十一 疑念
「やいやいッ、この桃様を、よくも謀りやがったね!」
大蜘蛛退治の後、一同は真神白玉神社へと戻ってきた。
境内に置かれた腰掛けのそばで、権兵衛に拘束された男相手に桃が凄んでいる。
これは一体、どういうことなのだろうか――
今ひとつ事情が飲み込めない沙智は、権兵衛に尋ねた。
「結局、その人が今回の騒ぎの原因なんですか?」
「ああ、そのようだな」
権兵衛はまるで他人事のように言う。
桃の言によると、この男に妙な仕事を依頼され、気枯地から物の怪が湧いて出る事態になったというのだが――
その男がどうしてその現場近くに隠れていたのか。
「絶対に許さないよ……顔を上げな! この爪で引っ掻いてやるッ」
桃の威圧に、男は恐怖で身じろぎする。
「や、やめてくれッ」
「なんのために、あたいを嵌めたッ? 洗いざらい白状しなッ」
「ひいぃ」
物の怪騒ぎの張本人は、名を「辰二郎」というそうだ。
以前は辻平という町で、芋やら野菜を売っていたらしい。
しかし町に人が増え、商売の形も多様になった現在は競合に差をつけられ、物が思うように売れず、地道に働くのが嫌になってしまったという。
することといったら酒、博打という荒んだ生活を送っていたというのだ。
「絵に描いたような落ちぶれっぷりじゃのう」
辰二郎の境遇を聞いた千世が、呆れたような顔で言う。
「のう、三下――お前はそこの権兵衛を知っておるな?」
「うっ、し、知っている」
辰二郎の額には、冷や汗が浮き出ている。
「お前は山師を装い、近辺の里でなにやら吹聴していた――そうじゃな?」
山師――?
それは、権兵衛の話に出てきた、異形を目撃した山師のことだろうか?
すっかり忘れていた人物が話に登場して、沙智は少し混乱した。
「――そうだ」
辰二郎の代わりに権兵衛が答える。
「そもそも、この男と知り合ったのは、ごく最近の話でな。実は素性も大して知らなかったんだ」
「なんとなく、そんな気がしたわい」
千世が腕を組みながら言う。
「まあ、俺も妙だとは思ったがね。人夫が襲われたと言うが、他の者からはそんな話は一向に聞かんし、新参者が近辺の鉱脈を下見している様子もなかった。どうにも胡散臭いものだから、千世坊に異形退治を持ちかけられた時も、気乗りはしなかったのだ」
「それを早く言わぬかッ」
千世が権兵衛を咎める。
「いや、まさかこんな大事になるとはな」
権兵衛は権兵衛で、なにがなにやら、という心持ちらしい。
「――で? 結局、お前はなにがしたかったんだい?」
桃は辰二郎を睨んでいる。
「素直に喋りなッ。でないとこの爪が嘶くよッ」
「わ、わかった、全部話すッ」
怪しげな霊術使いと化け猫に囲まれた辰二郎は、ついに観念した。
「あれは、そうだ、は、半月ほど前の話だ――」
辰二郎は、小刻みに肩を震わせながら、とつとつと語りだした。
「町の賭場でのことだ……俺は持ち金のほとんどを擦ってしまった」
「お前は商売だけでなく、博打も下手なのか」
千世が苦笑する。
「気分が悪かったから、酒でも飲もうと酒屋へ向かったら、どこからか『いや、これ』なんて声が聞こえてきたのだ――」
またもや怪談のような語り口だ。
昔の人は、こうやって話すのが普通なのだろうかと沙智は思った。
「気の所為かと思ったが、呼び声は何度も聞こえる。あんまりにもしつこいから『俺にいっているのか』と尋ねると、暗がりからぬう、と人影が現れた――」
「なんだか長くなりそうじゃな、この話……」
千世がぶつくさ文句を言っている。
「提灯も持たぬ男が脇から急に出てきて、俺は少し驚いた」
「お前の所感はどうでもよい。その人影とは何者だったんじゃ?」
「坊主だ」
「坊主――?」
「多分、そうだ。あれは真っ黒な法衣を着た坊さんだ」
それを聞いた千世は、なぜだか急に険しい顔つきになった。
辰二郎がさらに続ける。
「そいつは『そなた懐が寒くはないか』などと言いだした。要らん世話だと思って立ち去ろうとすると、『よい儲け話がある』と――」
「そんな話ばっかりじゃな。お前といい、そこの猫といい」
