「ずっと覚えていた」第二話 【 半年前 】
第二話『半年前』
半年前。
その日も希美は仕事で疲れていた。
時計は二十一時を過ぎている。
コンビニで買った弁当の入った袋を提げながら、アパートの階段を上った。
ため息が出る。
一人暮らしは気楽だ。
けれど、たまに静かすぎる夜がある。
鍵を取り出し、玄関を開ける。
「ただいまー……」
返事はない。
当然だ。
一人暮らしなのだから。
靴を脱ぎ、部屋へ入る。
リビングの電気は消えている。
暗い。
希美は壁のスイッチへ手を伸ばした。
ぱちり。
照明が点く。
そして。
ソファに知らない男が座っていた。
「…………」
希美は固まった。
男も固まっていた。
数秒の沈黙。
先に口を開いたのは男だった。
玲「おかえり」
希美の思考が停止する。
停止したまま数秒が過ぎる。
そして。
希美「誰!?」
男――玲は少し驚いた顔をした。
驚きたいのはこっちだった。
玲「玲だけど」
希美「知らない!!」
即答だった。
玲は少し考える。
本当に少し考える。
玲「そっか」
希美「そっかじゃない!」
希美は後ずさった。
玄関まで逃げる。
スマホを握る。
玲「警察?」
希美「呼ぶ!」
玲「それは困る」
希美「困るのは私!!」
正論だった。
玲は黙る。
どうやら反論はないらしい。
余計に怖い。
希美「なんでいるの!?」
玲「分からない」
希美「は?」
玲「気付いたらいた」
意味が分からない。
本当に意味が分からない。
だが玲の顔は真剣だった。
嘘をついているようには見えない。
だからといって信用できる話でもない。
希美「窓から入った?」
玲「入ってない」
希美「鍵は?」
玲「持ってない」
希美「じゃあどうやって入ったの!?」
玲「だから分からない」
希美は頭を抱えた。
会話にならない。
いや、会話にはなっている。
なっているのに意味が分からない。
最悪だった。
玲「ごめん」
ぽつりと玲が言った。
希美は顔を上げる。
玲「困らせたいわけじゃないんだ」
その言葉だけは妙に真っ直ぐだった。
希美は少しだけ勢いを失う。
だがだからといって許せるわけではない。
希美「とりあえず出て行って」
玲「行く場所ない」
希美「知らない」
玲「うん」
玲は素直に頷いた。
そして本当に困ったような顔をした。
その顔が少しだけ年相応に見えて。
希美は小さく舌打ちした。
情けない。
こういうところが自分の悪い癖だ。
困っている人を見ると放っておけない。
知らない男なのに。
不法侵入なのに。
それでも。
希美「……今日だけ」
玲が顔を上げる。
希美「今日だけだからね」
玲「うん」
希美「明日には出て行って」
玲「分かった」
その返事は妙に素直だった。
本当に分かっているのか怪しいくらいに。
その夜。
希美はほとんど眠れなかった。
隣の部屋には知らない男がいる。
当たり前だ。
眠れる方がおかしい。
だが翌朝。
目を覚ますと玲の姿は消えていた。
部屋にもいない。
玄関にもいない。
夢だったのだろうか。
希美は首を傾げながら冷蔵庫を開ける。
すると扉にメモが貼られていた。
『牛乳なくなりそうだったから買っておいた』
見慣れない字だった。
冷蔵庫の中を見る。
確かに牛乳が一本増えている。
希美はしばらくその場に立ち尽くした。
そして小さく呟く。
希美「……誰なの、本当に」
もちろん答える人はいなかった。
第三話へ続く▶︎▶︎▶︎




