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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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ヰワミの帯に込められた願い

第一章 ヒトリヒメの問い


春の午後、淡い陽光が木々の間から差し込む静寂な森の奥で、清らかな泉のほとりに二人の影があった。そよ風が新緑の葉を揺らし、小鳥のさえずりが心地よく響く中、ヒトリヒメは思い詰めたような表情で水面を見つめていた。


「コモリカミ様」


ヒトリヒメの声は、いつもの凛とした響きに微かな不安を宿していた。彼女は振り返ると、慈愛に満ちた瞳を持つコモリカミに向かって深々と頭を下げた。

「ヰワミの帯のことについて、詳しく教えていただきたいのです」


コモリカミは、ヒトリヒメの真剣な眼差しを優しく受け止めながら、ゆっくりと頷いた。彼の周りには神聖な気配が漂い、まるで古い木々たちがその言葉に耳を傾けているかのようだった。


「ヒトリヒメ様」コモリカミは穏やかな声で答えた。


「ヰワミの帯、つまり妊娠の時の腹帯は、トヨケカミ様の教えに詳しくあります。今の自分の状態をよく理解して指導にしっかり従う必要があるため、教えを注意深く聞くようにお願いします」


ヒトリヒメは姿勢を正し、心の奥深くから湧き上がる母性への憧憬と畏敬の念を込めて、静かに「はい」と答えた。



第二章 帯に込められた意味


風が止み、まるで自然界全体がコモリカミの言葉を待っているかのような静寂が訪れた。

「ヰワミの帯は『妊婦の体を安定させ安産を祈って帯を固め巻くこと』をするための物です」


コモリカミの声は、古い智慧の重みを帯びていた。

「つまり、お腹の子の成長を外的な妨害要素から保護するためのものなのです」


ヒトリヒメは思わず自分の腹部に手を当てた。まだ宿っていない命への愛おしさが、既に彼女の心を満たしていた。

「男の子を孕んだ場合には、帯は下合わせをします。女の子を孕んだ場合には、帯は上合わせをします」


「それは、なぜでしょうか?」ヒトリヒメが素朴な疑問を口にした。


コモリカミは微笑みながら答えた。

「それは天地の理に従ったものです。男の子は天の気を多く受け、女の子は地の気を多く受けるからです」



第三章 トヨケカミの祈り


「ヰワミの帯が作られた経緯は、トヨケカミの時代にありました」


コモリカミの声が遠い昔の記憶を呼び起こすように響くと、周囲の空気がかすかに震えた。まるで時が遡り、古の情景が目の前に蘇るかのようだった。

「その頃、トヨケカミは『世継ぎ子の誕生をお祈りしよう』と決意されました。トヨケカミの愛娘のイサナミは、世継ぎ子を得たいと強く願いました。そして、父のトヨケカミに悩みを訴えたからでした」