横で聞いていた桃が、じっとりとした目で千世を睨んだ。
「で、その『儲け話』とは?」
「ぼ、坊主は、煤払い――掃除をするだけで百銭を出す、と言った」
「掃除だって?」
桃が口を挟む。
「あれのどこが掃除だってんだいッ」
「そ、そう言われたのだ、本当だ」
辰二郎は桃に凄まれて、顔を背けた。
「馬鹿言うんじゃないよ! 化け物なんか呼んで、なにが煤払いだってのさ? 下手すりゃ、あたいらが掃除されてたよッ」
「ち、違う――まさか、ああなるとは、夢にも思わなんだ」
「ハッ! 怪しいもんだ」
桃は一度騙された所為か、かなり疑心暗鬼になっているようだ。
「し、信じようと信じまいと、事実なのだ」
物の怪や異形も恐ろしいが、辰二郎はそれを退治した者たちに囲まれて尋問されているのだ。この期に及んで、嘘など吐かないだろう。
桃とて、内心ではそう思っているはずだ。
「ふん。じゃあサ、あたいに近づいたのは、どうしてだい?」
「それは――」
「包み隠さず言いなッ! 言わないと――」
「わ、わかった」
辰二郎は身をよじり、額には玉のような汗をかいている。
「仕事を受けるというと、その坊主は、俺に妙な石をいくつか寄越したのだ」
妙な石――
桃が渡されたという、赤黒い石のことだろうか。
「その石は『柘榴石』といわれるモノらしい。俺は本当は山師でもなんでもないから詳しくは知らんが、あの坊主はそう言っていた」
「お前があたいに寄越した石だね?」
「そ、そうだ。坊主は『その石を持って白玉の山にある気枯地へゆけ』と」
「ふぅん……」
桃は真っ赤な目で、辰二郎に刺すような視線を送る。
「に、睨まんでくれ。嘘は言っていないッ」
「いいから、続きを喋ンなよ」
桃に先を促された辰二郎の顔色は、次第に青ざめてきている。
「坊主は、気枯地というものを祓い清める仕事だと言った。気枯地へ近づけば、後は柘榴石が勝手にやってくれると……なんとなく嫌な予感がしたが、俺は結局、その辺の破落戸やら、博打で素寒貧になった者どもに声をかけ、金をちらつかせて気枯地のある場所へ連れて行ったのだ」
「ひとりで行くのが怖かったってのかい?」
桃にそう言われると、辰二郎は、
「それもあるが、坊主がそうしろと言った。大勢で行くほうが楽に終わると」
と答えた。
そこで、今まで黙って聞いていた伊月が発言した。
「まさか、その連れて行った人たちが、あの異形――なのですか?」
辰二郎は恐怖で顔を引きつらせ、地面に両手をついてしまう。
「そ、そうだ――奴らが気枯地に近づいたら、く、黒い煙のようなモノが吹き出して、気づいたら、く、蜘蛛の化け物にッ」
「そういうことですか……」
伊月が首を振る。
「その石――とんでもない禍因じゃのう」
千世が苦い顔をする。
人が、あんな姿に変わってしまうなど、本当に忌まわしい。
あの異形たちは、もしかして、死ぬより苦しい思いをしていたのでは――
「異形の発生源はわかりましたが――」
伊月がさらに辰二郎に尋ねる。
「物の怪――あの大蜘蛛に関しても、その坊主から聞いていたのですか?」
「いや、知らん……あの大蜘蛛は、俺が石を持っていった時にはいなかった。あんなものは今日、初めて見た」
「そうですか。ううん、一体どういう理屈で……」
伊月は物の怪が生まれた理由に疑問が残るようだ。
「――それで、あなたはどうして異形にならず、無事でいられたのです?」
「俺は少し離れた場所にいた。後ろで見ていたら、ひ、人が異形になった! あれを見たら、気枯地にはとても近づけぬ!」
それを聞いた桃は、さらに怒りを募らせる。
「ビビったんなら、そのままケツ捲って逃げりゃあよかっただろッ! どうしてあたいに、お前の不始末を擦り付ける必要があるんだい? あやうく、こっちまで化け物にされるところだったじゃないかッ」
「さ、最初は逃げようと思った。だが、あの不気味な坊主がどこかで見ているかもしれないと思ったら、お、恐ろしくて」
「それで、あたいを身代わりに、ってワケかい」
「し、仕方なかったんだ。金だって受け取ってしまったから」
