第40話 転機
いつもより長めです。
「あーひどい目にあった」
「ひどい叫びでしたけど、思ったより平気そうですね」
すごい奇声を上げていたが、風呂から出た俺は一応自分の足で立っている。
「痛いことは間違いないし、思わず声が出るんだが、足つぼを押されるような痛さでな」
わざわざもう一度と味わおうとは思わないが、我慢できる痛みだった。
「それでも出た後はむしろ調子がいいんだから、すごいもんだよ」
「体に無茶をかけてるほど痛いらしいですよ」
「あーだから右腕が一番きついのか」
簡単に肉体強化といっても腕だけ強化したらいいというものではない。腕だけではなく足腰を十全に使ってこその剣筋。それゆえに肉体強化は全身に掛けている。しかし剣を使い拳を振るった右腕がやはり負担がかかっていた。
「お灸を据えられたってことか」
ゴコウさんなら痛みのない薬湯も作れるだろうから間違いないだろう。
「わかっているなら大丈夫なんじゃないですかね」
「俺も無茶したくないからなー。しかし、これでゴコウさんが戻ってこの村にも平穏が訪れた、そう思っていいんじゃないか」
「まだ、ゴブリンが残ってるはずですけどゴコウさんがいればどうにでもなりそうですしね」
「そういえば全部倒してなかったな」
「一度シロキさんに頭をやられているんで、むやみに人里に近づかないはずですけどね。まあ近いうちに町に討伐体を編成するようギルドから依頼が出るでしょうね」
「そこまで行って一安心か」
どちらにしろ、俺達が出張る必要はあまりない。
討伐体に加わるという選択肢はないわけではないが、俺がこっちの言葉を使えない以上意思疎通に問題がある。アドのように日本語を使えるものがいるかもしれないが、まず通じない相手のほうが多いだろう。
それになにより、
「まずは完全回復を目指すしかないか」
おそらく、しばらくの間は畑仕事のような肉体労働はおろか薬草づくりすらさせてもらえないだろう。
☆
体が回復するまで日々だらだらと過ごし、薬湯に入り悲鳴を上げ続けること五日。
「完全回復!」
家を出ることも禁じられ、暇をしていたがついに体調が戻った。
いや、こっちの言葉を覚えるためゴコウさんがくれた薬草学の本を読んでいたから暇ではなかったのか。とはいえ体を動かしている方が性に合っている。閉じこもっているのにはうんざりしてきたところだ。
「おっし! ゴブリン退治でもコボルト退治でも畑仕事でも何でも来い!」
「魔物退治はもうほかの冒険者たちが行っていますよ。そもそも畑仕事が同列ですか」
アドは飽きれた様子でため息をついた。
「畑仕事いいだろ。肉体強化の魔法を練習するのに最適だろ」
「まあ、おかげさまで私も肉体強化の魔法をそれなりに使えるようになりましたけど」
「ならいいだろ。体も魔法も鍛えられてその上、村の役に立つ」
「釈然としないです。私は冒険者ですから、魔物を退治したりダンジョンを攻略したりしたいです」
「俺も冒険者だけどな」
畑ばかり耕しているから、アドも俺のこと農夫か何かと思ってないか? いや、積極的に畑仕事をしている俺が悪いのか。
「冒険者らしくギルドに行って仕事がないか探すか」
家を出てギルドに向かっていくとアドと二人並んで歩いていると、時折村人とすれ違う。その際お互いにあいさつを交わすようになっていた。
思えばずいぶんとこの村になじめたものだ。最初は見慣れないよそ者としか見られていなかった。ようやくここまで、というか英雄視されていたりするので行き過ぎている気もする。
ギルドに着くとそれが顕著に現れていた。なにしろこれまで事務的にしか対応されていなかった受付嬢に笑顔を振りまかれた。人によって態度をこれほどまでに変えるとは人間って怖いなどと思ってしまったくらいだ。まあ、笑顔で対応されても俺には言葉がろくに通じないので受付嬢はアドに話しかけるしかないのだが。
「今日は仕事なしか……。やっぱり畑コースか」
結局のところ、仕事はなかった。
どうやら、仕事をしないチンピラに、依頼を出しても依頼料が無駄になるだけ、という認識がこの村にしみついてしまっているのが要因らしい。あのチンピラたちはどれだけ悪影響を与えているんだ。
「私はちょっとほかにやることがあるのでシロキさんは畑仕事に行っていてください」
一緒に畑仕事をしようと思っていたが、ふられた。そんなに畑仕事はいやか。
しょうがない一人でさみしく畑仕事行くとしようか。
☆
夕方まで畑で働いていたが、アドの用事は終わらなかったようだ。
一人寂しくなまった体を動かし続けていた。もっとも、レベルが上がった今となっては、上昇した筋力と体力によってなまる前以上の働きをしているのだが。
「ただいま」
家の扉を開けるといい匂いがしてきた。
