第89話 河童
アドの過去を知り、一息つく。
「所でお前さんたち、ここが俺のうちだっていうこと忘れてないか?」
言われてみれば当然の話で、赤の他人のいるところで話す内容ではなかった。
「ええ、まあ人のうちでする話じゃなかったですね。ただ、アド抜きで落ち着いて話せるタイミングはなさそうでしたから。すみません」
「まあいい。この酒はうまいからな」
そう言ってちびちびと焼酎を舐める。流石にこれはガバガバ飲めなかったようだ。甲類の焼酎は伊達じゃないな。
「でもどうせなら俺も楽しめる話をしてもらいたいもんだ。さっきのイチゴの酒の話とかな。こっちではああいった酒は見かけないからな。他に変わった酒はないのか?」
「変わった酒かぁ。焼酎に梅干しを入れるっていうのはありますね」
焼酎の梅干し割。あっちの世界じゃそれなりに有名な飲み方だ。
「梅干しは今ねえな。今度やってみるか」
「あ、でも今できる飲み方がありますね」
ちゃぶ台の上にある野菜が目に入った。薄切りにされたその野菜を焼酎に落とす。それだけで完成したのは。
「河童という焼酎の飲み方です」
「ほう? 河童の好きなきゅうりを入れるからその名前か」
そう。夏の定番野菜のきゅうりを焼酎浮かべた飲み方だ。
リンガンさんはまじまじと焼酎に浮かぶきゅうりを見る。今一つ味の想像がつかないのかもしれない。
「む。これはなかなかうまいな。河童ってのもうまいもんだ」
リンガンさんは一口飲んで満足げに微笑む。
「リンガン殿ばかりずるいで御座る。拙者も河童欲しいで御座るよ」
河童! 河童! と騒ぐのでフウマさんにも焼酎を提供する。
すると部屋の外から怪訝な声が聞こえてきた。
「ああん? 何だ何だ? 俺らが欲しいってなんだよ?」
そう言って現れたのは河童だった。頭に皿が乗ったきゅうりを好む方の河童だ。
「おお、ちょうどいいな河童のお前さんにちょうどいい酒がある。うまい酒だぞ」
「いやいや、それどころじゃねえよ。リンガン。さっき鬼の阿呆が酒がらみで暴れやがった」
「ああん? なんでまた」
「相撲が終わって、酒を飲み始めたら、その中に珍しい日本酒があったんだよ。うまい酒に満足してくれりゃあいいのに、これだけじゃ足りねえと言い出してな。持ってきた奴は誰だと言い出したんだよ」
……珍しい日本酒ね。続きを聞きたくないな。
「そんで、いつものメンツが持って来たわけじゃあないのはすぐに分かった。みんないつもの酒をもってきてたからな。で今日初めて来ていた奴を探し出せいうことになったんだが……」
河童が俺をじっと見つめてくる。
そんなに見つめられると照れるなぁ。
…………うん。俺を探していたわけだな。
そして河童は俺が持っていった酒だと完全に気づいている。
「兄ちゃん。酒が残ってたら全部あの阿呆にくれてやってくれねえか? 対価は相場以上に出すだろうよ」
「拒否権は?」
一応聞いておく。
「ねえなぁ。鬼が暴れるよりお前さんをひっつかまえて連れてくほうが面倒がねえ。もし酒が残ってないなら作っている酒蔵を教えてやってくれれば何とか納得するだろう」
うむ。逃げたいところだが、俺より格上の妖怪が何人も探しているだろうから逃げ切れないだろう。そもそもこの河童から逃げ切れるかも怪しい。
「おいおい、俺の客人に手を出すっていうのか?」
とリンガンさんが庇ってくれたが、状況的に多勢に無勢だ。リンガンさんに迷惑をかけるだけで、結果は変わらないだろう。
「こういうことになる可能性を考えずに酒を出した俺がうかつだった。それだけです」
これまで酒を出す相手は選んできたのだが、今回は奉納するということで後先考えずに酒を出してしまった。
「身から出たさびは自分でどうにかしますよ。どうにもならなかったらその時はその時です」
河童について行こうと立ち上がる。
っとその前に。
「フウマさん。アドには心配しない様に言っておいてください」
「了解で御座るよ」
「それとリンガンさん一つお願いしてもいいですか?」
「ああなんだ? できることならやってやるぞ」
「これをもらっていいですか?」
俺が指さしたものにリンガンさんは怪訝な顔をしたものの、快諾してくれた。
そうして俺は鬼の待つ、ギルドへと出立した。
お供は精霊四人。なお頼る気はない模様。




