第13章
事務所内に案内された後藤悟に対して、神谷と黒岩が挨拶をした。
「いらっしゃいませ。」
「いらっしゃいませ。」
「⋯どうも、こんにちは。」
後藤が軽く会釈をした。とても疲弊した様子なのは2人から見ても明らかだった。
「では、こちらにどうぞ。」
鈴村は事務所の向こう側にある面談室へと後藤をさらに案内した。面談室には、黒い2人掛けのソファが2つ、向かい合う形でテーブルを挟んで置かれていた。鈴村は奥のソファに座って待つように後藤に対して声を掛けた。そして扉を閉め、一旦事務所の方に戻って来た。
「疲れてますね、あの方。」
鈴村が給湯ポットのお湯を急須に注ぎ始めた。
「どうだ、神谷。」
「どうですかね。取り敢えず俺と鈴村で話を聞きます。いいですか。」
「うん。何かあったら呼んでくれ。」
「分かりました。」
「鈴村。」
「はい。」
「態度。あと言葉遣い。」
「分かってますよ⋯!」
後藤がソファで待っていると、ノック音が鳴り、面談室に神谷と鈴村が入って来た。鈴村はお盆をテーブルの上に置き、器を後藤の前に置くと、急須に入った緑茶を注いだ。
「緑茶です。お熱いのでお気をつけ下さい。」
「ありがとうございます。」
神谷に続き、鈴村もソファに座った。2人は後藤と向かい合った。
「改めまして、祓禍衆東京支部の神谷潤と申します。」
「同じく、鈴村明日香と申します。」
「後藤悟と申します。本日はお時間を作って頂き、ありがとうございます。」
「いえいえそんな。こちらのセリフですよ。」
後藤は器を手に取り、緑茶を口にした。
「美味しいです、この緑茶。」
「分かります?そうなんですよお、これ京都に研修に行った時に、私が試飲して選抜した物を買いまして⋯。」
神谷が軽く咳払いをすると、鈴村はすぐに黙った。
「ありがとうございます。落ち着きます。」
「お疲れですか。」
「そうですね。あまり眠れていなくて。」
「早速ですが、よろしければご要件をお聞き致します。」
神谷がそう言うと、後藤は何から話せばいいのかという表情を浮かべた。鈴村にも後藤の困惑した様子がすぐに分かった。
「こちらはその⋯何と言えばいいんでしょう。お祓いのような事をして頂けるんでしょうか。」
「私達か必要だと判断すれば行います。」
「どう判断されるのですか?」
「実際にこの目で見て、判断致します。祓う作業は簡単ではありませんので。」
「そうなんですね。」
後藤は少し間を置いて、また話し出した。
「根本的な事をお聞きしたいのですが。」
「はい、何でしょうか。」
「⋯悪霊のような物は、存在するのですか?」
「存在します。」
鈴村が断言した。
「存在する⋯本当なんですか?」
「本当です。私が保証します。」
「失礼ですが、鈴村さんは何故そう断言出来るのですか?何故そんな物が存在すると?すみません、この場所にお邪魔しているのに、こんな事をお聞きしてしまって⋯。」
「いえいえ、いいんです。信じられないのが普通ですから。気になさらないで下さい。」
鈴村が答えそうになる前に、神谷が間に入った。
「少なくとも我々は、そういった者が存在すると仮定した上で存在する職業です。」
「そうですか⋯。」
後藤は視線を床に落とした。
「どなたか、お祓いを希望される方がいらっしゃるのですか?」
「実はその⋯どうやら⋯憑かれたようなのです⋯私の⋯私の大切な人が⋯。」
後藤がうなだれながら声を絞り出した。
「何故、憑かれていると後藤さんはお考えなんですか?」
「⋯消去法です。」
「消去法?」
「病院には行きました。すべき事はしてきたつもりです。もう、このような所にお願いするしかないのです⋯。」
「病院には行かれたんですね。」
「⋯はい。」
後藤は今にも泣き出しそうな表情を浮かべ、懇願するような態度を示し始めた。
「お辛いですね、後藤さん。」
神谷はそう言うと鈴村にアイコンタクトをした。鈴村は立ち上がり、窓際に置かれた棚の1番上の引き出しを開き、書類を何枚か取り出すと、それらをバインダーに挟み、テーブルに戻った。
「お手数ですが、ご記入をお願いしたい物がありまして。」
鈴村はバインダーとボールペンを後藤に手渡した。
「1枚目はご記入して頂きたいアンケート用紙となります。2枚目以降はお祓いやその他業務を行った場合に発生する料金表と、それに関する注意事項となっております。ご記入の上、よくお読み下さい。」
神谷が説明すると、後藤はペラペラと書類をめくった。
「我々は少し席を外します。分からない事があれば、後程お聞き致しますのでご安心下さい。」
「⋯分かりました。」
神谷と鈴村は席を立った。鈴村は急須を再び手に取ると、再び器に緑茶を注いだ。
「大丈夫ですよ。私達がいますので。」
鈴村がそう話すと、後藤は軽く頷いた。
神谷と鈴村は面談室から出ると、黒岩のデスク周りに集まった。
「私、カッコいい事言っちゃいました。」
「それを言わなきゃカッコいいのにな。」
「どんな感じだ。あの方は。」
「後藤悟さんという方です。今アンケートを書いて貰ってます。少しだけお話を聞きましたが、親しい方が憑かれていると仰っています。」
「やっぱりか。電話の感じとあの様子だから、そうだろうなとは思っていたが。」
黒岩が腕を組み、深く座った。
「少し見ましたが、今の所は呪伝もないですね。肉多的にも精神的にも参っているという感じです。」
「もっと早く来れば良かったのに。」
「止めなさい。その人にはその人の事情がある。お前の考えが絶対だと押し付けるな。」
神谷が鈴村を注意する。
「そんなつもりじゃないです⋯。」
「⋯この後詳しくお話をお聞きして、黒岩さんが良ければ、面談後に鈴村と見に行きます。」
「うん、それでいい。」
神谷と鈴村が面談室に戻ると、後藤はまだ書類に目を通していた。
「お待たせしております。ご記入の方は、お済みになられましたでしょうか。」
「はい。」
「お預かりさせて頂きます。」
鈴村は1枚目のアンケート用紙だけをバインダーから外し、その紙を神谷に渡した。神谷は用紙の下半分に記載されたアンケート部分を確認した。
【医療機関を利用しましたか?】
【性格が変化しましたか?】
【本人が知らないであろう言語を話しましたか?】
【説明がつかない物理的現象が起きましたか?】
後藤は全て、【はい】に丸を付けていた。




