第14章
席替えが行われ、櫻井は窓際の1番左後ろに、藤代は教室の中心位置に席が変わった。前の座席からいきなり後ろに移動したため、櫻井は教室を見る景色が大幅に変わった事を喜んでいた。何より自分の視界に藤代が常に入るようになった事が嬉しかった。
「櫻井さん。」
櫻井の前の座席に座る、中川が振り返り、彼女に声を掛けてきた。
「席近いの初めてだよね。よろしく。」
「よろしく⋯。」
中川が藤代と仲が良い事を、当然櫻井は知っていた。男子ともよく楽しそうに話している。櫻井から見れば、中川は典型的な陽キャだった。
「これまでほとんど喋った事ないよね?」
「そうだね。」
「私たまに寝ちゃってノート取り忘れたりするから、時々ノート貸してってお願いするかも。ごめんね。」
「ううん。ノートくらい、全然いいよ。」
「ありがとー。あ、そうだ。櫻井さんってさ、ゆーみんと仲良いよね?」
ゆーみんとは藤代のあだ名の1つ。以前、本人から教えてもらった呼び方だった。
「仲⋯良いと言うか⋯。」
「えー仲良いじゃん。よく話したりしてるじゃん。私、放課後部活あるから分からないけど、一緒に帰ったりしてるんでしょ?」
「それは⋯そうだね。」
「何で?何で仲良いの?1学期はそうでも無かったじゃん。ずっと聞きたかったんだよね。」
中川が次々と質問を被せてくる。櫻井はあっという間にキャパオーバーになってしまった。
「えーと⋯体育でバスケする時とかに、同じグループになったりして⋯そこで話したりしてからかな。藤代さんに話し掛けて貰って⋯。」
「へー、ゆーみんが。放課後は?」
「放課後?」
「放課後、2人で遊んだりしてるの?」
嘘をつく理由は無いが、本当の事を言う必要もない。どう話せばよいのか、櫻井は分からなくなってきた。
「カフェに行った事はあるよ。でもそれくらい⋯。」
「へー!2人で?」
中川は2人という数字をやけに強調してくる。
「じゃあ今度私も混ぜてねー。」
「あ、うん。」
そう言うと中川は姿勢を元に戻した。櫻井は肩を撫で下ろし、自分が冷や汗をかいている事に気が付いた。藤代を見ると、彼女は周りの友達と楽しそうにお喋りをしていた。すると、ふとした瞬間に藤代と目が合った。しかしお喋りをしていた藤代は、すぐに視線を外してしまった。なんだか淋しくなった櫻井であった。
「瑞稀と何を話してたの?」
「やっぱり気付いてた?」
2人はブランコに座っていた。藤代はゆっくりと緩やかにブランコを漕ぎ始めた。
「何でゆーみんと仲が良いの?って。」
「そりゃ気になるよね。ちーちゃん、何て答えたの。」
「まあ砕いて話すと、ほどほどに仲は良いよとは伝えた。」
「ふむ。」
「あと、放課後に2人でカフェに行った事があるとも伝えた。」
「ふむふむ。それだけ?」
「うん。すっごい、ぐいぐい来た、中川さん。」
「瑞稀はいつもそうだから。気にしないでいいよ。」
「今度3人でカフェ行こうね、って言われた。」
「まあ、普通の流れだよね、それは。」
藤代はブランコを止め、空を見上げた。
「勘付かれてるのかな、やっぱり。」
「そうなのかな⋯。」
「でも、私達が認めなければそれまでだから。」
藤代は今度は立ち漕ぎを始めた。
「ちーちゃんはさ。やっぱり隠してたい?私の事。というか⋯女の子と付き合ってる事。」
櫻井は藤代の事を見上げた。
「私は⋯。」
「うん。」
「今は正直分からない。ただ⋯私はゆみちゃんの事が⋯好き。」
「ぐはっ。」
藤代がブランコを降りた。
「今のキュンとしたよ、ちーちゃん。」
「だって⋯ほんとだから⋯。」
「ねえ、この後さ。」
「うん。」
「私の家に来ない?」
「えっ、ゆみちゃんの家に!?」
