だから違うってば!」
憤慨して自室に向かった娘の事を、朋子は見つめた。始に相談するべきか、悩み始めていた。
部屋に戻った櫻井はベッドに倒れ、天井を見上げていた。藤代との関係性を親に知られる訳にはいかない。でも、そんな事をいつまで隠せるのだろうか。いや、いつまで隠さなければならないのだろうか。両親が自分のセクシャリティについて理解してくれる自信が、櫻井には無かった。もし理解してくれないのなら、自分は一体どうすれば良いのか。櫻井は頭を悩ませたが、不安になるとすぐに藤代の事を思い浮かべた。それだけで気持ちが軽くなった。藤代の母親の事は衝撃ではあったが、自分は彼女の気持ちを受け止めれればそれでいい、そう考えていた。何故なら恋人同士なのだから。
拓也は仏壇の前に座り、焼香を上げていた。ちょうど2階からリビングに降りてきた藤代が、そんな拓也の事を見つめていた。
「珍しいね。お焼香を上げるなんて。」
「まあ、たまにはな。」
「上げる必要なんてないのに。」
「そう言うな。」
拓也は写真に向かって手を合わせた。
「お父さんは優し過ぎるよ。」
「お母さんが亡くなって、もうすぐ1年が経つ。いつまでも、ああだこうだと言いたくない。分かってくれ千鶴。」
「分かんないよ。私達を裏切った人の事なんか。」
「裏切ったなんて言い方は止めなさい。」
「事実だよ。お母さんは私達を裏切った。でも⋯でも⋯。」
藤代は近くにあったイスへと、力が抜けたように座り込んだ。
「悩んでたのかな、お母さん。自分の事。」
「そうかも知れない。今となっては何も分からないが。」
「バイセクシャルな事は⋯悪い事じゃないもんね。それは分かってる。」
「その単語は止めてくれ。聞きたくない。」
「⋯ごめんなさい。」
「今度また地方出張がある。大丈夫か?」
「大丈夫。1人でワイワイやってるよ。」
「彼氏なんて連れ込むなよ?まさか、もう連れ込んでないだろうな?」
「止めてよ。彼氏なんていないよ。いるわけないじゃん。」
冬休みが開ける直前のある日、藤代と櫻井は少し遅めの初詣をしに出掛けていた。少し遠出をしようという事になり、千葉県成田市にある成田山新勝寺へと向かっていた。特急電車に揺られながら、2人は昨年の出来事を思い出していた。
「年末は色んな意味で濃かったね。色んな意味で。色んな意味で、ね。」
「なんか嫌や強調の仕方するね、ゆみちゃん⋯。」
「まあ色々あったけど、期末テスト!もっと勉強すればよかった。酷かった⋯トホホ。」
「平均点は取れてたでしょ?じゃあ大丈夫だよ。」
「ちーちゃん、私はこれでも学年順位トップ10にはいつも入ってるんだよ。なのに⋯今回の順位は35位。35位だよ!?お父さんびっくりしてた。」
「35位なら全然上の順位だから。ゆみちゃん、気にしすぎだよ。」
「ちーちゃん、何位だったんだっけ?」
「7位。」
「何でよ!一緒に集まって勉強してたのに!この順位の差は何!?」
「たまたまだってば。」
「分かってたよ?ちーちゃんが勉強出来る人だって。それにしても⋯くうう⋯。」
櫻井は拳を握り締めた。
「来年は受験もあるし。忙しくなるね。」
「そうだね。考えなきゃいけない事が増えちゃう。」
「私は、ゆみちゃんといられれば、それでいいよ。」
「えっ、なにそれ、キスしていい?」
「公共の場では止めて下さい。」
特急電車を降り、改札を抜けると、成田山までのルートを案内する札が立っており、分かりやすく人の流れが出来ていた。
「やっぱりタイミングをずらして来ても、人が多いね。」
「ほんとだね。この流れに沿って歩けばつくはずだよ。」
「ちーちゃん、人混み大丈夫?」
「はは。これくらい大丈夫だよ。」
2人は手を繋いで歩き始めた。道には多くの出店が並んでおり、何処も人で大変賑わっていた。
