「ずっと覚えていた」第四話 【 知らない 】
第四話『知らない』
休日だった。
朝から天気が良い。
洗濯物を干し終えた希美は、大きく伸びをした。
希美「買い物行くか」
玲「行く」
即答だった。
希美は振り返る。
玲はソファの上で雑誌を読んでいた。
希美「まだ誘ってない」
玲「でも行く」
希美「なんで?」
玲「暇だから」
正直すぎる。
希美はため息を吐いた。
希美「勝手にして」
玲「うん」
玲は少しだけ嬉しそうだった。
その反応が妙に犬っぽい。
本人に言ったら否定されそうだが。
スーパーへ向かう道。
玲は隣を歩いていた。
会話は少ない。
けれど気まずくはない。
それが少し不思議だった。
玲「今日カレー?」
希美「なんで分かったの?」
玲「じゃがいも買う顔してた」
希美「そんな顔ある?」
玲「ある」
ないと思う。
たぶん。
野菜売り場へ向かう。
希美は人参を手に取った。
すると玲が別の袋をカゴへ入れた。
希美「何それ」
玲「玉ねぎ」
希美「もう持ってる」
玲「あ」
戻しに行く。
本当に普通だ。
普通すぎて。
たまに最初の出会いが夢だった気さえする。
お菓子売り場を通った時だった。
玲「それ好きだったよね」
玲が棚を指差した。
チョコレート菓子だった。
希美「食べたことないけど」
玲「え?」
玲が固まる。
今度は希美が首を傾げた。
希美「どうしたの?」
玲「……なんでもない」
玲は視線を逸らした。
ほんの少しだけ。
困ったような顔をしていた。
レジを終える。
店を出る。
空は晴れていた。
雲も少ない。
気持ちの良い午後だった。
玲「雨降るよ」
希美「降らないでしょ」
玲「降る」
断言だった。
だが空を見てもそんな気配はない。
十分後。
希美「……降ってる」
小雨だった。
玲は何も言わない。
当たり前のことのように空を見ていた。
希美「なんで分かったの?」
玲「なんとなく」
希美「便利だね」
玲「そうかな」
少し笑う。
だがその直後だった。
小さな泣き声が聞こえた。
「お母さん……」
振り向く。
五歳くらいの男の子だった。
周囲を見回しながら泣いている。
迷子らしい。
希美が近付こうとした時。
玲が立ち止まった。
その表情を見て希美は驚く。
初めてだった。
玲がそんな顔をするのは。
悲しそうな。
苦しそうな。
何かを思い出しているような顔。
希美「玲?」
玲ははっとしたように顔を上げた。
玲「……大丈夫」
そう言った。
だが全然大丈夫には見えなかった。
玲は男の子の前にしゃがみ込む。
玲「お母さんの名前分かる?」
男の子が頷く。
玲は優しく話を聞いた。
十分後。
無事に母親が見つかった。
男の子は泣きながら抱きついている。
玲は少し離れた場所から見ていた。
どこか安心したような表情だった。
帰り道。
希美「子供好きなんだ」
玲「別に」
希美「そう?」
玲「そう」
いつもの玲だった。
けれど。
あの時だけは違った。
希美はそう思った。
その日の夜。
久しぶりに実家から送られてきた荷物を整理していた。
古いアルバムが出てくる。
希美「懐かしいな」
ページをめくる。
幼稚園。
遠足。
夏祭り。
昔の自分が笑っていた。
そして。
一枚の写真で手が止まる。
そこには幼い希美と。
知らない男の子が写っていた。
希美「誰……?」
見覚えがない。
首を傾げながら写真を裏返す。
母親の字だった。
『迷子の玲くんと』
希美は目を瞬いた。
玲、確かにそう書いてある。
希美「……まさかね」
そう呟いた。
だが。
なぜか胸がざわついた。
第五話へ続く▶︎▶︎▶︎




