第15話 ケーキ
ふむ。
「理由を聞いていいか?」
「私では護衛は務まりませんから」
「そうか? 俺には十分だと思ったんだけど?」
もともと俺は今回の依頼内容を把握していなかったが、ナゴヤの町まで俺を送り届けるというものだったな。クウネさんがそう依頼したのは、ナゴヤの町が異世界人の作った町であり、日本語が通じるから、と。
「私は弱いです。冒険者として一年やってきていまだEランクです。そんな私を本当に十分な護衛と言えますか?」
淡々と言っているが悲痛な叫びにも聞こえてくる。
「もちろん事前にいただいた。前払いの報酬も支度金もお返ししますし、違約金も払わせていただきます」
「金がないんじゃないのか?」
「ギルドでなけなしの預金を引き出します。あとはここのギルドで依頼を引き受ければ何とかなります」
「そうか……。久しぶりに話ができる相手がいて楽しかったんだが、残念だ」
決意は固そうだ。引き留めても結果は変わらないだろう。
「すみません。迷惑ばかりかけて」
「いや、迷惑は掛かってないぞ?」
「私が依頼を受けなければ、ほかの優秀な冒険者が来ていたはずです。改めて依頼を出してまた数日待たせてしまいます」
ああ、そこらへんを気にしているのか。
「まあ、気にすんな。あと依頼の違約金も報酬の返却もいらねえよ」
「それは……」
「そこらへんクウネさんとしっかり打ち合わせしてなかったのが問題だ」
わざわざ護衛として雇うことでアドは実力不足を感じているが、通訳として雇っていれば問題なかった。護衛が必要ならばこちらのギルドで雇えばそれでよかったはずなのだから。
「まあ、明日また来い。次の依頼の話をどうするか決めるにしてもアドがいなきゃ俺は会話もできないんだ。しばらくは頼りにさせてもらっていいか?」
「……はい」
「あと、うまいもんを包んできてやる。帰って食え」
俺はアドを置いてゴコウの家にもどってこっそりケーキを包んでやることにする。
落ち込んだ時にはうまいもんを食うに限る。
だというのに、だ。
「待たずに帰ったか……」
戻った時にはアドの姿はなかった。叩きのめされた相手に施しを受けるのはプライドが許さなかったのだろうか。
「俺も気が利かないな。もうちょっとやりようがあるだろうに」
自分の無神経さに腹が立つ。
明日はうまくやれればいいのだが。
包んだケーキは精霊たちにやった。
あとゴコウさんに酒を飲ますのはお預けになった。
☆
「よ! アドおはよう」
「……おはようございます。シロキさん」
元気ないな。やっぱ昨日ケーキをもっていかせるべきだったか。無理やり押しかけるべきだったかもしれん。まあ、依頼の件を終えてから食わせればいいか。
「ギルドで合意の上で依頼を解約すればどちらにも違約金は発生しないですから行きましょう」
言葉少なに、俺たちはギルドに到着する。にぎわっている中静かに依頼取り消しを行った。
粛々となんの問題もなく、俺たちの依頼人と冒険者の関係は終わった。
「んじゃあ、ちょっとついてこい。昨日うまいもん食わしてやるって言っただろ?」
「いえ、もう依頼をされているわけではないのでそんなわけには……」
「いいから来い」
無理やり引っ張って外に出る。ゴコウの家の近くまで引っ張っていく。
「あれ?」
ゴコウさんの家のノブを回すが開かない。
「留守か? 言葉が通じないと細かいところで意思疎通が足りないな」
落ち着いたところでケーキを食わせてやろうと思ったが、しょうがない。
行儀が悪いが玄関先で食うか。
「ほれ、アド。これで食って元気出せ」
右手にケーキを出してアドに手渡す。ケーキ能力本日初公開だ。
「ッ! それがシロキさんの力ですか?」
俺がケーキを出したのを見て、さらに落ち込んだ。
「そうですよね。シロキさんは異世界人ですから、とんでも能力があって当然ですよね」
いや、ケーキ出せるだけの能力を過大評価してもらっては困るんだが。
「私なんて、ただの邪魔な獣を狩ったり魔物を解体するくらいしか能がないただのポーターですよ。無能ですよ」
卑屈モードに入ってしまったようだ。
「とりあえず食って元気出せ」