「私、お団子食べたい。いい?ちーちゃん。」
「いいよ。」
藤代は粒あんの団子串、櫻井はみたらしの団子串を買った。出店近くに置かれた長椅子に座り、2人は団子を頬張った。
「おいひー。」
「おいひーね。ゆみちゃん、1個ずつ交換しない?」
「いいよ。交換しよう。」
人の流れを見つめ、団子串を堪能しながら、2人は正月気分を味わっていた。
「平和だね。」
「平和だね。」
「明後日から学校か。もう少し冬休みって長いといいのに。」
「ほんとに。」
「ちーちゃんと旅行行きたいな。大阪とか。ちょっと頑張れば行けそうな所でいいから。」
「旅行なんて私、何年行ってないんだろう。」
「絶対行こうね。」
「うん。」
団子串を食べ終わると、2人はまた人の流れに戻り、成田山を目指して歩き出した。
2人はそのまま歩き進み、成田山新勝寺へと辿り着いた。多くの人々が敷地内を歩いており、新勝寺前には長蛇の列が出来ていた。
「ここまで来たんだから並ぶよね?」
「うん。並ぼう。」
列に並ぶと、櫻井は藤代の腕にしがみついた。
「ゆみちゃん、寒い⋯。」
「今日は風が少しあるからね。よしよし。しがみついてていいから。」
「ありがと⋯。」
櫻井はぎゅうぎゅうに藤代へ密着した。少しずつだが確実に列は前へと進んでいた。
「初詣って何をお願いしてもいいんだっけ?」
「今年1年よろしくお願いします、みたいな感じゃないかな。」
「そこにお願いをプラスアルファしていいよね?」
「こういう場面でプラスアルファとか初めて聞いたよ。そうだ、5円玉出しとかないと。」
「私も。」
さらに列が進み、鈴が見えてきた。
「ちーちゃんも、プラスアルファしなね。」
「分かった。プラスアルファするよ。」
「あれ、お参りの手順ってどうだっけ。」
「2礼2拍手1礼だよ。」
「さすが学年8位。」
「7位ね。順位下げないで?」
2人の参拝の順番が回ってきた。賽銭箱に5円玉を放り投げると、2人で鈴を鳴らし、ゆっくりと2礼した。そして2回拍手をして手を合わせ、目を閉じた。少しして櫻井がお参りを終え目を開けると、櫻井はまだ目を閉じて手を合わせていた。プラスアルファしてるなと、藤代は心で笑った。数秒後、櫻井も目を開き、2人で1礼をして参拝を終えた。
「ちーちゃん、プラスアルファ出来た?」
「出来たよ。プラスアルファした。」
「それは良かった。」
敷地内を歩き、2人はおみくじを引くことにした。
「これにしよう。恋みくじ。」
「絶対ゆみちゃん、これにすると思った。」
「引くの怖い?」
「⋯ちょっとだけ。」
「大丈夫だよ。さ、私から引くよ。」
藤代は小銭を入れて、おみくじが入った箱に手を入れた。
「うーん。よし、これだ。」
櫻井も同じ様に小銭を入れ、おみくじを探った。
「いいやつ⋯いいやつ⋯いいやつ⋯いいやつ⋯。」
「ちーちゃん、心の声ダダ漏れだよ。」
2人は引いたおみくじを両手で持ち、互いを見た。
「いい?せーので開くよ?」
「分かった。何か⋯緊張する⋯。」
「じゃあいくよ。せーの⋯。」
2人は同時におみくじを開いた。
「「大吉!」」
「えっ。」
「えっ。」
「ほんとに!?凄い!私達!」
「良かったあ⋯いや⋯本当に良かったあ。」
「どれどれ⋯『あなたの優しさと笑顔が、想い人の心を溶かします。焦らず、素直な気持ちを伝えて吉。恋は自然に進展し、運命の歯車が動き出します。』だって。」
「私はね⋯『今の恋はまっすぐに進むでしょう。感謝と優しさを忘れなければ、末永く幸せが続きます。相手の笑顔、それを胸に。』。」
櫻井は子供の頃、祖母に『大吉は、後は落ちるだけだから。』と言われた事を思い出していたが、その事を藤代に伝えるのは止めておいた。




