八月二七日①
あれ以来、桐生から何の連絡もなく、ただ日々だけが過ぎた。東原からは何度となく桐生から連絡が無かったか尋ねられ、無いと答える度に悪態をつかれた。疲労が蓄積したのか脱力感で何もする気になれず、ビールを飲みながら土曜日に読み始めたFBIを舞台にした推理小説を読み終えた時には、日曜日が終わり月曜日になっていた。ずっと一つの事案に没入できる主人公が羨ましかった。現実には幾つもの事件を同時に担当しているはずだ。本橋と同じように。
月曜日。今日からまた、短距離走者のように息を止めたまま駆け抜ける毎日が始まるのだ。土曜日にクリーニング店から受け取ってきたスーツに袖を通し、日曜日に一時間かけて磨きこんだ靴を履いた。そうやってようやく月曜日の憂鬱を打ち消すことができるような気がした。
雑居ビルを出て、連日の猛暑のせいでほとんど干上がった神田川にかかる橋を渡った。護岸壁には年輪のように日々の水位が黒い線として残っていた。本橋の携帯電話が鳴った。桐生からだ。
「今どこにいる?」
電話に出るやいなや桐生がまくし立てた。
「自宅付近だ。どうした」
「これから、うちの車で迎えに行くから、一緒に山形に行ってくれ」
桐生はそう喚くと一方的に電話を切った。一体何があったのだろうか。三分もしないうちに、黒いランエボⅧが軽くスキール音を鳴らしながら本橋の脇で停車した。助手席側のウインドウが開き、奥の運転席から見上げるように桐生が顔をのぞかせた。
「乗ってくれ」
本橋は状況が飲み込めないまま、ドアを開けると助手席に体を滑り込ませた。
「朝から元気だな」
本橋はシートベルトを締めた。
「Nシステムに白岩の車が映ってた。日曜日に山形に向かっている。例の女と一緒にな。ダッシュボードに写真がある」
桐生はクラッチを蹴りシフトを三速に放り込んだ。本橋はダッシュボードの上の封筒を手に取った。中には白いベンツに乗った白岩とサングラスをかけた女が写った白黒写真が入っていた。
「次の写真も見てみろ」
桐生がステアリングを握って前を見たまま促した。本橋が一枚めくると、そこには千葉ナンバーの古びたワンボックスワゴンが写っていた。そこに写っている顔を見て本橋は目を見開いた。
「これは白岩と陣内さんじゃないか」
「よく判ったな。日付を見てみろ」
「七月三一日だ」
「そうだ。白岩は被害者と一緒に山形に行っていたんだ。ちなみにその日の深夜に千葉に戻っている」
二人を乗せた車は首都高に入った。
「陣内さんは山形に行った後、酒を断ち現場に入った」
「何かしら転機があったんだろうな。山形で。娘さんに再会したとか」
「どうやって調べたんだ?」
「黒本組名義の車両のナンバーを追ったんだ。大変だったぜ。丸二日徹夜だよ」
「すごいな」
本橋は感心した。
「ところで相談なんだが」桐生が大きな欠伸をした。「山形まで運転してくれないか」




