3 罠に嵌る
館の中は、外の嵐が嘘みたいに静かだった。
扉をくぐった瞬間、冷え切っていた身体を暖かな空気が包み込む。
「わぁ......」
ヒヨが小さく声を漏らした。
広々としたエントランス。
赤い絨毯。
古びたシャンデリア。
壁際に並ぶ燭台。
どこか古臭いのに、不思議と手入れは行き届いている。
床は磨かれ、天井には細かな装飾が施されていた。
まるで昔話に出てくる魔法使いの館みたいだった。
「すご......」
オカメが辺りを見回す。
「映画のセットみたいじゃん」
「......趣味強すぎでしょ」
クジャクはそう言いながらも、興味深そうに周囲を眺めていた。
スズメは濡れた制服の袖を握る。
外が寒すぎたせいか、この暖かさに少し安心してしまう。
館長はそんな彼らを見て、静かに微笑んだ。
白い帽子。
白い外套。
長く垂れた黒髪。
そして、赤と黒の色違いの瞳。
柔らかく笑っているはずなのに、なぜか感情が読み取れない。
「皆様、お疲れでしょう」
館長はゆっくり頭を下げる。
耳元の小さな飾りが、微かに揺れた。
「お部屋をご用意しております。どうぞ、ご自由にお使いください」
「......部屋まであるのか」
コウノが警戒したように眉をひそめる。
「もちろんです」
館長は穏やかに答える。
「客人を雨の中に立たせるほど、私は無作法ではありませんので」
その言い方は丁寧なのに、どこか芝居がかっていた。
館長は静かに背を向ける。
白い外套がふわりと揺れた。
「こちらへどうぞ」
長い廊下を歩く。
壁には古い絵画が並んでいた。
顔のない肖像画。
月を見上げる狼。
黒い森。
どれも不気味で、スズメはなんとなく目を逸らす。
歩くたび、古い床がぎし、と小さく鳴った。
館の中は静かすぎた。
誰かの足音だけが妙に響く。
「なんか......変な館だねぇ」
ヒヨが小声で呟く。
「分かる」
スズメも小さく頷いた。
館長は廊下の途中で立ち止まる。
「皆様のお部屋はこちらになります」
並んだ扉。
どうやら一人ずつ部屋が割り当てられているらしい。
「ご自由にお過ごしください」
館長は扉をひとつずつ示していく。
「鍵はございませんので、お気軽に出入りできますよ」
その言葉に、クジャクが嫌そうな顔をした。
「え、鍵ないの?」
「はい」
館長は微笑む。
「皆様は客人ですから」
意味の分からない返答だった。
コウノが露骨に顔をしかめる。
だが、疲れ切っていたせいか、それ以上追及する者はいない。
「何かありましたら、お呼びください」
館長は深く一礼すると、静かに去っていった。
白い背中が廊下の奥へ消えていく。
その姿を見送ってから、スズメは自分の部屋へ入った。
部屋の中は想像以上に広かった。
木製のベッド。
古い机。
暖炉。
大きな本棚。
どれも古風だが綺麗に整えられている。
「......すご」
スズメは思わず呟いた。
こんな山奥にあるとは思えない部屋だった。
荷物を置き、ゆっくりベッドへ腰掛ける。
柔らかい感触が身体を包み込んだ。
その瞬間。
どっと疲れが押し寄せてくる。
今日だけで色んなことが起きすぎていた。
長時間の移動。
大雨。
土砂崩れ。
山道。
そして、この奇妙な洋館。
現実感がない。
スズメはぼんやり天井を見上げた。
もしカラスがここにいたら、なんて言うだろう。
きっと。
『怪しすぎるだろ、その館』
って呆れた顔で言う気がする。
そう考えると、少しだけ安心した。
その時だった。
_____こんこん。
不意に扉が鳴る。
スズメが肩を震わせる。
「っ......!」
静かな部屋だったせいで、やけに大きく聞こえた。
恐る恐る扉を開けると、そこにはヒヨが立っていた。
「びっくりしたぁ?」