ゴコウさんはあまり料理が得意ではないので、アドが作っているのだろう。
「おかえりなさい。もうすぐご飯ができますよ。快気祝いに今日は腕によりをかけて料理を作らせてもらいました」
確かに手の込んだ料理が並んでいる。しかしそれより目を引いたのは、机の上にあるビンだ。
「目ざといですね。回復を祝うのにいいお酒を用意しました」
相当いいお酒なのかゴコウさんもほくほく顔だった。
料理が準備され、ビンのコルクがゴコウさんによって抜かれる。
「ああ、ワインか。期待できるな」
ワインイコール良いお酒というわけではないのだが、ビールよりも作り方が単純な分質が期待できる。
ワインは潰して放置すれば出来上がる。というのはさすがに言い過ぎだが、作り方が単純なのは間違いない。その分品質も安定する。
もっともワインは当たり外れが大きいので期待外れということも十分にあるのだが。
ビンの形は太めの胴体が口元できゅっと引き締まっている。いわゆるボルドー型だ。向こうの世界では沈殿物がグラスに入らないように意図的に選ばれた形状なのだが、こちらの世界でも同じ理由でこの形なのだろうか。
グラスに注がれた赤ワインを見てもわからない。まあ、飲んでもそこまで細かいことはわからないのだが。
「シロキさんが後遺症もなく無事回復できたことを祝いまして。乾杯!」
ワインを飲み、料理を口に運ぶ。
「あぁ、うまい」
赤ワインに肉料理はよく合う。
「俺にはこういう料理は作れんな」
「シロキさんも料理上手じゃないですか」
「俺が作るのは酒をうまく飲むための肴だからな」
それが俺の『料理が趣味』の本質だ。料理を作ることを楽しんでいるわけではないので、手の込んだ料理は作りなれていないのだ。
「違いがよく分からないですけど……。ささ、今日は飲んでください」
アドに勧められるがままに酒を楽しませてもらった。
☆
Side アド
シロキさんの快気祝いをした翌朝早く、まだほとんど誰も活動していない時間私は村を歩いていた。
ここ数日、考え続けていることがあった。
私はシロキさんにとって邪魔な存在ではないか、と。
シロキさんと私の考え方は大きく違う。
私は考えなしに行動してしまいがちだが、シロキさんは慎重に物事を考えて行動しているように思う。チンピラとのトラブルもコボルトの時もゴブリンの時もすべて私が始まりだった。だというのにそのほとんどのしりぬぐいをシロキさんにさせていた。
チンピラに殴られたのはシロキさん。コボルトと正面切って戦ったのもシロキさん。ゴブリンたちから切り抜けたのもすべてシロキさんのおかげだった。
私は何一つまともに働けていない。
私がいなくてもシロキさんがいればすべてどうにでもなったのだ。
シロキさんが薬湯に入り、奇声を上げるたびに思ったのだ。無茶をさせたのは私なのだと。
シロキさんはゴブリン退治に行くことに反対していた。それを強行させたのは私のせいだ。あの薬湯はシロキさんにお灸をすえていただけではなく、きっと私にも警告していたのだろう。
あまり無茶をさせるなと。
そう問い詰められているような気がした。
そして、回復して外に出たシロキさんが村の人たちとこちらの言葉で挨拶をしたとき、思ったのだ。
シロキさんはこの村で平穏に暮らせるのではないかと。
日々畑を耕し、薬を調合する。穏やかな日々。村にもなじみ信頼も勝ち取った。
多少言葉が通じないが、それもそのうち解消してくだろう。
私がいなくてもシロキさんは大丈夫だろう。
だから私はこの村を出ることにした。
快気祝いでシロキさんたちを酔いつぶして、翌朝早くに静かに家を出た。
シロキさんの快気祝いの準備をする裏で町への馬車を手配しておいた。挨拶もせずにいなくなるのは気が引けたが、出ていくことがばれたら、シロキさんが何を言い出すかわからない。引き留めるかもしれないし、一緒に来るというかもしれない。引き留められれば私の決心が鈍り、シロキさんが一緒に来るというのはシロキさんのこれまでこの村で積み重ねてきた努力が無駄になる。
これでよかったのだ。
馬車乗り場に着き、馬の準備をしていた御者の方に声をかける。
「すみません。昨日馬車を頼んだアドです」
「ああ、馬車の準備はできてるよ。もう一人客がいるけどいいかい?」
「大丈夫です。急に予約してすみません」
「別にいいってもんよ。ちょうど町にもっていくもんもあるし問題ねえ。ちゃんと前金も払ってもらっているしな。ついでに魔物が出たら護衛してもらえるっていうんだからむしろありがてえ」
先に乗ってな。そういって御者は準備を進めていた。
馬車に乗り込むと幌の中には、いろいろと積み込まれていたが、その中にはゴブリンの魔石も積み込まれていた。シロキさんの倒した物だろう。ほかには干し肉なども積まれていた。
