第75話 心配
長助さんとの会話が弾み、様々なお酒の知識を交換することができた。時折長助さんは作業に戻ったため話は中断したが、作業を見学させてもらうことができた。その上、焼酎を作る際に使っている蒸留器を使わせてもらうことも出来て、大満足だった。
「夕飯の準備もできましたし、そろそろ話を切り上げませんか?」
喜代子さんがしびれを切らせて中断させに来るまで酒の話は続いていた。
「そうだシロキ君。今日は泊まっていくと良い。喜代子、シロキ君の分も夕飯を頼む。それでその遠心分離でもろみを絞る方法というのはどうやって――」
「旦那様がそう言うと思ってもう準備してあります。あと、シロキさんお客さんですよ」
「え?」
疑問に思いながらも長助さん宅にお邪魔すると玄関にアドがいた。
俺に知り合いなんてアドしかいないのでそれは当然と言えば当然だった。だったのだが。
「アドさんどうしてそんなに怒っているんでしょうか」
機嫌が悪いとは思ってもみなかった。アドから放たれる怒りのオーラに、思わず敬語になってしまう。仁王立ちするその姿は門限を守らなかった子供を待ち受ける母親のようだ。
何か怒らせることでもしてしまっただろうか?
「わからないですか?」
「はい」
アドは俺に心底あきれたようにため息をつく。
「そりゃあ、シロキさんのことだから夜通しお酒の話をしていてもおかしくないとは思いましたけど、遅くなるなら、連絡くらいしてくださいよ。戻ってくると思ってずっと待っていたんですよ」
「あ」
まさに、門限を守らなかった子供を待ち受ける母親だった。
「御免なさい」
アドの怒りはもっともなので素直に謝るしかない。
「それに何より」
「何より?」
「ご飯をごちそうになるなら言ってくださいよ! 何で私を除け者にするんですか!」
「そこが一番?!」
「当然です! さあ、喜代子さんが作った美味しい料理が待ってますよ!」
そういって一足先にアドは奥に行ってしまう。
俺のことよりも食欲が勝ったアドに思わず笑う。
「ですが、アドさんは本当に心配していましたよ」
「え?」
「私が言うことではないかもしれませんが、監禁した相手のところにいるんですよ。心配しないわけがありませんよ」
俺が楽しい時間を過ごしている間、アドに心配かけているとは思いもしなかった。
「ああ、それはそうだ。悪いことしたな。何か埋め合わせができれば良いんだけど」
「話し込んでしまった僕にも責任がある。せめて夕飯を楽しんでほしい。彼女の分はあるかい?」
「ええ、もちろん」
案内された座敷には豪華な料理が並んでいた。
「うぉ。こんなにごちそうになっていいんですか?」
海の幸、山の幸がずらりと並んでいる。
「旦那様があんなに楽しそうに話をするところは初めて見ましたから、奮発しました」
ご馳走を前にアドは満面の笑みだった。
これは俺だけフォロー出来ていないんじゃないか。
☆
side アド
シロキさんが無事でよかった。
本当に心配したのだ。シロキさんのことだから長々とお酒のことについて語っていることは予想できた。
予想できたのだが、宿の食堂で待っているうちにシロキさんの言葉が頭をよぎった。
「俺が原因で腐造なんかなったら、首をくくるよ」
本当に首をくくるようなことになっていないだろうか。
そう思うといてもたってもいられずに宿屋を飛び出していた。
結局は最初から予想していた通り、お酒の話を続けていただけだったので無駄な心配だった。
今も長助さんと二人でお酒の話をしていてほったらかしではあるが、私もごちそうにありつけたのだからこれ以上文句をいう気はない。
「不満そうですね」
ないのだが、喜代子さんに指摘されるということは顔に出ていたらしい。
「私だけシロキさんの心配をしていて、シロキさんは私のことを全く考えもしていなかったのはまだ引っかかっています」
完全にばれているようなので素直に白状する。
「彼のことが大事なんですね」
「そうですね」
そう、シロキさんは大事な仲間だ。それは恋心とは程遠い。だけどシロキさんと私の間に温度差があるのではないのか、私だけがシロキさんのことを大事に思っていて、シロキさんは私のことを何とも思っていないのではないか? 不安に思うがこんなことは訊けやしない。
「アドさんはお酒が苦手だそうですね」
「え、はい。あまりおいしいとは思えないです」
酒蔵関係者には言いづらいが、シロキさんから聞いているなら隠してもしょうがない。だけどなんで唐突にそんなことを聞くのだろうか?
「彼はそのことを気にしていたようです。アドさんにもおいしいお酒を飲んでほしいと」
「苦手なものを押し付けるなんて、勝手な言い分ですね」
実際には押し付けられたことはないし、これからも押し付けてくることはないだろう。苦手な人が無理に飲むということをシロキさんは好まない。ただ美味しいお酒を飲んでほしい。そう思っているのだろう。
「ええ、私もそう思います。だけどきっと彼も旦那様と同じなんでしょう」
「同じ?」
「お酒が人生の大半を占めているのでしょうね。お酒以外に誇ることがなく、ついついお酒を通して人と関わろうとしてしまう」
「あー、シロキさんはよくお酒の話をしますね。私が興味ないと知るとすぐに辞めますけど」
「ふふ、旦那様と本当によく似ていらっしゃる。だからよくわかります。彼はあなたのことを思ってお酒を作ろうとしています」
「お酒を? 施設もないのにどうやって? まさかこの蔵で働くとかいうことではないですよね」
「彼が作ろうとしているのは果実酒です。果実を蒸留酒に漬け込むだけでできるお酒なので特別な施設も準備もいりません」
「漬け込むだけですか。簡単ですね」
「時間はかかりますけど、一切手間がかからないので冒険者稼業をしながらでも問題ないありません」
仕事の邪魔にならないというのはいいのだけれど、私のことに手間をかけないと言われているようで、複雑な気分だ。
「簡単に作ることができるからと言って気持ちがこもっていないわけではありませんよ。彼に妥協する気は一切ないようでしたから」
「どういうことです?」
「高品質な清酒を蒸留したものを使う気です。あんな贅沢な焼酎はうちの蔵では作れませんよ」
「あれ? じゃあシロキさんはそのお酒はどうするつもり……」
言いかけて、喜代子さんの言葉に引っかかった。
あんな贅沢な焼酎?
ということはもうすでに用意しているっていうこと?
「もしかしてシロキさんはここで蒸留器を使ったんですか?」
「ええ」
喜代子さんの答えに疑問が確信に変わる。シロキさんは自分の出したお酒を蒸留して焼酎を作ったのだ。人前ではできるだけ使わない様にしている。緊急時以外は使っていないと言っていい。今日あったばかりの二人の前で使ったというのなら、シロキさんはずいぶんと思い切った決断をしたのだろう。
「でも、私のために作ったとは限らないです。シロキさんはお酒が好きだから自分が飲むために作ったかもしれないです」
「そうだとしたらあんな名前は付けませんよ」
『小さき勇者』
「そう名付けたそうです。もっともアドさんには『勇者』と言う名前だと伝える気みたいですけどね」
私のためにその焼酎を作った言うのであるのならば、小さき勇者とは私のことだろう。
シロキさんがどういった思いでその名前を付けたかはわからない。私のことを勇者だと思っているのか、それともこれからそういったものになれると思っているのか、どちらにしても仰々しい名前を付けたものだ。
「それを私に言ってよかったんですか?」
「私から旦那様を取った罰です」
喜代子さんはしれっとそんな風に言って笑うのだった。