ヒトリヒメの目が潤んだ。

「イサナミ様も、私と同じような想いを抱いていらしたのですね」


「そうです」コモリカミは優しく頷いた。

「イサナギ様とイサナミ様は7代アマキミを担っており、アマキミの世継ぎ子の誕生は全国民的な願いにもなっていました」


風が再び吹き始め、木の葉がさらさらと音を立てた。まるで古の人々の祈りの声が風に乗って聞こえてくるかのようだった。


「そこでトヨケカミ様はカツラキの山に世継ぎを得るために祈る社を建てて祈ります」



第四章 天からの啓示


コモリカミの話に、ヒトリヒメはますます引き込まれていった。彼女の瞳には純粋な驚きと深い感動が宿っていた。


「すると空から大きな鳥の羽根が一葉落ちて来ました」


「まあ!」ヒトリヒメは思わず手を合わせた。

「天のお告げですね」


「『天のお告げであるかも知れない』トヨケカミ様はその羽から連想されるものがありました」


陽光が雲の切れ間から差し込み、まるでその時の神秘的な瞬間を再現するかのように二人を照らした。


「それは、神の加護のある羽から糸が紡がれ、それが織重なって帯になり、胎内の道を守り安定させることで生命の息吹がその道を通って誕生する様子でした」


ヒトリヒメは深く息を吸い込んだ。「なんと美しい光景でしょう。まるで見ているかのようです」



第五章 二十四の筋の神秘


「トヨケカミ様はこの落ちてきた大きな鳥の羽根の先端を見ますと、24の筋がありました」


コモリカミは指で数を示しながら説明を続けた。ヒトリヒメは一つ一つの言葉を心に刻むように真剣に聞き入っていた。


「これはアワウタの2分の1の数になっていることに気が付きます。そのまま縦横24筋ずつで編めば天の加護を示す音と同じ48の糸の織布になるわけです」


「48という数には特別な意味があるのですね」

ヒトリヒメが感嘆の声を上げた。


「ただ、その羽は珍しいもので、通常に使われる鳥の羽は15の筋となっていました」


「それでは、24の筋を持つ鳥を探さなければならなかったのですね」


「その通りです。24の筋を持つ鳥を探したところ、どうやら鶴がそうだという話を聞きます。そこで鶴の羽を取り寄せて調べると24の筋になっていました」


ヒトリヒメは目を輝かせた。

「鶴は長寿の象徴でもありますし、なんと相応しい鳥でしょう」



第六章 ケフのホソヌノ


夕日が西の空に傾き始め、金色の光が森全体を包み込んだ。その神聖な雰囲気の中で、コモリカミの話は続いた。


「トヨケカミ様は織り手に頼み、雄の鶴の羽根を縦糸にし、雌の鶴の羽根を横糸にして布を織りました」


「雄と雌の鶴の羽根を使うのですね」

ヒトリヒメは感動で声を震わせた。


「この布はケフのホソヌノ(生命の息を細い糸として織った布)と言われます。その布は48が縦横に織られ備わった事になりました」


風がそっと頬を撫で、まるで天の恵みを感じさせるようだった。


「母のイサナミは、長い長い妊娠期間でアマテルカミ様をご出産なさいます。その期間は、実に96ヶ月と伝えられています」


「96ヶ月!」ヒトリヒメは驚きで目を丸くした。


「その長い妊娠期間を守り抜いたのが、その布で作られた帯でした」



第七章 ハタレマからの守護


コモリカミの表情が少し厳しくなった。夕闇が迫る中、彼の声には力強い決意が込められていた。

「ハタレマが噛み砕こうとして攻め寄って来るのですが、ヰワミの帯に防御されます」


ヒトリヒメは本能的に身を寄せた。

「ハタレマとは、どのようなものでしょうか?」


「子の育成を委縮させ影響を及ぼすモノです」

コモリカミは静かに答えた。

「しかし、ハタレマが噛み砕こうとして来ても、雄の鶴の羽根の24筋で縦糸にし、雌の鶴の羽根の24筋で横糸にした、合わせて48筋のヰワミの帯が護ってくれます」


「そして48の音韻数により、子の元素の成り立ちが整うのです」


ヒトリヒメは深く頷いた。「なんと完璧な守りでしょう」


コモリカミは温かい笑みを浮かべた。

「ヒトリヒメ様のように、健やかなお方は、そんなハタレマのような悪い支障があるものでは無いでしょう。ですが万一の場合の備えとしてヰワミの帯を締める事をお勧めします」



第八章 父タケミカツチの疑問


 その時、ヒトリヒメの傍にいた立派な体躯のタケミカツチが質問をした。

彼の眉間にはかすかな疑問の皺が寄っていた。


「コモリカミ様」タケミカツチ様は丁寧に挨拶をしてから口を開いた。


「娘の話を傍で聞かせていただいておりました。一つお聞きしたいことがございます」


「どのようなことでしょうか」コモリカミは穏やかに応じた。


「我が国は、イキスミヤ・ヒタチミヤとも呼ばれる事が多いですが、それはヰワミの帯にいわれがあるとのことです。どの様な意味でイキスと言うのか?またヒタチと言うのか?教えて貰えませんでしょうか」