「ふん、やけに払いがいいと思ったらコレだ。どうせ、あたいがしくじったら、寄越した金も取り返すつもりだったんだろッ」
辰二郎の目が泳いでいる。
やはり――常世は思った以上に物騒な所なのではないか。
千世や権兵衛は「そこまで酷い世界ではない」という風なことを言っていたが、沙智としては、こんな騙し騙されの荒んだ環境には馴染める気がしない。
それとも、今回は偶々、運悪く殺伐とした事態が重なっただけで、本来はもっと平和な世の中なのだろうか。
「まあ、騙したことは許せないけどね。仕事に関しちゃ、お前が坊主から受け取った百銭、全額あたいが頂くということで勘弁してやろうじゃないか」
さすがに桃は、ちゃっかりしている。
「で、次がようやく本題なんだけどねぇ――」
桃は、辰二郎の周りをゆっくりと歩きながら尋ねる。
辰二郎は「まだあるのか」と言いたげな表情だ。
「お前、あたいが猫又だって、誰に聞いた?」
桃が、その顔をずいと辰二郎に近づける。
「それは――」
「なんだい? 言えないってのかい?」
「い、いや、言う。辻平にいる、傳吉という貉の獣人だ」
「ムジナだぁ?」
「そいつも情報屋をやってるらしい。誰か、弱みがありそうな者を紹介してくれんか、と頼んだのだ」
それを聞くやいなや、桃は口から牙をのぞかせた。
「言うに事欠いて、情報屋だって? この桃様も随分と舐められたもんだ。そのムジナ野郎、怒らしちゃァいけない人を敵に回しちまったようだねぇ。あたいを虚仮にした奴は後悔するよ。猫の恨みは恐ろしいよ。七代まで祟るよ」
そこで、いつもより口数の少ない千世が口を開いた。
「で、そこの馬鹿猫を騙くらかして、仕事に始末をつけようとしたと」
「誰が馬鹿猫だって?」
桃はずっと、ご立腹である。
「念のため、猫がきちんと仕事をするかを、木陰に隠れて見張っていたわけか。随分と律儀だのう」
「あたいが異形や物の怪にやられたら、金を回収するつもりだったんだろ」
「ま、それも当てが外れたな。まさか、儂らが物の怪を退治してしまうとは夢にも思わんかったじゃろうて」
「はんッ、いい気味さッ」
桃は、ぷいっと横を向いて目を細めた。
辰二郎を見ると、かなり疲れている様子だった。
この尋問で(主に桃の所為で)精神的にもかなり消耗しているようだ。
「猫のことはさておき――その坊主だが、他になにか話したか?」
千世が聞くと、辰二郎は虚ろな目で答えた。
「いや……とにかく『気枯地を清めるのだ』としか言わなかった。上手くいけばさらに金を払うとも。目的は分からん。今にして思えば、あの異形どもを生み出すためだったのだろうが」
「ふん――では、坊主の居場所は?」
「それも分からん」
結局、辰二郎も黒衣の僧とやらに利用されただけのようだ。
「いいですか、皆さん」
伊月が手を上げて発言する。
「だいぶ情報も出ましたし、皆さんもいい加減、お疲れでしょう。続きはまたということにして、そろそろ夕餉に致しませんか?」
沙智としては、この提案はありがたかった。
正直、尋問中のピリピリとした空気は、どうにも居心地が悪かったのだ。
「そうね。もう暗くなってきたし、お腹も空いたわ」
凪も同じ意見のようだ。
「では、僕は支度をしてきますので。社務所でお待ちください」
「あたしも手伝うわ」
「ありがとうございます。と、この人は――」
伊月が辰二郎を見て、誰とはなしに尋ねると、
「その辺に縛っときな。あたいが見張ってるから」
桃がギラギラした目つきで申し出た。
「その、一応、御神前ですので。穏便に、穏便にお願いしますよ……それでは、行って参ります」
伊月と凪は、社務所へ向かった。
権兵衛は縄を結んで、木の腰掛けに辰二郎をつないでいる。
沙智がふと千世を見ると、腕を組んで虚空を見つめている。
「千世ちゃん――」
千世は呼びかけに気づいていないのか、黙っている。
先ほどから、なんとなく様子がおかしい。なにを考えているのだろう。
どこからか、遠吠えが聞こえる。
碧太郎の声だろうか。
緊張の糸が切れた所為か、沙智は急に疲労を感じた。




