第74話 酒知識
お酒の知識を垂れ流しております。
借りた宿の部屋に持っている荷物を全て置き、井戸の水を使って身を清める。贅沢に水を使えるわけではないので、体をふく程度のことしかできない。
冒険者としてはそれで充分であるが、本格的に酒蔵に入れてもらうには心もとない。
かといって宿に風呂はないのでそれ以上のことはできないのであきらめるしかない。
きれいな服を身にまとい蔵に行くと、喜代子さんが出迎えてくれた。
「旦那様のいうことをよく聞いて勝手なことをしない様にしてください」
「必ず守ります」
念押しにうなずく。案内された先は酒蔵ではなく、
「ああー。極楽極楽」
五右衛門風呂だった。
ちょうどいい湯加減であり、かまゆでにされる心配はなさそうだ。
そりゃあ、体をふいただけで蔵への立ち入りを許せるほど衛生的になるとは言えない。逆の立場なら蔵への立ち入りは許せない。風呂に入れるのは当然だった。
宿に風呂がないことは承知の上で清潔にしてきてくれと言ったのは、蔵以外にも余計な菌を持ち込んでほしくないのだろう。意識の高さがうかがえた。
風呂から上がり、用意された作業着に着替えると、再び喜代子さんに案内される。行き着いたのは、先ほど見学したダミーの蔵から少し離れたところにある小さな蔵だった。
入り口のところで長助さんが待っていた。
「それじゃあ、入ろうか」
「ここですか? 流石に狭すぎないですか?」
先ほどの蔵と比べてあまりにも規模が小さい。醸造樽一つ置いたらそれでおしまいといえる大きさだ。
「小さすぎて作業が出来そうにないだろう? だからここで酒造りをしているとは誰も思わない」
「そうすると、地下に? でも地下で造るのは危険ですよね」
崩落すればおじゃんになるし換気も不十分だ。
「入ってみればわかるよ」
そういって彼は扉を開く。
「これは……」
予想もしていなかった中の様子にさすがに驚く。広い。そして涼しい。というか寒いくらいだ。
「喜代子の力で空間を広げて使っているんだ」
「この涼しさは、あの巨大な氷のおかげですか?」
部屋の中央に巨大な氷柱が立っていた。
「ああ、雪女の方に協力してもらって温度調整をしているんだ。そのおかげで冬に近い環境で醸造できている。流石にこの時期に酒を造るのは難しくてね。昔はずいぶん出来の悪い酒を造ったもんだよ」
「そのお酒は出荷していたんですか?」
「蒸留して焼酎にしてから日本酒に混ぜて味を調整してから売っていたよ。むしろそっちのほうが好評だったかな。酔えればいいっていう客も多くてね。もちろん酒粕から焼酎を造ってもいたけどね」
焼酎にもいろいろな分類方法がある。
お酒をあまり飲まない人でも、原材料の違いで芋焼酎、麦焼酎、米焼酎などと呼ばれていることは知っているだろう。では長助さんが言う、米から作られた日本酒の酒粕から作る焼酎は米焼酎なのか?
答えはノーだ。
芋焼酎、麦焼酎、米焼酎そういった呼ばれ方をする焼酎はすべて、もろみを作りアルコールを蒸留して取り出す「もろみ取り焼酎」に分類される。
しかし、酒粕とはそもそも米のもろみから日本酒を絞り出した後の副産物なのだ。ゆえに米から作られていても米焼酎とは呼ばれず、粕取り焼酎と呼ばれる。
「向こうでは粕取り焼酎は廃れてきているので、見学ができるのは楽しみです」
「廃れてきているのかい? なんでまた」
「法律が変わり、好みが変わり、挙句に日本酒が作られる工程が大きく変わってそもそも酒粕が出なくなった」
「酒粕が出ないだと」
長助さんは心底意外だという様子で驚いている。日本酒を絞れば酒粕が出る。それは当たり前のことだったのだろう。
「高温糖化法という、米を蒸さないで熱を通す手法で、味よりも効率を重視した日本酒の造り方です。昔から伝わる煮酛の技術と似たようなものです」
「煮酛か。かつてうまい日本酒を作ろうと挑戦した蔵もあったようだが、成功することなく終わったらしい」
「温度管理が肝となる技術ですからね。伝え聞いた知識だけだと経験が追いつかないでしょうね。向こうでは温度管理は温度計どころか機械で完璧に制御されているからできるだけであって、職人の経験だけで成功させるのは相当難しいでしょう」
「なるほど。ためになるな」
「いえいえ、こちらこそ。俺が伝えることができるのはただの知識ですからね。現場をこうやって見せてもらうことで得られることがどれだけ多いことか」
「蒸留器は別の場所に設置してあるから後でそっちも見せよう」
「ぜひお願いします」
「その代り、向こうでの酒造りの話を聞かせてもらいたい」
「もちろんです」
蔵を回りながら俺と長助さんは酒について話し続けたのであった。




