【第十五話】黄色いデイジーの楽園
一方その頃、高校に残っていた『サプライズ隠蔽班』の夫楼々や霞などの非契約者のファミリーたちは、恵里香に対し、
「今、みんなは食料調達に行っているよ。」
と伝え、簡単な嘘をつき、騙すという仕事を済ませたところだった。
ー昼前の音楽室ー
外は点々と暗雲があったが、雨が降りそうも無かったため恵里香を始め、ファミリーの大半が外へと遊びに行っており、音楽室内は大変キョトンと静まり返っていた。
「あー、暇だなー」
キョトンと静まり返った箱庭の中で、夫楼々は一人、何気無く、空を眺めながら独り言を溢した。そんな時、
『キーキー』
と、車椅子の悲鳴のような高い音が空虚な音楽室に響き渡った。夫楼々は霞の存在に気づき振り返ると、霞は自分の乗っている車椅子のタイヤを掴みながら申し訳なさそうに夫楼々に対し、話しかけてきた。
「あのー、夫楼々さん。そろそろ散歩に連れて行ってもらえませんか?」
「あっ、そうだった。申し訳ない、今準備するから待っていてくれない?」
夫楼々は昨晩の友美からの頼みを思い出し、頭に手を当てながら、ハッとして答えた。
ーサプライズ集会が終わった後の昨晩ー
「ねーえ、おろっち頼み聞いてー。」
それぞれの役割分担も決まり、やっと二度寝できると喜んでいたところで夫楼々は友美に生意気にも頭をポンッと叩かれながら呼び止められた。
「えっ、おろっち?」
おろっちという聞き馴染みの無い呼び方に夫楼々は思わず聞き返したが、友美は全く聞く耳を持たずに要件を話した。
「明日ね、『食器や調理道具調達班』として出かけることになったの。だ、か、ら、明日は霞の散歩をお願いするねー。じゃ、おやすみー。」
「あっちょっ・・」
あまりにも身勝手な頼み方で夫楼々は、仕事を任されていたのだった。
夫楼々は急いで支度を済ませると、霞の乗る車椅子を押しながら外へと出かけた。
崩れたビルや雑草に侵食された家々といった、もう見慣れた荒廃した街を進む二人。瓦礫や散乱物の少ない道を淡々と、霞に案内されながら夫楼々はマリオネットのように車椅子を言われるがままに押して行った。
「ありがとうございます。友美の勝手に付き合ってもらっちゃって、」
霞は目の前の景色を真っ直ぐ見ながら話を切り出した。
「うんうん、僕こういう手伝いをするのは昔から好きだから大丈夫だよ。でも、友美ちゃんは昔からあんな風に天真爛漫な子だったの?」
その質問に対し、霞は夫楼々にバレないように深くため息をついた後、引きつったような作り笑顔で答えた。
「それは前も答えたように『ミラーエンドの日』から変わっちゃったの。」
夫楼々は突然とゾッと寒気を感じ、それ以上聞くことは禁忌だということを感じた。その途端、話に突然歯止めがかかってしまい、沈黙の間ができてしまった。だが、しばらくすると、また霞から話が切り出された。
「それにしても夫楼々さん、車椅子を押すのが上手だよね。誰かご家族の方でも使っていたの?」
今度はしっかりと後ろに首を向け、にっこりと笑顔を向けながら質問をした。
「いや、家族は使っていなかったよ。近所のおじいちゃんが使っていて、よく車椅子を押す手伝いをすることが多かったからね。」
「それって自主的に?」
「うん。自分で言うのも何だけど、昔から人一倍おせっかいな性格でね・・」
夫楼々は人に感謝された時の記憶を思い出し、微かに笑みを浮かべた。すると霞は、少し肩を落としてから遅れて反応した。
「優しいのね・・私も、誰かのために行動したいものだな・・自分のためでは無く、人のために・・」
その言葉に対し、今度は夫楼々が少し遅れて反応した。
「皮肉を言うかも知れないけど、君みたいな子は知らぬ間に人を喜ばしているものだよ。」
「えっ、」
「凄く素直にものを伝えられて、感謝ができる。それほど繊細で素晴らしいことなんて他に無いと思うよ。」
霞は首を元に戻し、少しだけ心を整理させるための沈黙の時間を作った。そして、その後に霞は真っ直ぐと前を見つめながら、新たな指示を出した。
「あの、一緒に見て欲しい景色があるの。案内する方に進んでもらってもいい?」
数分後、方向を変え、また夫楼々は霞の指示に身を任せながら進んだ。指示された道々はさっきまでの道とは打って変わり、整備されていない、デコボコとした根っこの生い茂る林の中だった。木漏れ日がポツポツと地面に水玉模様を作る、現実を忘れてしまう程に幻想的な道だった。
「この道で合っているの?」
夫楼々は指示される道、指示される道がさっきまでとは変わり過ぎていることに不安を覚え、素直に霞に問いた。
「あともう少しでそこに着くよ。」
そして、もうしばらく進んだ先には、林が開けたまばゆい光の世界が見えた。
「あの先?」
夫楼々はそのまばゆい光の世界に魅了されながら聞くと、霞の首が小さくコクリと動いた。夫楼々は光の世界に誘われるように少し足早に林を抜けた。こうして、夫楼々と霞の目に入ってきた景色は、黄色い花が一面に広がった現実では到底考えられないようなファンタジックな景色だった。
「これ・・現実なの・・?」
夫楼々はその美しさに、開いた口が塞がらなかった。
「摩訶不思議なミステリースポット。ミラーエンドの日の後、友美との散歩中に見つけたんだけど、どんな天変地異が起ころうとも、傷一つ付くことが無くて、しかも、どんなに時間が経とうとも枯れることが無い、本当に不思議なお花たちのたまり場なんだ。」
それから数分間、夫楼々と霞は一つも口を動かすこと無く、ただ目の前の黄色い花々を眺めていた。そんな中突然、今回初めて夫楼々から、何の前触れも無く、話が切り出された。
「霞ちゃんは生まれつき足が悪いの?」
そんな夫楼々にとって何気ない質問に霞は夢から覚めたように、ハッと取り乱した。そしてそれからほんの少しすると、霞の瞳から真珠のような小さな光の玉が頬を滴り静かに落ちた。
「えっ」
霞のあまりにも予想外の反応に夫楼々は思わず驚きを溢した。すると霞は鎖に縛られたような重たい唇を微かに動かし言った。
「私、嬉しかったんだ・・ミラーエンドの日で世界が終焉に導かれたこと。この世界の人間が死んでいくのが見れたことが。」
「突然どうしたの?」
霞の思わぬ発言に、夫楼々はゾッと凍りついた。それから霞は胸元でグッと手を握りしめ、何か決意を固めた様子を見せると、夫楼々の方を向き返し、語りだした。
「もう、これ以上隠すのは限界だな・・夫楼々さんに話すよ。私のこと。いいや、私と友美のこと。」
続




