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八月二三日⑧
待合室では、泥酔して暴れていた年配の男が、ちょうど矢部にスタンガンで倒されたところだった。矢部は春海から注射器を受け取ると、無造作に腕に刺した。そして周りの患者に、その男を長椅子に寝かせるよう指図した。
「全く今日は忙しくてかなわんな」矢部はうんざりした表情で医療用の手袋を外した。そして椅子に腰掛けるとタバコに火をつけた。
「どうだった。元気になってただろう?」
矢部は本橋の方を見た。
「ああ。先生、なんか手伝おうか?」
「馬鹿。お前なんて邪魔しかできないだろう。今日は忙しいから帰れ」
矢部は、そう言うとタバコを持った手で本橋を追い出すような仕草をした。
「明日も仕事だから、無理せず帰りなさい」
本橋は春海に促され、一礼すると診療所を後にした。それから診療所からそう遠くない場所にある酒屋に寄り、店主に金を渡すと、進藤綜合診療所にサッポロラガービールを三ケース届けるよう依頼した。




