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2 微かな灯りに惹き寄せられ

カワセが指差した先を、全員が黙って見つめていた。


雨の向こうに浮かぶ、小さな灯り。


最初は誰も、それが何なのか分からなかった。


街灯にしては暗すぎる。

車のライトにしては動かない。


ぼんやりと揺れる橙色の光は、まるで暗闇の中にぽつりと浮かぶ人魂みたいだった。


「......家?」


最初に呟いたのはヒヨだった。


いつの間にか完全に目を覚ましたらしく、眠そうな目をぱちぱちさせている。


「こんな山の中に?」


クジャクが眉をひそめる。


「いや、でも灯りってことは誰かいるんじゃね?」


オカメが少し明るい声を出した。


「だったら助かるかも!」


「勝手に期待すんなって」


コウノは相変わらず不機嫌そうだったが、その視線も窓の外へ向いている。


車内に沈黙が落ちる。

激しい雨音だけが耳に響いた。


スズメは窓の外を見つめながら、無意識に制服の袖を握る。


暗い山。

行き止まったバス。

圏外のスマホ。


もしこのまま朝まで閉じ込められたらどうなるのだろう。


考えた瞬間、胸の奥がじわりと冷たくなった。


「先生」


静かな声が響く。


カワセだった。


彼は窓際に座ったまま、じっと灯りを見つめている。


「行ってみませんか」


「......あそこへ?」


アサヒが聞き返す。


「少なくとも、人がいる可能性はあります」


カワセは淡々と続けた。


「このままここに留まるよりは安全かもしれません」


その言葉には妙な説得力があった。


感情的になっているわけでもない。

怯えているわけでもない。


ただ、状況を冷静に判断しているように見える。


アサヒは腕を組み、しばらく考え込んだ。


窓の外では雨が激しく降り続けている。


「......行ってみるしかないな」


アサヒは静かにそう言った。


その瞬間、車内の空気が少しだけ動く。


「マジで?」


クジャクが露骨に嫌そうな顔をした。


「この雨の中歩くの?最悪なんだけど」


「でも、ここにいる方が怖くない?」


ヒヨが小さく呟く。


「また土砂崩れとか起きたら危ないし......」


「う......」


クジャクは言い返せず口をつぐんだ。


「オレ、行った方がいいと思う!」


オカメが勢いよく立ち上がる。


「だって、人がいるなら電話とか借りられるかもしれないじゃん!」


「......はぁ」


コウノは大きくため息をつきながら立ち上がった。


「どうせ他に選択肢ねぇんだろ」


アサヒは生徒たちを見回す。


「みんな、荷物を持ってくれ。必要最低限でいい。はぐれないように移動するぞ」


その言葉に、生徒たちはそれぞれ動き始めた。


バッグを抱える音。

席を立つ音。

小さなざわめき。


スズメもリュックを背負い直す。

その時、不意にスマホが震えた気がして画面を見た。


だが、通知は何も来ていない。


圏外の表示だけが、静かに浮かんでいた。


「......兄さん」


小さく兄の名前を呟く。


今ごろ心配しているだろうか。


それとも、まだ気づいていないだろうか。


スズメは小さく息を吐き、スマホをしまった。


バスを降りた瞬間、冷たい雨が全身に叩きつけられる。


「うわっ......!」


思わず肩が跳ねた。


想像していたより、ずっと寒い。


雨粒が容赦なく顔へ当たり、制服が一瞬で濡れていく。


山の空気はひどく湿っていた。


ぬかるんだ地面に靴が沈み込み、歩くたび嫌な感触が伝わってくる。


「滑るぅ......」


ヒヨがふらつき、スズメが慌てて支えた。


「大丈夫?」


「ありがとぉ~......」


クジャクは濡れないようバッグを抱え込みながら文句を言い続けている。


「最悪。髪ぐしゃぐしゃになるんだけど」


「今そこ気にしてる場合かよ」


コウノが呆れたように返す。


その少し前を、カワセが歩いていた。


懐中電灯を片手に、迷いなく山道を進んでいく。


「カワセ、道わかんの?」


オカメが聞く。


「なんとなく」


「なんとなくで進んでんの ? !」


「地形的に、建物があるならこっち」


さらりと言うカワセに、オカメは「すげぇ......」と感心した声を漏らした。


木々の間を風が吹き抜ける。


枝が揺、ざわざわと不気味な音を立てた。


暗い。


とにかく暗かった。


懐中電灯の光が届く範囲以外、何も見えない。


山の奥から何かがこちらを見ているような気さえした。


スズメは無意識に歩幅を速める。


すると。


「......見えた」


カワセが立ち止まった。


全員が顔を上げる。


木々の向こう。


そこに、"それ"は建っていた。


「......え」


スズメは思わず息を呑む。


森の奥に現れたのは、大きな洋館だった。


古びてはいるが、驚くほど立派な建物。


尖った屋根。

蔦の絡まる石壁。

雨に濡れた鉄柵。


いくつもの窓から、暖かな橙色の光が漏れている。


まるで昔話の中に迷い込んだみたいだった。


「なにこれ......」


クジャクが呆然と呟く。


「こんな場所に、こんなのある?」


「ホテル......?」


ヒヨが首を傾げる。


「いや、にしては変じゃね?」


コウノが警戒するように目を細めた。


確かに妙だった。


山奥。

大雨。

人気のない森。


そんな場所に、こんな洋館がぽつんと建っている。


まるで最初から、ここに来ることが決まっていたみたいに。


その時だった。


_____ぎぃ。


重たい音を立て、洋館の扉がゆっくり開く。


全員がびくりと肩を震わせた。


暗い玄関の奥から、ひとつの人影が現れる。


長い外套。


先の尖った奇妙な帽子。


その姿はまるで、絵本に出てくる魔法使いみたいだった。


「......誰だ」


アサヒが一歩前へ出る。


男は静かに笑った。


「おや。これは珍しいお客様だ」


落ち着いた声だった。


低いのに柔らかく、不思議と耳に残る声。


男は優雅に一礼する。


「ようこそ、"天狼館"へ」


雨音が強く響く。


スズメはなぜか、背筋が冷たくなるのを感じた。


男の笑顔は穏やかなのに、どこか人間らしく見えなかったから。


「私はこの館の館長を務めております」


館長。


その言葉に、誰もすぐ返事ができなかった。


こんな山奥にある洋館の館長。


現実感が薄すぎる。


アサヒが警戒したまま口を開く。


「......突然すみません。実は土砂崩れで道が塞がれてしまって」


「ええ、存じております」


館長はにこやかに頷く。


「先ほど、大きな音が聞こえましたから」


その笑みは崩れない。


まるで全部分かっているみたいだった。


「こんな雨の中ではお困りでしょう」


館長は扉を大きく開いた。


暖かな光が玄関から溢れ出す。


「どうぞ。今夜はこちらへお泊まりください」


その瞬間。


張り詰めていた空気が少し揺れた。


暖かそうな館内。

雨を凌げる場所。

明るい灯り。


魅力的な提案だった。


だが同時に、スズメは胸の奥に小さな違和感を覚える。


_____本当に、信用していいのだろうか。


アサヒはしばらく考え込んでいた。


後ろではクジャクたちも不安そうに顔を見合わせている。


だが、この雨の中で他に行ける場所などなかった。


やがてアサヒは静かに頭を下げる。


「......ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


その瞬間。


館長の笑みが、ほんの少しだけ深くなった気がした。

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