「そう、私の家に。」
「で、でもでもでもでもでも⋯。」
「相変わらずちーちゃんは分かりやすいね。お父さん、今日出張でいないの。」
「そうなんだ⋯。」
「エロ漫画みたいな設定でしょ?」
「ちょっ、ちょっと止めてよゆみちゃん⋯!」
「で、どうするの?来るの?来ないの?」
「⋯行く⋯行きます。」
「よしっ。じゃあ行こう。」
藤代は置いてあった鞄を持ち、櫻井の鞄も手に取ると彼女に渡した。櫻井はブランコから立ち上がり、歩き出した藤代の後に続いた。もう今の段階から、櫻井はドキドキが始まっていた。
「そうだ、ちーちゃん。」
「何?」
「瑞稀と話してる時に、私の事“藤代さん”って言ったでしょ。」
「えっゆみちゃん凄っ!地獄耳過ぎない!?」
「契約違反なので、今度購買でミルクティーね。」
「だって、他の人に話す時は仕方ないじゃん!」
「わーいわーい、ミルクティーだー。」
藤代は、はしゃぎながらスキップを始めた。櫻井は悔しそうな顔をして、トボトボと歩き出した。
藤代の家には公園から30分程で到着した。鞄から鍵を取り出し、ドアを開けると藤代は手を家の中に向けた。
「ようこそ、我が家へ。」
「お邪魔します⋯。」
櫻井は鞄を握り締め、恐る恐る玄関に足を踏み入れた。いつかは来てみたかった藤代の自宅に、ついに来る事が出来た。しかも2人きりという状況。櫻井はあのカラオケに行った日の時のように、また鼓動が高鳴り始めた。靴を脱ぎ、リビングへと通されると、櫻井はゆっくりと部屋の中を見渡した。
「良かった、昨日家の中掃除しといて。さ、私の部屋行こう。」
「も、もう行くの!?」
「もうって何、もうって。」
櫻井はあたふたしていると、部屋の隅に置かれた仏壇に気が付いた。そして、そこに小さな写真が置かれている事も。櫻井は仏壇に近付き、写真に写る女性を見た。
「お母さん?」
「⋯うん。」
「去年、だったよね?」
「⋯そう。」
「手、合わせるね。」
「いいよ。」
「えっ。」
思いがけない返答に、櫻井は驚いた。
「手なんか合わせなくていいよ。」
「どうして?」
「手を合わせられて、拝まれるような人じゃないから。うちのお母さん。」
櫻井は僅かに微笑んでいたが、目は笑ってはいなかった。初めてみる櫻井の表情だった。
「えっと⋯。」
「ほら、早く私の部屋行こ。」
藤代は櫻井の腕を掴んで、無理やり2階の階段へと向かった。階段を登った先、すぐの扉を藤代は開けた。彼女の部屋は綺麗に掃除されており、勉強机や棚も整頓されていた。
「ここが⋯。」
「ちーちゃん念願の私の部屋だよ。」
「⋯うん。」
「あ、否定しないんだ。まあ座って座って。今下から飲み物とお菓子持ってくるよ。お茶でいい?」
「ごめんね、ありがとう。」
「じゃあちょっと待っててね。勝手に部屋の中見てていいから。」
「そんな事しないよ。」
藤代は鞄を置いて、また1階へと降りて行った。1人残された櫻井は藤代の部屋に入れた事が、堪らなく嬉しかった。藤代の匂いがする気がして、体が自然と熱くなった。しかし、先程の藤代の言葉がどうしても忘れられなかった。
『手を合わせられて、拝まれるような人じゃないから。うちのお母さん。』
櫻井はその言葉の意味を考えた。何かがあったのは想像がつく。しかし詮索はしない方かいい。藤代のあの言葉、そしてあの表情を考えると、それがベストだろうと櫻井は答えを出した。
ドアが開き、藤代が部屋に戻ってきた。お盆にグラス2つと個包装のお菓子が入った器を乗せている。
「お待たせ。」
「ありがとう。」
「部屋、調べた?」
「だからそんな事しな⋯。」
最後まで話そうとして、櫻井の口は藤代の唇で塞がれた。




