第19話 びしょびしょ
「晩御飯晩御飯。ひっさしぶりの晩御飯―」
アドよ。そんなに食べてなかったのか?
「あ、パンひとかけらくらいなら食べてましたよ?」
「たんとお食べ、おいしい料理を作るから」
今日は外食じゃなく、俺が料理担当だった。
「本当ですか。楽しみです。異世界料理作ってくれますか?」
「あー、そうだな。こっちの料理じゃなくてあっちの料理か」
「ええ、おいしいのがいいですおいしいのが」
食いしん坊め。
しかし、こちらの世界には調味料がほとんどない。砂糖もないし、胡椒もない。塩はあっても味噌、醤油はない。
「しょうがない。俺のとっておきを作ってやるか」
胡椒がないのが残念だが、とりあえず作れないことのない得意料理をふるまうこととしよう。
豚肉と鶏肉を切って鍋に投入。軽く炒める。
本当はニンニクもいれたい。だがない。
炒めたところに人参、玉ねぎ、白菜みたいな葉物、長ネギみたいな何かを追加。似てるけど違うんだよな。これが。
「男の料理ですね。味が想像できるというか、おいしそうとは思えないんですけど」
この野郎絶対うまいと言わせてやる。
「本日初公開。酒魔法。ダバダバー」
「これがお酒の魔法! ってなんで入れるんですか! 食べれなくなっちゃうじゃないですか。バカですか!」
「こういう料理があるんだよ。あっちでも一般的なもんじゃないけどな」
「本当ですか? お酒ってあんまりおいしいもんじゃないですよね」
「まあ、こっちの酒はアルコールがあればいいくらいのもんだからな。だからレッドアイも作ったわけだしな。心配するな。きちんと歴史あるうまい料理だ」
「これはなんていう料理なんですか?」
「びしょ鍋」
「……私の日本語理解力がないせいかよくわからないんですが」
「料理の内容を表す名前ではないからな。酒を造る蔵人や杜氏の仕事がまた濡れるんだよ。びしょびしょになる。その蔵人のまかない料理がびしょなべだ。日本酒をふんだんに使うから、酒蔵関係者以外はそうそう食べるもんじゃないし、郷土料理だからあまり知られてもないけどな」
酒を入れてから火を通す。
塩で味を調え、酒がとび野菜に火が通れば出来上がりだ。
「……すごくいい匂いですね」
「最高だろ? この匂い」
調味料がほとんどないこちらの世界では未知の料理だろう。
こっそりこちらをうかがうゴコウさんも落ち着かない様子だ。
そして、いざ食べると『わしはこれを食べるために生きていたようじゃ』などと言ったらしい。
さらに日本酒を飲ませると、涙を流して『もう死んでもいい……』だそうだ。
直接言葉が分からないのが非常に残念だった。
アドは、
「この程度で勝ったと思わないで下さい! 他にもおいしいものを知ってますから! 負けてないです! 私は負けてないですよ!」
勝ち負けを付ける気などさらさらなかったのだが悔しそうにうなっていた。
デザートにケーキを出したら、アドはあっさりと敗北を認めた。
アドがびしょびしょとは言っていない。
……そのうち酒まみれにしてやろう。