「いらないです」
あ、これめんどくさいやつだ。
アドにもいろいろあって思うところがあったのがピークに達したんだろうが、いい加減にしてほしい。
無理 やり渡すが、その手を力なく下げてしまう。
「私にはそんな資格ないですから」
ケーキ食うのに資格がいったのか知らなかったなぁ。
うん。そんなに食いたくないか。なら無理やり食らわせてやることにするよ。
俺は右手に出したホールケーキを大きく振りかぶり、
べしゃり。
アドの顔面にぶち込んだ。
アドはいったい何が起こったのかわからず、顔面にケーキを張り付けたまま固まった。
顔面に何かべたべたしたものをぶつけられたということに気づいて。絶叫する。
「何するんですかぁぁぁあ!」
「ケーキを顔面にぶち当てたんだよ。わからなかったか?」
何でもないことのように平然と答えてやる。
「わからないですよ! 喧嘩売ってんですかぁ!」
顔面のケーキをはがしこちらをにらみつけようと顔を上げたところで。
「喧嘩売ってんだよ! バーカ」
挑発してもう一発ぶち込んだ。
「……その喧嘩買いますよ! 頭に来ました!」
今度こそケーキを顔面からはがして、こちらに殴りかかってくる。
「ぐッ!」
容赦なくこぶしを顔面に当ててくる。
ケーキの貯蔵は十分だ。無限にぶち当ててやんよ。
「こっちこそ頭にきてんだよ! 俺に負けたくらいで態度変えやがって!」
「仕方ないじゃないですか! 私役立たずの雑魚なんですから!」
「お前が役立たずなら俺はガキ以下か! 弱い上に喋れねえんだからな!」
「日本語喋ってるし、しっかり働いてるじゃないですか! しかもわけのわからないものも出すし! 私は失敗ばかりなんですよ!」
「誰だって失敗するわ! 悲劇の主人公にでもなってるつもりか!」
「主人公になれるならなりますよ! ばかぁ!」
「なればいいだろ!」
「無茶いうなぁ!」
……
…………
死闘の終了は俺が地面に倒れることで訪れた。HP50しかないから超貧弱だな。
それに対してアドはケーキをぶち当てられただけだからな。ろうそくもイチゴも抜いたスポンジとクリームだけのケーキをぶち当てただけなのでダメージはたいしてない。顔面狙いも最初のほうだけだしな。俺のほうはというと顔面を殴られ続けたからダメージがでかい。
息を整えながらアドは俺の隣に座り込んだ。昨日と同じように隣に座っているのだが顔は前を向いている。
「……シロキさんはいったい何がしたかったんですか?」
「いっただろ? 喧嘩したかったんだよ」
「はい?」
「依頼人と冒険者なんて関係じゃなくて、喧嘩して殴り合って、ムカついてストレス発散して、そんで仲直りするような仲になりたかったんだよ」
「なんですかそれ……。大体シロキさんは殴ってないじゃないですか」
「怪我させたいわけじゃなかったからな」
「私だって怪我させたくなかったですよ」
「なあアド」
「なんですか?」
「俺は弱いし何もできない。ついて来てほしい」
「いやですよ。なんで私がついていかなきゃならないんですか」
おお。断られた。
「私のほうが先輩冒険者なんですから、あなたのほうがついて来るほうです。大体なんですか、ぶっ倒れたまんまでそんなこと言ってもしまらないですよ」
「全身ケーキまみれでかっこつけてもしまらないぞ」
顔面クリームだらけでギャグのような光景にしか見えない。
「あなたのせいですよ!」
ほんとにな。台無しにしているのは全部俺で間違いないな。
帰ってきたゴコウに家に入れてもらい、風呂を借りてアドはケーキを落とした。
その後、テーブルを挟んでアドと相対する。
「んじゃ、改めて。アド。これからよろしく頼む」
「偉そうですね。とりあえず。パーティを組んで行動するということでいいんですか?」
「ああ、正式にお願いしたい。できるだけこっちの言葉も覚えていくようにしてるが、しばらくは通訳を頼むことになると思う。それでもできるだけ対等にやっていきたい」
無茶いってるよな。通訳をただでやれと言ってるようなもんだし。
「……本当にいいんですか?」
