馬と人の歴史2 - オロチ騒乱の乗り弓
第一章 帰還と任命
長い修行を終え、ヲハシリは都へと帰りました。
アマテルカミに修行の成果を見せた所、お褒めを賜ることになりました。そのアマテルカミの詔には、「のりヲシエト」(乗馬法の師範)に任じていました。
ヲハシリの許には、それを聞いた多くの生徒が教えを請いに来ます。ヲハシリの教えた人のうちにはソサノヲも居ましたしイフキトヌシも生徒で居ました。
第二章 教えの日々
ヲハシリは「ちみち」「あれのり」「いつのり」の技を、一人一人丁寧に教えていきました。
「腰が中心だ。人馬の二つの中心は、馬上の人の腰にある」
基本の「ちみち」では、腰を据え、馬の呼吸と合わせる技術を教えます。
「あれのり」では、障害を飛び越える技術を伝授しました。
「鐙で垂れ皮を打ち馬を煽る時は、手綱を緩めて自由度を増す。締めると緩める、『ほとらい』の『ま』だ」
そして「いつのり」の五十九の「さつめ」の妙技。馬を全速力で走らせながらの制御技術を教えていきました。
最も重要なのは「ひとぬきのま」の理念でした。
「手綱のコントロールで世界を安定させる。アメノミヲヤ様が地球を固められたように、フタカミ様が国を安定させられたように。定まって行くべき理想のイメージ、あるべき中心を持つことが大事だ」
ヲハシリは技術だけでなく、その背後にある理念も伝えました。
「技は手段に過ぎない。大切なのは、それを何のために使うかだ」
ソサノヲとイフキトヌシは特に熱心で、めきめきと上達していきます。ヲハシリの教えた生徒は相伝のまた伝授等も含めると何万人にも達したと言われています。
第三章 オロチの騒乱
豊かさと平和な時代が長く続いた反動でもあったのでしょうか。オロチの騒乱は全国規模での広がりを見せ、非常に多くの人が参加したと言われています。
アマテルカミから平定の命が下りました。
「ヲハシリ、そなたが教えた乗馬の技が、今こそ必要だ」
ヲハシリは騎馬部隊を率いて、各地のオロチの鎮圧に向かいました。
東の国、西の国、南の国、北の国。ヲハシリが教えた「あれのり」や「いつのり」の乗り弓(馬上からの矢射)の技術が役立ったのでした。
訓練を受けた騎馬隊は、馬を自在に操り、障害を飛び越え、疾走しながら正確に矢を放ちました。ヲハシリが教えて武道に長けた人達が大活躍しました。
しかし、ヲハシリは常に慈悲の心を忘れませんでした。
「無用な殺傷は避けよ。武器を狙え」
いくら言い聞かせても逆らって妨害行為を繰り返すならば平定せざるを得ないのでした。ヲハシリの「乗り弓」の軍事技術で邪なモノ達を平定し得て、各地に徐々に平和が戻り始めました。
第四章 ソサノヲの出雲討伐
その頃、ソサノヲは都を追放され、平民に降格されていました。
彼は単独で出雲の地に赴き、そこで暴れるオロチを討伐しました。この戦いでソサノヲは見事な活躍を見せ、出雲のオロチを平定したのです。
しかし、追放の身であるソサノヲは都に戻ることはできませんでした。彼は各地を放浪しながら、人々を助ける日々を送っていました。
第五章 最後の脅威
しばらくして、オロチの騒乱の真の元凶とも言える二人の人物、シラヒトとコクミが残っていることが判明しました。
「この二人を討たねば、真の平和は訪れない」
アマテルカミはイフキトヌシを将軍に任命しました。
「イフキトヌシ、そなたに任せたい」
「はっ!」
「ヲハシリ、そなたもイフキトヌシに同行せよ」
「お任せください」
二人は討伐軍を率いて出発しました。
第六章 道中の再会
シラヒトとコクミの拠点へ向かう道中のことでした。
街道の脇に、一人の男が立っていました。粗末な衣を着て、旅人のような姿です。
「イフキトヌシ殿、ヲハシリ殿」
その声に、二人は馬を止めました。
「叔父上!」
イフキトヌシは驚きの声を上げました。それはソサノヲでした。
「ソサノヲ殿...」
ヲハシリも驚きを隠せませんでした。
「お二人がシラヒトとコクミの討伐に向かうと聞きました」
ソサノヲは深く頭を下げました。
「どうか、私にも手伝わせてください」
「しかし、殿下は...」
「私は今や平民です。ですが、この国を守りたい気持ちは変わりません」
ソサノヲの目には、真摯な決意が宿っていました。
イフキトヌシは一瞬躊躇しましたが、ヲハシリが静かに頷くのを見て決断しました。
「わかりました。共に戦いましょう、叔父上」
「ありがとう」
ソサノヲは深く頭を下げました。
こうして三人は、共にシラヒトとコクミの討伐へと向かうことになりました。
第七章 最後の戦い
シラヒトとコクミの拠点は険しい山岳地帯にありました。
「三方向から攻めよう」
イフキトヌシが作戦を立てました。
夜明けとともに作戦が開始されます。イフキトヌシが正面から、ヲハシリが右翼から、ソサノヲが左翼から攻撃しました。
「『あれのり』の技を使う! 障害を越えよ!」
訓練された馬たちは険しい岩場を飛び越えていきます。
