八月二三日③
本橋はほんの数日前、ヒロがこうして自分を運んでくれたのだろうかと思いながら、梶原を引きずって診療所がある路地の入り口までたどり着いた。路地の両側に並ぶ店のドアの幾つかが開き放しなっており、その中では、今の時間帯には不似合いな格好をした数人のホステスがテレビを観ながら歓談していた。その間を抜けると、路地の一番奥にある診療所のドアが半開きになっているのが見えた。本橋がドアを全開にして診療所に入ると、薄暗い待合室にハーレーダビットソンが鈍い光を放ち鎮座していた。
「先生!」
本橋は、梶原を引きずりながら院内に入っていった。奥からティーシャツにジーンズという出で立ちをした矢部がラチェットレンチを持って出てきた。
「何事だ」
矢部は本橋の方に近づいてきた。逆光のせいでその表情は見えなかったが、プライベートな時間を蹂躙されて不愉快に思っているのが声色から容易に察することができた。矢部はそれが本橋だと分かると、「今度はお前がこいつを殴っちまったのか?」
と呆れたように言った。
「分かっているだろうけど、もちろん違うよ。オレの仕事の協力者なんだ。診てやってくれよ」
本橋は矢部の了解も取らずに診療用ベッドに梶原を下ろした。
「お前の日常は随分物騒なんだな。公務員辞めたのか? まあいい、作業着を脱がせろ」
本橋は矢部の号令に弾かれるように梶原の作業着を脱がせた。矢部は諦めたようにラチェットレンチを待合室の方に放り投げ、医療用の手袋をはめると、手早く梶原の作業ズボンとアンダーシャツをハサミで切り開いた。本橋は、自分の右手に握られた梶原の作業着が前に会った時と違う色であることに今更ながら気づいた。広げてみると、右胸に「黒本組」と刺繍されていた。何故、梶原が黒本組の作業着を着ているのか。本橋は、診療用ベッドで力なく横たわっている梶原を見つめた。