「......もう、驚かせないでよ」
「えへへ」
ヒヨは笑う。
「なんか一人だと落ち着かなくてぇ」
その時。
館内に、低い鐘の音が響いた。
ぼぉん......。
重く鈍い音。
館全体が震えた気がした。
「なに......?」
ヒヨが不安そうに辺りを見回す。
続いて、ゆっくりと声が響く。
「皆様」
館長の声だった。
どこから聞こえているのか分からない。
館そのものが喋っているみたいだった。
「ある程度お休みになられましたら、一階ホールへお集まりください」
穏やかな声。
けれど、どこか嬉しそうだった。
「皆様に、大切なお話がございます」
それだけ告げると、館内は再び静まり返った。
スズメは嫌な胸騒ぎを覚える。
"大切なお話"。
その言葉が妙に引っかかった。
「......行こっか」
ヒヨが小さく言った。
スズメは無言で頷く。
廊下へ出ると、館内は妙に静かだった。
シャンデリアの灯りだけが、ぼんやり床を照らしている。
二人は並んで階段を下りた。
すると。
下の方から怒鳴り声が聞こえてくる。
「開けろっつってんだろ ! ! 」
びくり、とヒヨが肩を震わせた。
「コウノくんの声ぇ......」
スズメは慌ててホールへ向かう。
一階へ降りた瞬間、騒ぎの理由が分かった。
コウノが玄関扉を両手で揺さぶっていた。
「ふざけんな ! ! なんで開かねぇんだよ ! ! 」
重たい扉はびくともしない。
オカメとクジャクが困惑した顔で立っている。
「ちょ、ちょっとコウノ、落ち着けって!」
「落ち着けるかよ ! ! 」
コウノは激しく扉を叩く。
鈍い音がホールに響いた。
アサヒも険しい表情で扉を調べている。
「......開かないのか?」
「鍵とかじゃねぇ! 押しても引いても動かねぇんだよ!」
「そんな......」
スズメは玄関へ近づいた。
取っ手を掴み、力を込める。
だが。
動かない。
まるで壁そのものみたいだった。
「うそ......」
ヒヨも不安そうに扉へ触れる。
「ほんとに開かないよぉ......」
「窓は ! ? 」
クジャクが声を上げる。
「さっき見たけど全部びくともしない!」
館の中は静まり返っていた。
さっきまで感じていた暖かさが、急に気味悪く思えてくる。
「みんな、一回落ち着こう」
アサヒが低い声で言う。
「他の出口を探せば_____」
その時だった。
こつ。
静かな足音が響く。
全員が反射的に振り返る。
ホール奥の階段。
そこに、白い影が立っていた。
館長だった。
白い帽子。
白い外套。
赤と黒の瞳。
口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。
まるで最初からずっと、そこにいたみたいに。
「......っ!」
スズメは息を呑む。
誰も、館長が現れたことに気づかなかった。
館長は階段を一段ずつ降りながら、楽しそうに目を細める。
「おやおや。随分と騒がしいですね」
「お前......!」
コウノが睨みつける。
「扉が開かねぇ! どういうことだ ! ! 」
館長は怒鳴り声を聞いても表情を崩さない。
ただ、くすりと小さく笑った。
「もちろんです」
軽い調子で言う。
「だって、困るでしょう?」
「......は?」
コウノの顔が引きつる。
館長はホールへ降り立った。
赤と黒の瞳が、生徒たちをゆっくり見回す。
その視線は、まるで品定めするみたいだった。
「皆様にはこれから、"ゲーム"をしていただくのですから」
空気が凍りつく。
スズメは背筋に冷たいものが走るのを感じた。
館長は嬉しそうに両手を広げた。
白い袖がふわりと揺れる。
「_____さあ、"人狼ゲーム"の始まりです」