ヒトリヒメも興味深そうに父を見上げた。「私も知りたいです」



第九章 イキスとヒタチの教え


月が昇り始め、静寂な夜の帳が降りる中、コモリカミの声が神聖な響きを持って語り始めた。

「昔、トヨケカミ様の教えに次のように有りました。宮から賜わる宝物としてのヰワミの帯は、天地創造の構造に則って織り上げられたものなのです」


タケミカツチ様は真剣に聞き入った。「天地創造の構造に則って、ですか」


「その宮のヰワミの帯はヒタチにて織られていて、ヒタチオヒ(常陸帯)の別名が付けられました」


「それで常陸という名前になったのですね」ヒトリヒメが感慨深く呟いた。


コモリカミは続けた。「『イキス』と『ヒタチ』の謂れについてはトヨケカミ様の教えの中にあります。まずその教えである『タマシヰの構成される流れ』をご説明します」


夜風が優しく吹き、まるで古の智慧が風に乗って運ばれてくるようだった。



第十章 タマシヰの成り立ち


「宇宙の中心からタマ(魂の本体)の分け降しを頂きます。そして地球の方からシヰ(魂の生命維持の部分)が編み込まれます。それで、タマシヰが出来るのです」


タケミカツチ様とヒトリヒメ様は、宇宙の神秘に思いを馳せながら静かに頷いた。


「後はそこに物質が備わって育って来ることで子種に成長するのです」


「なんと美しい成り立ちでしょう」ヒトリヒメ様が感動で胸を押さえた。


「この生成の過程を父親・母親での役割分担で考えますと次のようになります」

コモリカミは優しく微笑んだ。


「父親の役割は宇宙の中心から降臨するタマを種に降ろす事です。母親の役割はその降り来たタマをお腹の中で生成・成長させることです」


タケミカツチ様は深く感じ入った表情を浮かべた。

「父親と母親、それぞれに大切な役割があるのですね」



第十一章 妊娠帯の決まり


「その事象に従って、ヰワミの帯は以下の様に決められました」


月光が三人を柔らかく照らし、神聖な儀式のような雰囲気に包まれていた。


「タマを夫婦の元に分け降して貰い、父親が母子を守るために父親の身長に帯の長さを合わせます」


「父親の身長に合わせるのですね」タケミカツチ様が興味深そうに呟いた。


「その帯に守られながら、母親のイキス(息吹・生命力)を腹の子にヒタチ(養い恵み)ます。それでお腹の中で順調に成長する事が出来るのです」


ヒトリヒメ様は目を潤ませた。

「イキスとヒタチ、なんと深い意味が込められているのでしょう」


「この『イキス』と『ヒタチ』がミヤの謂れとなっています」



第十二章 アマテルカミの教え


コモリカミは更に続けた。

「アマテルカミもこの事を忘れてはならないと言われておりました。そこで『ヰワミの帯』と同じ方法で柔らかい絹織物を作ります」


「アマテルカミ様も同じ方法で」

タケミカツチ様が感動で声を震わせた。


「これを毎朝の祈りの時に着用するようにされていました。毎朝天地に対しての感謝と両親への感謝をお祭りとして祈るのです」


ヒトリヒメ様は深く頷いた。「感謝の心を込めて祈るのですね」


「そこには、子種の形成・生成への深い敬慕と感謝の念が込められているのです」


コモリカミは最後に付け加えた。

「ケフはヒタチオヒ(常陸帯)の別名ですが、もう一つとしては『ケ(来たり為さしめる)』『フ(開き発展する)』と言う子種が生成し成長する意味合いも込められていました」



第十三章 タケミカツチの決意


この深い教えを聞いて、タケミカツチの表情は喜びで輝いた。

「そう云う事だったのでしたか」彼は感激で拳を握りしめた。「それでは、早速にケフの布を織る事にしましょう」


コモリカツは少し困惑した表情を浮かべた。

「え?」


それを見てタケミカツチは首をかしげた。

「どうかなさいましたか?」


「以前に、アマテルカミ様からの賜わりモノでハフタエをお持ちだと聞いたことがあります。それなのに新たに織るのですか?」


タケミカツチ様は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「それは、ちゃんと保管していたのです。ただ、あんまり大事にし過ぎていて、宝物殿に入れっぱなしにしていました」


「まあ」ヒトリヒメ様が心配そうに見つめた。


「今には、手にとってもボロボロの状態になってしまっていました」タケミカツチ様は深くため息をついた。「折角の、アマテルカミ様からの賜わり物の2枚のハフタエの織物なのに、残念な事をしてしまいました」



第十四章 新たな始まり


しかし、タケミカツチ様の表情は徐々に明るくなった。

「幸いにも、ヰワミの帯の意味の教えを受ける事が出来ました。うれしい限りです」

彼は娘を見つめて温かく微笑んだ。


「さて、妊娠帯を早速、織ろうと思います。妊娠帯を織るためには父親の身長に合わせる必要があります」


そして愛情深い眼差しでヒトリヒメ様に問いかけた。

「ヒメは、夫のコヤネアマノコヤネの身長を知ってるか?」


ヒトリヒメ様は微笑みながら答えた。

「夫の身長はもちろん知っています。アマテルカミ様のご身長と同じだそうです」



第十五章 神聖なる縁


その瞬間、居合わせた人々皆が、深い感動に包まれた。


「アマテルカミ様と同じ身長とは」一人が感嘆の声を上げた。


「神聖で高貴な繋がりを感じます」別の者が続いた。


「有り難いことです」皆が意向同音に言い合った。


ヒトリヒメ様も、目を潤ませて「本当に有り難い事です」と笑顔を浮かべた。その表情は、まるで満月のように美しく輝いていた。


父親のタケミカツチ様も大喜びだった。

「これも天の導きですね」


月光の下で、彼は決意を新たにした。そしてハフタエの布を織り、娘婿の身長に合わせた妊娠帯を作ることを心に誓った。



終章 願いを込めて


こうして、古の智慧と愛情が込められた妊娠帯の物語が、新たな世代へと受け継がれていく。


星々がきらめく夜空の下、居合わせた人々は心を一つにして、来るべき新しい命への深い祈りを捧げた。風が木々を揺らし、自然界全体がその祈りに応えるように静かに響き合っていた。


ヰワミの帯に込められた願い―それは、父なる愛と母なる愛、そして天地の恵みが織りなす、永遠の生命への讃歌であった。

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