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八月二三日⑥

 午後八時。夜の帳が下り、路地に並ぶ店は、だらし無く全てをさらけ出していた朝とは一転し、ドアを固く閉ざして秘密めいた空間への好奇心を煽っていた。本橋は酔客の間を通り抜け、進藤綜合診療所のドアを開けた。薄暗い待合室には作業服を着た年配の男達が十人程、自分の名前が呼ばれるのを待っていた。その時ちょうど診察室のカーテンが開き、白衣に紺色のカーデガン姿の春海が姿を現した。春海は作業服の中で一人スーツ姿の本橋にすぐに気付き、嬉しそうに微笑んだ。

「瑛ちゃんじゃないの。今朝の患者さんね。奥の部屋にいるから」

「春海さん。どうしてここに?」

本橋は思いがけない再会に驚いた。

「お前が面倒持ち込んできて忙しくなっちまったから、手伝いに来てもらったんだよ」

カーテンの向こうから矢部が吠えた。

その声を聞いて春海はおかしそうに笑いながら、「さあ、どうぞ」とカーテンを押さえて本橋に入るよう促した。

「先生、梶原さんの容態どう?」

「打撲や擦過傷が酷かったけど命に別状はなさそうだな。お前のときと一緒で警告ってところだろう。意識が無かったのは、疲れ果てたせいみたいだな。何でも江戸川区からこっちまであの体で歩いてきたらしいから」

「話せる?」

「うちが面会謝絶なんて洒落た真似するとこじゃないことはよく知ってるだろう」

本橋はニヤリと笑みを浮かべると、矢部が仮眠室として使っている奥の部屋に入った。ガランとした殺風景な室内には、病棟で見かけるような白いパイプのベッドが一台、ヘッドレストが窓に接するように置かれ、窓枠にはビールの空き瓶が無造作に放置されていた。そしてそのベッド上には、梶原が横たわっていた。本橋の足音に気づいた梶原がゆっくりと本橋の方に振り向いた。頭部や腕に巻かれた純白の包帯が痛々しかった。

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