荷物の隙間にぼろいローブをかぶった人が腰掛けていた。フードを目深にかぶり寝息を漏らしている。一度近くに座ったのだが酒の匂いがしてきたので少し離れたところに座りなおした。
もともとお酒は好きではなかったが、きっとこれからはもう少し苦手になるだろう。どうしてもお酒を出す魔法使いシロキさんを思い出してしまう。
「それじゃあ、出発だ」
一度業者が幌の中をのぞき込んで乗っていることを確認した後、馬車が動き出した。
村を出るとき万感の思いで頭を下げていた。
☆
馬車に揺られ続け、すでに昼近くなっていた。
ローブをかぶった人は起きた後、私に一度頭を下げただけでそのあとはまたうつむいてしまった。
話し相手もおらず、暇を持て余していたのだが、
「御者さん。近くに魔物がいます」
近くに魔物の存在を感じ取った。
「たぶん逃げてきたゴブリン種だと思います」
シロキさんが仕留めきれなかったゴブリンがこちらのほうまで流れてきたのだろう。
「どうにかできそうかい? 出来なきゃ、肉を撒いて逃げるが」
シロキさんのおかげでレベルが上がっているし、肉体強化の魔法も使えるようになっている。
「やれます!」
ゴブリンのいる方角を察知し、奇襲をされないよう警戒する。
木々の間から出てきたのは六匹のゴブリン。
固いイエローゴブリン二匹に、動きが速いレッドゴブリンが三匹。そしてレッドゴブリンの進化種メガレッドゴブリンが一匹。
レベルが上がる前ならばレッドゴブリン一匹にすら勝てなかったが今ならいける。
先手必勝。
シロキさんのごとく肉体強化をもって、まずは動きの速いレッドゴブリンたちに剣を振るう。レッドゴブリンは私の動きについてこれず、ろくな抵抗もできずに地面に倒れる。だが、
「グギャギャギャ!」
メガレッドゴブリンが棍棒を振るい、私を牽制する。
レベルが上がった上に肉体強化を覚えた今、メガレッドゴブリンの攻撃は怖くない。
棍棒の軌跡の隙間を縫って、複数の斬撃を浴びせる。
充分な怪我を負わせて残るイエロー種を片付けようと視線を向けると、二匹はすでに馬車に向かって走り出していた。
それを抑えに動こうとするのだが、メガレッドゴブリンが邪魔をした。
「ギャギャ!」
「邪魔です!」
肉体強化の魔法のレベルを上げてとどめを刺す。
馬車にたどり着く前に追いつかなければならない。場合によってはシロキさんがしたように限界を超えた強化をする必要がある。
その覚悟をもって足に力を入れたところで、馬車から火球が二発飛び出し、イエローゴブリンに激突した。
火炎に頭を焼かれ、二匹のゴブリン力なく崩れ落ちた。
すべてのゴブリンが動かなくなり周りにほかのゴブリンがいる様子もない。戦闘は無事に終わった。
「ありがとうございます」
ローブの人にお礼を言って、頭を下げる。この人がいなければ馬車に被害が出ていた。
「おう、アドもナイスだ」
「は?」
間抜けな声が出た。
日本語での答えで――、
聞きなれた声で――、
本来そこにいるはずのない――、
「なんで?」
シロキさんがいた。
シロキさんは少し考えたあと、完全にふざけた様子で答えた。
「来ちゃった」
あまりにもふざけていて、あまりにも似合わない科を作ったしぐさに思わず殺意が芽生えた。
☆
Side シロキ
やべぇ、ふざけすぎた。
初めてアドの本気の怒りに思わず冷や汗が出る。
とはいえ、本当のことを言うには少々問題がある。
俺がここに来たのはゴコウさんからの密告があったからだった。
準備の段階から、アドの様子がおかしかったので、意思疎通の魔法でアドの思考をこっそり覗いてしてしまったらしい。
プライバシーが全くないあまりにも恐ろしい魔法だ。
とはいえ、そのおかげで翌朝に村を出ることを察知し、宴の途中でこっそり教えてもらえたのでありがたいことであるのだが。おかげでアドの先回りができた。
ゴコウさんが勝手に思考を読んだことをごまかすためにふざけてみたのだが、アドを怒らせてしまう結果になってしまった。
もっとも、黙って出ていった後ろめたさがあったからか文句は言えないようだった。怒りをすぐにひっこめて、ため息をついていた。
これを機会に俺の本音を伝えておこう。
「アドが思っているよりも、俺はお前に感謝している。言葉が通じない中どれだけ、救われたことか。それにお前といて楽しかったよ」
だから――、
「俺はお前について行きたい」
はっきりと俺の意思を伝えた。
俺の言葉にアドは小さくうなずき、
「シロキさんはバカですね」
笑顔を載せた悪態で答えてくれた。
第一部完!
一応まだ続いていきますよ。
以下どうでもいい話
座右の銘メーカーで『シロキ』の結果が『平凡は幸せの一つ』
英雄ではないシロキという主人公を描く上で、今後の指針となりそうな言葉です。
『ピア』ちゃんは調べちゃいけない。いいね?