「弱いという理由で遠慮することはないぞ? そもそも弱いのは俺も同じだし、強いところに無理に混ざってもろくなことにならんから、むしろほぼ対等なアドとならうまくやっていけそうだと思ってんだぞ?」
俺の言葉にアドは苦い顔をする。
「……本当にその通りですね」
「もしかしてなんかあったのか?」
「ええ、まさしくろくなことがなかったんで。私のレベルいくつか見てますよね?」
「1だったな」
そんなにイヤそうな顔をするなよ。自分で聞いたんだろうが。
「レベルがどう上がるか、シロキさんはまだ知らないですよね?」
「知らないな」
「魔物を殺すことでレベルが上がります」
それは現代日本人の予想の範囲だが、その事実は一つの事実を示している。
「アドはまだ魔物を殺していないのか」
先ほどの卑屈モードでは獣を狩ったといっていたが、魔物とは違うのだろう。
「はい。……私は以前、大手クランに所属していました」
「大手クランに入れたのか?」
「むしろどこにも入れなかったんです。私は小人族と人とのハーフなのでこれ以上体格が良くなることがありません。筋力もリーチもないのでほかの種族より戦闘能力が大きく劣ります。どのクランも私を入れてくれませんでした。ただ一つ、その大手ギルドがポーターとしてなら雇っていいと言ってくれました。飛びつきましたとも」
「ポーター、荷物持ちか」
「大手クランとなると、新人はそういった役割になるのは珍しくないんです。荷物持ちをさせつつ戦闘に徐々に参加させていくことはほとんどのクランでやっています。ただ、私の場合一度も魔物を倒す機会を与えられませんでした」
「雑魚くらいならいくらか倒させたほうが予備戦力にもなって便利だろうに。わからんな」
いや、これは前提から間違っているのか?
「そもそも戦力としてクランに入れたわけじゃなかったのか?」
「ええ。そのクランは男性ばかりのクランでして……」
言いよどむ。
「強くなりたかったら、わかってるだろ? みたいな感じか?」
「まさにそうですね。はっきりとそういったことを言ったり、やらかしてしまうとクランの評判がガタ落ちですからあちらから手を出してきませんでした。そのかわり、最後に除名されるまでポーターとしてこき使われましたけど」
「なるほど。だからレベル1のままだったのか」
「はい。下手にレベルを上げたりしたらどうなるかわかりませんでしたから。除名されるだけならどうにもなりますが、敵に回した場合、どうにもなりません」
「目を付けられないようにそのあともレベルを上げたり、ほかのクランに入るのはやめてたのか」
アドはうなずき、俺を見据える。
「そんなときにこの依頼を見つけました。その町から離れたかったのでちょうどいい依頼でした」
「それでそのまま魔物を狩る間もなくここに来たわけか。納得だ」
「そんな私で本当にいいんですか? 小人族で大きな成長は望めませんよ? もしかしたら大手ギルドに目を付けられることになるかもしれません」
「そんなこと気にすんな。別に近づかなきゃいいだけだろ。あと小人族だからって弱いとは思ってないぞ。大体、人族だってほかの戦闘系種族より弱いだろうに」
詳しい種族の特性などは知らないが、それは簡単に予測できることだ。
「ですが……」
「おいおい、アド。勘違いしているぞ。俺だって年食ってるから、成長なんて望めないし、異世界人ってことで面倒事に巻き込まれる可能性だってあるぞ。むしろ、俺のほうが夢も希望も未来もねえよ……」
言っていて、だんだん鬱になってきた。年を取ってくると未来のことを考えることがつらくなる。ああ、死にたい。
「ちょ、シロキさん?」
「しかもこっちの世界では言葉は通じねえし、そもそもコミュ障だし……」
「シロキさん! 年取っててもレベルが上がれば、強くなれますよ! 異世界人ってだけで、トラブルはそうないですし、あと言葉は私が何とかしますから! コミュショウっていうのはよくわからないですけど何とかします!」
「……頼むわ。まじで」
慰めていたと思ったら、逆に慰められていた。
「任せてください!」
アドが元気になったからいいか。
こうして俺とアドのコンビが誕生した。