「『いつのり』の乗り弓、放て!」
三方向から矢が飛び交い、敵の武装を次々と奪っていきました。
激しい戦いの末、ついにシラヒトとコクミは討たれました。
第八章 勝利と帰還
討伐軍が都に帰還すると、民衆が歓声で迎えました。
「よくぞ戻った」
アマテルカミが三人を褒めました。
「イフキトヌシ、見事であった。ヲハシリ、そなたの『乗り弓』の技術がなければ、この勝利はなかった」
そして、アマテルカミの視線がソサノヲに注がれました。
「ソサノヲ、そなたの功績は認める。追放は解く」
「ありがとうございます、兄上!」
ソサノヲは涙を堪えながら、深く頭を下げました。
第九章 平定の宣言
その日の夕刻、オロチ達の平定を宣言する詔が発せられました。
朝廷に集う諸司達は知恵と力を出してハタレの平定を成し遂げたのでした。
それはヲハシリが教えた「あれのり」や「いつのり」の乗り弓(馬上からの矢射)の技術が役立ったのでした。ヲハシリが教えて武道に長けた人達が大活躍しました。
ヲハシリの「乗り弓」の軍事技術で邪なモノ達を平定し得て国内に平和が訪れました。国民の生活にも安心感が出てきました。安寧な秩序がようやく回復したのです。
そのヲハシリの乗馬法の流布のお陰があっての事というのがオロチの騒乱をうまく平定できた理由にも挙げられています。そのような大混乱に立ち向かって行くのには乗馬法の完成と流布がモノをいったのでした。
第十章 褒賞
ヲハシリの「乗り弓」の軍事技術を受けて力を発揮した武道に長けた人達をアマテルカミはお褒めになりました。
特にヲハシリは「ヰツヲハシリ」と最上の誉め名を賜りました。箱根はヲハシリのサカと呼ばれます。
式典の後、ヲハシリは生徒たちを道場に集めました。
「皆、よくやってくれた」
「師の教えがあったからこそです」
イフキトヌシが答えました。
「そなたたちは、技術だけでなく、心も学んでくれた。これからは、次の世代に教えを伝えていってほしい」
「はい!」
生徒たちは力強く答えました。
第十一章 明かされる関係
平和が戻った後、ヲハシリはチタルクニ(山陰道東部)の「マナヰ」の久次岳の山頂近くにある大岩の奥にトヨケカミの墓所を訪れました。
「祖父上、師と弟子として接していただき、ありがとうございました」
墓所に通じる洞窟を封じた大岩に向かって深く深く頭を下げながら話しかける。
ヲハシリは元々、トヨケカミが祖父であることを知っていました。しかし、トヨケカミは馬の技の伝授が済むまでは、あえて師匠と弟子の関係で接していたのです。
生前、トヨケカミはこう言ってその師弟関係を宣言していました。
「血筋ではなく、そなた自身の力で道を切り開いてほしかった」
「あの心遣い、感謝いたします」
さて、ヲハシリの出自は実の所トヨケカミの孫だったのでした。トヨケカミの孫のミカサヒコが乗馬が得意なのでヲハシリと呼ばれたのでした。
墓所を去る時に懐かしいトヨケカミの声が聞こえた様な気がしました。
~ミカサヒコよ、心を寄り添うのだ。心で乗りこなせ~
第十二章 次世代へ
それから数年が過ぎ、ヲハシリには子供が生まれていました。名をヒサヒコといいます。
「父上、馬に乗りたいです!」
「では、教えてやろう」
ヒサヒコは父から乗馬を学び、めきめきと上達していきました。その才能は驚くべきもので、父を超える勢いでした。
やがてヒサヒコは成長し、武の道で頭角を現すようになります。ある時、激しい雷雨の中での戦いで、彼は雷を弾き返すほどの武の功績を上げました。
ヲハシリの子供のヒサヒコはカシマカミと後に呼ばれ、雷を弾き返すほどの武の功績に拠ってタケミカツチとも称えられて呼ばれます。
第十三章 終わりに
ヲハシリの教えは、彼の生徒たちを通じて、さらに次の世代へと伝えられていきました。
その教えの核心は、常に変わりませんでした。
「技術は手段に過ぎない。大切なのは、それを何のために使うかだ」
「馬と人との絆を大切にせよ」
「平和を守るため、人々の幸せのために力を使え」
ある日の夕暮れ、ヲハシリは馬場に立っていました。イフキトヌシとソサノヲ、そしてヒサヒコが共にいました。
「師の教えは、永遠に受け継がれていきます」
ヒサヒコが静かに言いました。
「それを聞いて安心した」
ヲハシリは満足げに頷きました。
四人は並んで、夕日を眺めました。馬たちの穏やかないななき。優しく吹く風。平和な日々の象徴が、そこにはありました。
オロチの騒乱は平定され、国には再び平和が訪れました。
そして、ヲハシリが教えた乗馬の技術と、その背後にある理念は、永遠に語り継がれていくのです。
馬と人との絆。天地を貫く一つの理念。平和のために使われる力。
これらの教えは、時代を超えて、今も私たちの心に響いているのです。
馬のいななきが、風に乗って遠くまで響いていきました。それは過去から未来へと続く、希望の歌のようでした。




