第二十話 発狂と冷静と傍観
ゆかの悲鳴が部屋中に響いていた時、まー君は二人の拘束から逃れて自由を取り戻していた。
ただ、自分が何か悪いことをしてしまったという自覚があったという事もあり、ゆいが発狂しながら行ってくる攻撃を全て何の抵抗もせずに受けていた。
発狂しているゆいが落ち着くまで冷静に攻撃を受け続けていたまー君。それを心配そうに見守るゆかという構図は誰がどう見ても異常なのだが、それを異常だと思っている者は三人の中に誰一人として存在していなかった。
ゆいが発狂しているのを見たまー君はゆいがそういう人なんだと勝手に思っていたし、妹のゆいが発狂している姿を初めて見たはずのゆかもまー君が冷静に対応している姿を見てそんなもんなのかと感じていた。ゆいは発狂しているときのことを何も覚えていなかった。覚えていなかったと言っていた。
「はぁはぁ、どんだけ丈夫なのよ。少しはダメージを受けなさいよ」
「ダメージなんて受けたいと思う人なんていないでしょ。それに、あんな凶暴なドリルをどこから取り出したのか知らないけど、躊躇なく頭を狙うなんて恐ろしい子。普段からそんな感じなの?」
「いや、ゆいちゃんがあんな風になってる姿を見たのは初めてだよ。どんなに嫌な奴がいても冷静で的確に処理してたから。お兄ちゃんが悪いんだと思う」
「俺が悪いって言われてもな。特にそう言うのはないと思うんだけど」
「悪気もなくあんなこと言ってたんだとしたら、相当悪いと思うよ。私は別にいいんだけど、お姉ちゃんで遊ぼうとするのは本当にやめてほしいよ。純粋なお姉ちゃんを弄ぼうとした罰をちゃんと受けてもらわないとね」
ゆいがしきりに気にしているのはまー君がゆかのことを弄ぼうとしていることなのだ。
だが、まー君はそういう意味で言っているのではないし、ゆかも自分が弄ばれるなんて思ってもいないのだ。
ただ一人、ゆいだけが悪い方へ悪い方へと思考を巡らせてしまっていたのである。
「弄ぶって、そんなことしないよ。普通にゲームとかスポーツをしたいって思っただけなんだけど」
「そんな風に取り繕わなくてもいいわよ。お兄ちゃんがお姉ちゃんのことを弄ぼうとしているのは目を見ればすぐにわかるから。そんなにいやらしい目をしてお姉ちゃんを見てるなんて、何を考えているのかわかったもんじゃないわ」
「そんなつもりは一切ないんだけど。何か勘違いさせるようなことをしていたらごめん。素直に謝るよ」
「素直に謝れるのは良いことだと思うけど、お姉ちゃんはお兄ちゃんの謝罪を受け入れるつもりはあるのかな?」
「受け入れるも何も、お兄ちゃんは別に何か悪いことをしたわけでもないし、私と遊びたいって思ってくれただけなんだと思うよ。それ以上でもそれ以下でもないんじゃないかな?」
「甘い、甘いよ。お姉ちゃんは甘すぎる。そんなんじゃ、本当にいつか騙されて泣いちゃうことになっちゃうよ。ほら、こんな悪そうなお兄ちゃんのことも信用しているし、もっと大人になった方が良いと思うな」
「うーん、それは私よりもゆいちゃんに言いたい事かも。お兄ちゃんは私を弄ぶつもりなんて無いと思うし、優しくしてくれてると思うよ。それはゆいちゃんもわかってるよね?」
「わかってはいるけど、それがお兄ちゃんの作戦だってお姉ちゃんは気付いてないだけだよ。ゲームとかスポーツをするんだったらお姉ちゃんだけじゃなく私のことも誘ってくれてもいいと思うんだよ。でも、お兄ちゃんはそうしてくれなかったんだよ。それって、おかしいよね?」
まー君がゆかだけを誘ってゆいを誘わなかったことに特に理由はない。あえて言うのであれば、何となくゆいは面倒くさそうな性格をしているんじゃないかと思ったことだ。
そして、その直感は間違っていなかったという事を先ほどの発狂ぶりを見て実感したのであった。
なぜか、まー君の考えにゆかも同調していたのだが、それはゆいに気付かれないようにするためにも内緒にしていた。
「でもでも、だってだって、ゆいもお姉ちゃんと一緒に遊びたいもん。ゆいだけ仲間はずれにさせるの嫌だもん。ゆいの方がお姉ちゃんよりもゲームとかスポーツ上手いし、お兄ちゃんのことも退屈させないと思うもん」
「別に上手さとかは関係ないかな。上手く思い通りに出来なくても発狂しなければいいなって思う事はあるけど」
「子供じゃないんだし、そんな事で発狂したりなんてしないでしょ?」
「……」
「……」
「ねえ、なんで二人とも黙ってるのよ?」
「いや、別に」
「うん、特に意味はないかな」
「そう、それならいいんだけど」
あんなに発狂してドリルを頭に突き刺そうとしていた事を無かったことにしようとしているのか、それとも本当に覚えていないとでも言うのだろうか。
どちらにせよ、ゆいに対してはあまり変なことをしてはいけないと思ったまー君とゆかであった。
「それで、お姉ちゃんと何して遊ぼうと思ってたわけ?」
「本当に何となくなんだけど、花札か将棋をしたいなって思ったんだよね」
「ああ、そういう事ね。うん、それなら私じゃなくてお姉ちゃんを選ぶのも納得だわ。でも、三人で遊ぶんだったら、七並べとかでもいいんじゃないかな?」
三人で遊ぶという事を想定しなかったわけではないが、七並べは少し楽しそうだなと思ったまー君であった。
そして、将棋と花札なら勝てるかもしれないと思ったゆかであった。




